髪の毛がふさふさな親友
桜が舞い散る幻想的な様子と、心地の良い陽気。それとは対照的に未だに少し痛む尻と頬。
そんな複雑な光景と自身の状況を背負合いながら、トボトボと母校に足を向けていた。
「しかし一体俺はどうなってしまったんだ? まさか本当に過去に来てしまったとでも言うのか……。それにしてもなんて軽いんだこの体は。『若いって素晴らしい』を自分の体で体験したのって俺ぐらいじゃねえか?」
雪に蹴られた尻とセルフビンタした頬を撫でつつ、道すがら懐かしい景色を眺めて歩いていた。すると急に視界がブレた。どうやら誰かに肩を抱かれたようだ。
「よお、修! こんな天気のいい朝っぱらから、何をおっさん臭い哀愁漂わせて歩いてんだ? 若者なら胸を張れ胸を! なあんて、女子には言えねえけどな! 袋叩きにあっちまいそうだからな!」
けらけらと笑いながら、純度100%のセクハラを交えた絡みをしてきたのは、俺と同じ制服を着る高校生だった。
小さなハラスメントでもやり玉に挙げられる昨今、訴えられたら完敗だそ? とよぎったものの、俺に向ける無邪気な笑い方を見るや瞬時に記憶がフラッシュバックした。
俺に朝っぱらからセクハラ全開のトークで絡んできたのは、中学時代からの旧友であり、俺の数少ない友人の一人である草加恭介だった。
控えめに言って、いや、もはや見たまんま、絵に描いたようなイケメンであり、ムードメーカー的な存在だ。
そしてよくよく考えたらまだこの時代は、声高にハラスメントを訴えられていない時代だった。時代に救われたな。
ちなみに高校生の恭介は爽やかイケメンボーイだが、おっさんになった恭介は従来のエロさ、つまり男性ホルモンの強さが影響してか、若くしてハゲが進行し毛根の七割は生き絶えてしまうことになる。
でも決して人を見た目で判断しちゃいけない。ハゲててもいい奴なんだ、恭介は。人は見た目で判断しちゃあいけない、の見本みたいな奴だから。
「お、おお……恭介じゃねえか。わ、若けえな。それに髪の毛がふっさふさじゃねえか」
「なに、その唐突な未来視? 俺、将来ハゲるの?」
真顔に戻った恭介は頭皮マッサージをし始めた。
手慣れた動きだな……実は気にしてたのか? でも残念ながらハゲちゃうんだよ。十年後には年齢に似合わずの社長、いや会長職程の貫禄を醸し出す程にな!
とはいえ、今はふさふさだし、俺が言った言葉がストレスとなってハゲたと言われるのも癪だからフォローはしておこうか。
「あ、いやそのあれだ。冗談だ、冗談! そんなに気にすんなって。ストレスでハゲちまうぞ?」
「お前が引き金を引いたんだろうが!! ったく、朝からタチの悪い冗談やめろよな。うちの家系、爺ちゃんも親父もハゲてんだからよ……」
それは初耳だ。もはや遺伝的にどうしようもないのでは? 運命には従って——
頭皮マッサージを続ける恭介を見ながらふと思いがよぎった。
運命? もしここが夢でも化かされた訳でもなく、本当に過去だとしたら、俺の運命……変えれるんじゃね?
夢の大学進学や、可愛いを彼女ゲットするなんて事も出来るんじゃないのか!?
「そうそう、今日は部活を選ぶ日だろ? もちろん入るよな、サッカー部に! 熱い青春を掴もうぜ!」
そういえば俺達はサッカー部で青春を謳歌してたっけ。結局、全国大会も予選負けでいいとこ無しだったけど、それなりには楽しかった記憶はある。
でもなぁ……本人も言ってたもんな『サッカー部に入ったのが俺の頭皮のターニングポイントだった……若い頃の俺は無知過ぎたんだ。馬鹿みてえに頭皮を酷使してることに気付かずにさ……あれが若さゆえの過ちってやつだな、ふっ……』って。
雨の日も風の日も、夏場は灼熱の太陽を浴び、冬場は吹きすさむ寒風に耐えた三年間。その間の頭皮へのダメージは深刻な物になるようだ。
う~ん、まがりなりにも親友として助言はしておいてやろうか。
「あぁ……サッカー部はさ、ほら、炎天下の直射日光や雨なんかにも頭皮を晒すことになるよな? 特にヘディングなんかは、頭皮に直接ダメージを与える訳だし、頭皮を労わるなら、サッカー部はやめた方が良くないかなぁ~って?」
「……俺、帰宅部になるわ。サンクス」
あ、自分の運命変える前に人の運命変えちった……。