エンジョイサマー♪
都会の喧騒を抜け、電車をいくつも乗り継ぎ、更にバスを乗り継ぎ移動すること四時間半。バスから降りた瞬間、潮風に乗って香る海の匂いと、夏の照り付ける日差しが降り注いできた。
セミの大合唱を背に受けて景色を眺めると、遮るものが何もない青い空には真っ白で大きな入道雲が浮かんでいた。そしてその眼下には水平線まで広がる青い海。
夏。
こんな光景を目の当たりにすると、何もしていないのにテンションが上がってくる。
「はは、結構遠かったでしょ? でもおばあちゃんの家はすぐそこなんだ」
ここまでの道中、たわいもない話をしたり、勉強で分からないところを聞いたりしていたので、それほど時間がかかったようにも思っていない。
むしろ現役JDとトークさせてもらえただけで、俺の人生ではありがとうございますとお礼を述べたくなるレベルだ。前世? では一度たりとも無かった事ですから。
「いやぁ~、自然がいっぱいで良い所ですね!」
「でも超が付くほど田舎なんだ。ほら見て?」
あやかさんが指差すのは停留所に掲示されているバスの時刻表。そこには午前枠二本と午後枠に一本しか走っていないことが記載されていた。
基本的に都会でしか生活をしたことがないので、この運行形態には驚きを隠せない。
ワンマンで運行しているのだろうか。その人がもし風邪でも引こうものならここは陸の孤島になるのではなかろうか……。
「ほら、修君、こっちこっち!」
余計な事を考えつつもあやかさんの後をついて行くと、バス停のすぐそばにぽつんと一軒家が立っていた。
敷地面積はかなり広く、平面一階建ての建物であった。都会ではそうそうにお目にかかれない建築構造だ。
「おばあちゃ~ん、来たよ~! あれ? いないのかな? まあいいや。上がっちゃって修君」
玄関を開けるなり、我が家のごとく先に進むあやかさん。てか鍵はかかってないんですね……。都会では考えられない事案ではあります。
「お邪魔します……うわっ広っ!?」
玄関をくぐり、通路を歩くと、リビングに当たる部屋になるかと思うが、畳の敷かれた広い部屋があった。
軒先には風鈴が風と戯れており、蚊取り線香の独特な匂いが鼻に付いた。
まごうことなき、絵に書いたような田舎の風景!
そして次の瞬間、この解放感におけるデメリットである、セキュリティの心配をした俺は根っこからの都会人なのかもしれない。
「適当に座ってて~。今、飲み物持ってくるから」
先ほどからあやかさんの声が弾んでいる。久しぶりのおばあちゃんの家に来てテンションが上がっているのだろうか。
しかしこの悠久とも言えるこの風景を眺めていると、時間の経過がいつもよりゆっくりに感じる気がする。今なら脱サラして田舎暮らしする人の気持ちが分かる気がするな。
広い部屋の片隅でただ座っているのも何だったので、軒先へと足を向けた。
その開けた軒先からは青い海と白い砂浜が見えた。そしてあやかさんの口コミ通り、人っ子一人いない。完全なるプライベートビーチであった。穴場中の穴場だ。
「お待たせっ! ね、絶景でしょ~? はい、麦茶どうぞ」
汗の掻いたグラスを手に取ると、思わず喉が鳴った。ゆっくりと口を付け、思わず一気に飲み干した。
この喉を通る爽快さ……美味い! これがビールだったらもっと良かったんだけど……。
「この辺りね、お年寄りが多いから誰も海で遊ばないの。だからいつもこんな感じなんだ」
「最高の場所ですね。耳を澄ませば波の音……これは勉強が捗りそうですね、ヒーリング効果も抜群ですし」
「そ、そうだね……べ、勉強も捗るかもね……」
なんか歯切れが悪い。俺、間違ったこと言いました? ここに勉強をしに来たんですよね?
「あら、あやちゃん、おかえり~」
「あ、ただいま~、おばあちゃん!」
後ろから声がかけられたのは、若い時には超美人であったと容易に想像出来てしまう、立ち振る舞いが綺麗なおばあさんだった。
それに実家では無いのに『ただいま』『おかえり』の挨拶を交わすところから察するに、二人の仲の良さが伺える。
「お邪魔しています。荻野修と申します。本日から三日間、宜しくお願いいたします」
すかさず頭を下げて挨拶をした。流石に中身はおっさんなので、いくら咄嗟の事とはいえこれぐらいの所作は出来る。だって大人だもん。
「これはこれはご丁寧に。貴方があやちゃんの彼氏さんね?」
は?
「あやかさ——」
「そうそう! 話した通り私の恋人の修君! 見た目がちょお~っと幼いけども、同い年なんだよ!? ね!? ねっ!? 修君っ!! そうだよねぇぇ!?」
なんか目が血走ってるような……えっと、理由は分からないが、話を合わせろという事でしょうか?
「あ~、えっと……あやかさんと仲良くさせていただいております……」
「ふふ、お転婆な子だけどよろしくね。お昼まだでしょ? 冷たいそうめんを用意してるからちょっと待っててね」
おばあさんは台所があるとおぼしき方に向かって行き、姿が消えたのを確認した後、あやかさんの方に向き直った。
「あやかさん? どういう事ですか?」
「違うの! 話の流れでそうなっちゃって! 彼氏の一人でも連れてきなさいって毎年言われてたから……その……えへへ♪」
最終的には笑って誤魔化された。非常に可愛い。エンジェルスマイルという言葉は、子供とあやかさんの為にあるようなものだな。
しかしこの容姿で彼氏がいないとは……あやかさんは将来トップミュージシャンになる件を抜きにしても、魅力のある女性だと個人的には思うのだが。
女性に点数を付けるなんてお前何様だと思われてしまうが、120点は固い。そんな人がその気になれば彼氏の一人や二人、簡単に作れそうなものなのだが。
まあ、こればかりはめぐり合わせだもんな。尚、俺は巡り合わない星の元に生まれた模様……。悔しいです。
しかし俺の件は置いといて、あの優しそうなおばあさんを騙すのは少し心が痛むなぁ。とはいえ他ならぬあやかさんの頼みとあらば無下にするのも出来ない。
どうしたものか……ここは優しい嘘という事でご容赦していただくしかないか……。
「年齢も嘘ついちゃってるけど、私の歳で高校生の子を連れ回してるなんて知られたら世間的にも死んじゃうから……。お願い! ここはお姉さんのお願い聞いて? ね、お願いっ!」
手を合わせ、頭を下げて懇願されているのだが、あやかさんにここまでされて断れるほど俺は鬼畜ではない。
それよりも胸元の緩い服のせいでデケぇではないが、重力に引かれた柔らかそうな形の良い谷間も見えてるし、非常に目のやりどころに困る。一刻も早く元の姿勢に戻っていただきたい。
じゃないとずっと目で追っちゃう……。恭介、おっぱいって魔性だよな……。
「分かりました! 分かりましたら頭を上げて下さい。ちゃんと話は合わせますから……」
「ありがとぉ……修君、この埋め合わせは絶対にするから!」
もうすでに結構な物を拝見させていただきましたから。埋め合わせは大丈夫なのですが。ただ、あやかさん、もう少しガードを固くした方が……。




