並ぶお布団
「こ、これ……あんちゃんがこしらえたんけ?」
おじいさんがグラスに入った黄金色のビールを片手にフリーズしていた。
テーブルの上には螺旋状に盛ったタコの薄造りとその脇に薬味を三種、きゅうりと和えた酢の物、定番の唐揚げ、炊き込みご飯とタコ尽くしを用意させてもらった。
ちなみにおばあさんも驚いていたのだが、一番驚いていたのはあやかさんだ。
「お、修君って、お料理上手なのは知ってたけど、改めて目の当たりにすると……ここまで上手だったんだ……。私なんかとじゃ比べものにならないよ……」
「はは、一応、学校では料理サークルに入ってますから。部長の三条先輩は何も作ってくれませんけどね」
食べ専部長である三条先輩の名前を出した瞬間、あやかさんが物憂げな表情を浮かべたように見えた。
「あやかさん?」
「……すっごいね! 流石は私の彼氏だよ! 本当、自慢出来ちゃう彼氏だよ! うん、流石は私の彼氏だねぇ!」
いや、急にどうしたの? いきなりそんな彼氏アピールされましても困るんですが? 一周回って不自然さが出ませんか?
「いい男を捕まえたもんじゃのう! しかしどれも旨いのぉ! こりゃビールが進むわい! ほれ、あんちゃんも座って飲もうや!」
ビールグラスを渡されたかと思うと、琥珀色の瓶から黄金色の液体を注ぎ込まれた。
「あやかと同じ年なら飲めるじゃろ?」
ニヤリと笑うおじいさんと手に持ったグラスを見て思わず喉が鳴った。そう、今の俺の設定はあやかさんと同じ年に大学生。つまり二十歳を超えてるという設定になる。
遂にビール、キターーーー!!
「あ、はい。それでは失礼して、いただきま——」
この流れに逆らうのは不自然。なのでこれは仕方ない♪ 演技を続ける為にもこの試練は乗り越えねばならないのだ。
久方のアルコールの誘惑に口元が緩み、グラスを唇に当てようとした時であった。
「お、おじいちゃん!? 修君はそ、その、お酒飲めないの! 一度すごく悪酔いしたことがあって、それ以来お酒は飲めないの!」
あやかさんにグラスを取り上げられたのは……。
飲めます。めっちゃ飲めますからぁ。特に今は浴びるほど飲みたいですぅ! 返してぇ、俺のビールぅぅぅ……。
「なんじゃ、下戸じゃったか。それはすまなんだ。じゃあ麦茶で乾杯しようかの!」
ビールの代わりに渡された麦茶は、心の涙でほんの少ししょっぱい味がしたような気がした。折角のチャンスだったんだけどな……未成年の飲酒、ダメ……ですよね。
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ビールこそ飲み損ねたものの、美味しい夕飯を頂いてお腹いっぱいになった。今日は海で結構遊んでしまい、少ししか勉強していないが、旅の疲れもあった為、明日に備えて早めに就寝することにした。
のだが……。
部屋に並ぶ二組の敷布団に二人は無言で眺めていた。
俺とあやかさんの設定は恋人。一室に布団を用意されるのは決しておかしい事ではない。むしろ布団は一組、枕は二つ。では無かっただけマシというものだ。
「あ~……俺、別の部屋で寝ましょうか?」
「うぇ!? だ、だ、ダメだよ!? こ、恋人同士なのに不自然になっちゃうから……こ、このまま寝よ!?」
まさかJDと布団を並べて寝れる時が来るとは……。それにあやかさんは未来のトップミュージシャンでもある。将来的に今回の件がスキャンダルのネタにならないか心配ではあるが……。
「ま、まあ、でもあやかさんがそうおっしゃるなら……」
少しドキドキしながら答えた。
この言葉に下心が全くないと言えば嘘になる。だって夏の寝巻のJDだよ? 太ももとかめっちゃ見えてるし、相変わらず胸元も緩いしさ!
ダメだダメだ! あやかさんをそんな目で見ては! 無心だ、無心になるんだ……。何もない、ただ隣で寝るだけ……。そうさ、ただそれだけだ!
思い出せ、昔の俺を。料理長からいただいたご指導、ご鞭撻を!!
自制心をしっかりと持つんだ! 今こそ大人の貫禄を見せるんだ! 俺は三十超えてるんだぞ!? 大丈夫、俺は長男だ! 出来る! 我慢出来る!
「そ、それじゃあ、おやすみなさい……また明日……」
「うん、おやすみ……修君……」
高鳴る胸に手を置き、ゆっくりと深呼吸して目を閉じた。
しばらくすると外から聞こえてくる虫の音に次第にリラックスし、肩の力が抜けて眠たくなってきた。
なんだかんだで疲れていたのか、はたまた久しぶりのおばあさんの家で安心したのか、既にあやかさんは寝たようだ。しかし、女性が隣で寝ているとなると、中々に緊張するものがある。
例えばいびきだとか、寝言を言わないかだとか。おならとかしたら一巻の終わりであることは言うまでもない。
下手な事をすれば幻滅されかねない。ここは出来る限り安眠を迅速、かつスムーズに行わなければならない。
しかし田舎の夜は思った以上に涼しい。もちろん、気温はそれなりに高いのだろうけども、風も通るし不快感はない。冷房いらずの健康的な睡眠が出来そうだ。
そんなことを考え、寝返りを打って体勢を変えた時だった、うっすらと目を開けた先にとんでもない状況となっていた。
「っっ!?」
思わず叫び声を上げてしまうところであったが、すんでのところで押さえた。
なんと、目と鼻の先にあやかさんの顔があったのだ。
いつの間にか俺の布団の方まで転がって来ていた……だと!? あやかさん、寝相が超悪いんですけど!?
「ぅう~んっ……」
「っ……!?」
何も出来ず硬直していると、白い腕が二本伸びてきて俺の左腕を捕獲してきた。
この状況下で更に巻きついてきた……だと!? なに!? 朝顔のツルですか!?
なんとか逃げ出そうと試みるも、次の瞬間にはすらりと伸びた脚までもが絡みついてきた。ちょっとプニっていて気持ちいい。
どうやら俺を抱き枕として認識したらしく、完全にホールドされてしまった。
すべすべお肌の柔らかな感触。そしてその肌からはうっすらと熱を感じ取れる。これが人肌か……。
ご褒美ありがとうございま……じゃない。まずいぞこれは!?
ここはご本人様を起こすべきか!? 否、もう少しこの感触を……じゃない。これは何が最適解なんだ!?
いや、もちつけ、もちつくんだ俺! うぉぉおっ、ぺったんぺったん!!
よし……落ち着いた。ここは下手に動けば痴漢扱いされかねない。動いたら負けだ! 自然に離れるのを待って即座に離脱! この作戦しかない!
なあに、至って簡単なミッションだ。次のタイミングで一撃で決めてやるさ!




