やらかした!
夏のご機嫌な太陽の光を浴び、すくすくと育つ稲が目に入った。
青々とした葉先は尖り、天に向かって伸びるその堂々とした姿。秋の実りが今から期待出来る成長具合であり、きっと今年も美味しいお米が取れる事であろう。
風になびき、葉音を立てる稲を眺めながらあぜ道を歩いていると、古びたポストやちょっとした商店が目に付いた。
昭和を感じさせる建造物があちらこちらに点在し、一画一画に古き良き時代を感じる事が出来る。
そんな風景を眺めていると、ふいに心が温かくなり、創作意欲が沸いてきた。和の料理を嗜んでいた俺にとっては、こういった風景を見ると妙に刺激されるのだ。
料理長もよくおっしゃっていた。厨房に籠っていても調理技術は上達しないと。四季を感じ、五感を豊かにすることこそが真の料理人の嗜みであると。
心の中では、厨房で鬼のようなスパルタ教育を施してくる方が、良くもまあそんなことを口に出来るなぁ。当時思っていたが。
「ごめんね……修君……」
少しばかり昔を思い出し、夏なのに若干の寒気を感じている俺の隣には、しょんぼりとした表情のあやかさんが居る。そう……残念ながらバスには乗れなかった。
今日に限って時間通りに到着していたようで既に出発してしまっていたのだ。そのおかげで二泊三日+αの夏季講習となってしまった。
とはいえ家には連絡したし、今は夏休み中だ。一日ぐらい家に帰るのが遅れても大きな問題はない。
三条先輩の件を除いては。
一日滞在が延びた事によって料サーの無断欠席は確実なものとなった。なんとか連絡を取りたいところではあるが、俺は三条先輩の連絡先を知らないので、もはやどうしようも無い。
とりあえず明日、帰ったらイの一番の謝りに行かなくてはならねば。そしてまずは土下座だな。
「悪いのはあやかさんじゃありませんから。まあ、気持ちを切り替えて、今はゆっくりこの景色を堪能させてもらいますよ」
料理長のご指導を受けていたおかげで、マインドのセルフケアは手慣れている。大丈夫さ、いくら三条先輩でも取って食いやしない。と願いたい。お願い……。
結局バスに乗り遅れた俺達はもう一度おばあさんの家に戻り、事情を話した後、折角遠路はるばる自然豊かな地に来たので、この田舎町を散策することにした。
あやかさん曰く、何も無い所との事だったが、その何も無い所をじっくり見て感じたかったのだ。
「にしても……その恰好似合うね。おじいちゃんが着ている作務衣。修君って独特の貫禄があるというかなんというか。変わった高校生だよね」
通気性のよい夏の衣服。一日延長してしまったので服のストックがなくなってしまったので、おばあさんが見繕ってくれた。
作務衣は普段着としても結構着てましたからね。第二の作業服みたいな感じです。そして変わった高校生というのはビンゴですね。俺、中身はおっさんですから。
「私ね、時々思うんだ。修君がすっごく大人に見える時があるな~って」
おっと? 女の人は勘が良くて困ります。タイムリープした事は内緒なんです。隠し事をするのは気が引きますが、ここは心を鬼にして対応せねば。
「そ、そんな事は無いですよ!? お、俺なんてただのガキんちょですよ! もうただのクソガキですから!」
随分焦った物言いになってしまった……。まあ、それも子供っぽくていいか。実際のところ、精神年齢は低いとは自覚している。なんか泣けてくる……。
「はぁ~あ……修君が年上だったら良かったのになぁ……」
昨日に続きまたまた意味深なことを言ってらっしゃるのだが……。じゃあこの際だ、一応聞いてみましょうかね?
「あの? 仮にですよ? あくまで仮のお話ですが、知り合いに女子高校生が居たとするじゃないですか? そしてその知り合いの女子高生に三十そこそこの男性が言い寄っていくのを見かけたら……はい、どうします?」
「通報するかな? あと知り合いの女子高生はひっぱたいてでも目を覚まさせる」
「ですよねぇ~……」
うん、知ってた。それが世間一般的な答えだと思う。目が覚めましたわ。
「じゃ、じゃあもうひとつ。少し年齢を上げて、その女性が女子大生だったら?」
「それは……オッケーかな? ちゃんと成人した女子大生に限るけど」
基準は二十歳を超えてるか超えていないか……。よくよく考えればごもっともな意見かも知れない。
「でも三十歳過ぎた人だと相当な魅力が無い限り、若い女性はなびかないんじゃないかな? 例えばすんごくカッコいいとか、お金持ちだとか」
ド正論に心に大きな傷を負い、絶対に正体を明かす訳にはいかないと誓った矢先、先を歩くあやかさんが足を止めた。
その先には古びた神社があった。折角なのでお参りしていこうと足を運ばせてもらった。
石畳の先には小奇麗な小さな境内があった。特に社務所等は無く、神様がお祀りされているだけのようだ。きっと管理は近所の方が行っているのだろう。
「……小さい頃私ね、よくここで歌ってたんだ」
なんと、未来の歌姫のルーツを辿れるとは。まさに聖地巡礼ですね。神社だし二つの意味で。
「お友達からも歌が上手いって褒められてさ。それがきっかけで調子に乗って音楽を頑張ったんだけど、へへ、ご存じの通り、鳴かず飛ばずの貧乏大学生ミュージシャンになってしまいました」
いやいやタイミングだけの問題ですから。すぐにガンガンに鳴いて世界に羽ばたきますからご安心を。
あやかさんは境内の前の階段に座り込み、髪を耳にかけた。その何でもない仕草が色っぽいと感じてしまった。流石はJD。子供では無く、大人の女性の一面を覗かせてきますね。
「俺はあやかさんの歌声、好きですよ」
「ふ~ん、歌声だけ?」
やけにご不満なお顔をしていらっしゃるのだが……。思わず昨日の出来事がよぎってしまうではないですか。こんな時、どういう反応すればいいの?
「いや、あの……そうった意味じゃなくてですね……」
「ふふ、冗談だよ♪ じゃあご希望に答えて一曲歌ってあげようかな?」
「いよっ、待ってました! ヒューヒュー!」
「なに、その掛け声。なんだか年寄り臭いよ?」
クスリと笑ったあと、世界の歌声を披露してくれた。世界中の人が羨むであろう、あやかさんの音楽を始める事になった発祥の地という聖地で。




