初めての海
ひょんなことからカップルの関係を演じる事になり、戸惑いつつもお昼ご飯をおばあさんと一緒に和やかに頂いた。
しっかりと冷やしてくれていたそうめんは、のど越し爽快であり、体に染み込む程に美味しかった。
薬味も複数用意してくれていたので、味変しまくれたのも良かった。やはり夏はそうめんに限るな。毎日はちょっと飽きるけど……。
「じゃ~ん! どお!?」
先程のそうめんの余韻に浸っていたところ、あやかさんが声をかけてきた。少し恥ずかしそうにしつつも、満面の笑みを向けてくれている。可愛らしい水着姿で。
俺とあやかさんはお昼ご飯をご馳走になった後、折角だから海を見に行こうと誘われた。
夏期講習の方は大丈夫なのかと気にはなったが、人生初の海を目の前にしてお預けというのもこれまた無粋。まあ、しっかり体験するつもりで水着は持参してきたけど。
ビーチの方は前評判通り、見渡す限り人っ子一人居ない、完全貸し切り状態。灼熱の太陽が砂浜を照らし、寄せては返す波が悠久の音を奏でている。
その自然を背景に、大きく手を広げて水着姿をアピールしてくるあやかさん。
「綺麗ですねぇ……」
「ふぇ!? そ、そこまで直接的だと、お、お姉さん、ちょっと恥ずかしいかも……」
ん? 反応が……。初めて見る海の感想を求めたんじゃないの?
「恥かしい……ですか? 海が?」
「あ、そっちね……はは、はぁ……私の水着姿じゃなかったんだね……」
あやかさんから深いため息が漏れた。それはもうこれでもかと言う程の重たいやつが。
「もちろん、その水着も似合ってますよ。素敵です」
「時間差っ!?」
あやかさんの着ている水着はビキニ。の上になんだかんだ羽織ったり、履いたりしているおかげで露出は意外に少なめ。
でもおかげで中身おっさんの俺が卑猥な目で見なくて済むのは大きい。嬉しいような悲しような……。いや、助かります。駐在さんのお世話になる訳にはいかないからな。
とりあえず勉強は日が暮れてからでも出来るということで、初日ぐらい海を堪能しようとビーチに来た訳なのだが……。
「おぉっ……海水ってマジでしょっぱいっ!」
波打ち際に座り込み、波に手を当て舐めてみた。そんな俺の姿をあやかさんは怪訝な表情で眺めていた。
「海が初めての子ってそんなリアクションになるんだ……。ちょっと斬新かも」
生まれてこの方、海の無い地方で過ごして来ましたからね。ええ、一緒に海に行く相方もいませんでしたし。
「あやかさん? 確か海がしょっぱいのって地球が誕生して46億年の歳月をかけて滲み出た鉱石からの——っぺえ!?」
しょっぱい海水が顔に飛んできた。その先にはいたずらな顔をしたあやかさんが居た、どうやら海水をぶっかけられたらしい。
「ふふ、今は勉強の話はなぁ~し! 人生初の念願の海を楽しみたまえ♪ しかもお姉さんと二人っきりの貸し切りビーチだぞ?」
た、確かに。現役JDと人生初の海なんて生まれてきて良かったレベルのご褒美だ。よし、今は童心に帰って遊ぶとするか!
「やりましたねっ! 仕返しさせてもらいますよっ!」
「や~だよ! ここまでおいでぇ~」
波を蹴りながら砂浜を走り出すあやかさんを追いかける俺。夢でも見てるのだろうか……JDと小説のようなシチュで海を満喫してるのだが……。
「へへ、地元っ子に追いつけるかなっ? っとぉ!?」
余裕ぶっていたら砂浜に脚をひっかけたのか、お尻を突き出して倒れ込んでしまった。
やばい……クッソエロいんですけど? 落ち着け、平常心だ。まずは怪我の心配をするんだ。見るんじゃない、感じるんだ。
ドント、スィンクふぃいぃぃるぅ!!
「あ、あやかさんっ!? 大丈夫ですか!?」
「いたたた……ちょっと調子に乗り過ぎたかな? 寄る年波には勝てないみたいだねぇ……」
どうやら怪我は無いようだ。ちなみにこと精神年齢に関しましては俺の方があやかさんよりも年上ですけどね。
JDで寄る年波とかちょっと笑えない。それがまかり通るなら、三十超えている俺なんてもはや寝たきりですわ。
そんな笑顔を向けてくるあやかさんの顔を見ると、鼻の頭に砂が付いていたのが目に入った。
「あやかさん、そのままじっとしてて下さい」
「え、ふぇ!? あ、あの!? お、修君っ!? 確かに、だ、誰もいないけど、こ、こんな真昼間から!? うぅ……うん……」
砂浜に座るあやかさんに近づき顔に手を伸ばし……ん? 目を固く瞑られたのだが……。砂が付いてるのは鼻先であって、瞼やおでこではないのだけども。ま、いっか。
「や、優しく……してくれると……嬉しい……な」
もちろん、優しくしますよ。JD様のお顔に触れる訳ですから。乱雑にするなどもってのほかです。
緊張する面持ちのあやかさんの鼻先にふれ、砂を払ってあげた。ミッションコンプリート。
「ひゃ……」
体を震わせ、随分と力が込められているのが分かる。たかが砂を払っただけなのに。
「……はい、取れましたよ、砂」
「はい?」
あやかさんはゆっくりと目を開き、俺を見つめているのだが……。いつもの愛らしい瞳が今日は随分と細いような……。
「だから鼻先についていた砂が取れましたよって……おうぇ!?」
いきなり突き飛ばされた。おかげで波打ち際にダイブする羽目になった。
「……途中からなんだかやけに上手く行き過ぎてるとは思ってたよ!」
そのまま波を蹴って海に入ってきた。大変ご立腹な様子で。いやそれよりも……。
「しょっぺぇぇえ!! そして鼻に海水入ったぁぁあ! そしてあやかさん、何を怒ってるんですかぁ!?」
前かがみになって頬を膨らますあやかさんなのだが……。
「ほんと修君は……きゃあっ! え、えっちぃ!!」
「んべえっ!?」
あやかさんは胸を押さえ、至近距離で海水を蹴り上げてきた。おかげで鼻の下を伸ばしていた俺の顔面に再び海水が襲ってきた。
またまた海水のしょっぱさが今度は喉にも直撃し、思わずむせ返ってしまった。
俺……海よりプールの方がいいや。次亜塩素の香りでいい……。海水の味ってきつくない?
どっちも飲むものじゃないけど……。




