夏期講習前夜
「着替えにタオル、歯ブラシセットと……。勉強道具はこっちのリュックに詰めてと……」
晩ご飯を食べ終え、明日の夏期講習の旅支度をしている最中、家のインターホンが鳴った。夜分遅く、と言う程ではないが、この時間に誰か訪ねてくるのは珍しい。
日中ならまだしも、今日はお袋も親父も家に居るので対応してくれるだろう。準備の続きをするとしよう。えっと海パンはどこだっけか……。
ボストンバックに荷物を詰めていると、急にドアが開いた。そこに立っていたのはツインテールのスレンダーな若かりし妹。夏なので随分と薄手の服を着ているにも関わらず、膨らみの誇張が皆無だ。
尚、こいつはデケぇにはならない。未来でもぺったんこのままだ。
おそらく武道を習っているせいで無駄な脂肪が付かなかったのではないかと推測される。
胸以外のスタイルは抜群だけど。特に脚の綺麗さには目を見張るものがある。凶器としても非常に優秀だが。
そして部屋に入る時はノックな? 何度言えば分かってくれるのだろうか……。
「お兄ちゃん、恭介君が悲壮な顔して訪ねてきたけど」
ノーノックを悪びれる様子もなく、雪が要件を伝えて来た。ほんとやめて欲しい。お年頃の高校生の部屋に問答無用で入ってくるのは。
事案になる可能性もあるんだよ?
「雪、何度も言うが部屋に入る時はノックをしてだな……ん、恭介が?」
夏休み初日にいきなり夜遊びのお誘いか? 今日は明日に備えて早めに休みたいんだけど……。でもあれだな、スマホとか携帯は普及しているが、まだ高校生全員が持っているような時代じゃないからな。直接訪ねてくる事にノスタルジーさを感じるな。
あまり待たすのも悪いと思い、旅の準備を一時中断して玄関に向ったのだが……雪の言う通り、見事に悲壮な顔をしていた。
「まあ、そのなんだ……とりあえずどした? 昼間とは打って変わって随分と幸薄そうな顔をしているが……」
「咲、怒らせちゃってさ……ははっ」
知らんがな。そんな痴話げんかの話題をわざわざ持ってこられても……はぁ、仕方ない。
「ったく……ちょっと散歩でもするか?」
「助かる」
雪にちょっと出かけると伝言し、家を出た。尚、雪に帰りに炭酸の飲み物を買ってきて欲しいと頼まれた。俺のおごりで。
どうやら先ほどお袋から、夏期講習中の臨時お小遣いを頂いたのを見られてしまっていたようだ。
仕方ないのでジュースの一本ぐらいおごってやろうではないか。
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「なあ、修……星って綺麗だよな。へへ、俺、夜空を見上げるなんて久しぶりだわ」
何とはなしに駅前の公園の方に足を向けたのだが、今日はあやかさんの姿はなかった。流石に明日の準備を行っているのだろう。
そんな中、ベンチに腰掛けるや、目を細めながら夏の夜空を眺める恭介。
「いや、似合わないからそういうの。早く用件を言ってくれ。こう見えても結構忙しんだぞ?」
「まあ聞けって……。おっぱいってさ……魔性だよな」
「一回そこの噴水に頭ツッコんでその凝り固まったエロ煩悩を覚ましてこい。ったく……佐川さんの話じゃなかったのか? 何度も言うがエロトークに時間を費やしてる程、俺は暇じゃないんだが?」
真面目な顔してなんて事を口に出しやがるんだ。おっぱいが魔性な件は同意だけはしておくが。
「そうマジになんなって……。ちょっとした冗談ってやつだよ。とは言っても遠からず関係はあるんだ。咲の件は、まあ、そのあれだ……土下座して謝ったが許してくれなくてさ……」
すでに最上級の謝罪済みだった件ね。もう関係修復無理なんじゃね?
「で、何が原因なんだ? あんなに仲良かったのに急展開過ぎんだろ?」
「いやぁ……三条先輩のデケぇに見惚れてんのがバレちゃってさ。そしたら『そんなに大きい胸が好きなら牛とでも付き合ったら!?』って大噴火しちゃってさ……」
「馬鹿じゃねえの?」
忖度無しの言葉が出た。本気で馬鹿だと思ったから馬鹿と言った。確かに三条先輩はデケぇが佐川さんも十分大きいだろうに……。何が不満なんだ、この男は。
「ははっ……その修羅場に居合わせた三条先輩も流石に気まずそうだったぞ?」
だろうな。そんな現場に誰も居合わせたくもねえよ。
「お許しが出るまで誠心誠意謝る事だな。それ以外、道は無いと思うぞ?」
我ながら的確なアドバイスだと思う。これに凝りてスケベ心は封印するこったな。……あれ? でもどうして三条先輩が出てきたんだ?
「ああ、そうだな、とはいってもこの件が本題じゃないんだ」
これ以上の事があるのかよ。どう考えても今の土下座謝罪の上を行くような話なんてそうそうないぞ?
「すまん、三条先輩にバレた」
「おうふっ」
思わずorzになった。その情報は要らなかった。
「悪い……つい口を滑らせてしまって。あと伝言も預かってるんだ『三日後、実験室に覚悟して十時に集合』との事だ。重ね重ねすまん……」
あ、覚悟がいるのね……。
その後も懸命に謝ってくる恭介だが、これは俺にも非があるので気にするなと伝えた。
でも勉強ですよ? 夏期講習に行くのにサークルの部長に報告がいります?
「ともかく、三条先輩の事は気にしないでくれ。それより佐川さんと早く仲直りしろよ?」
「ああ、すまんな。逆に気を使わせちまって。なんか喉乾いたからジュースでも買って飲みながら帰るかな」
「俺も買い物頼まれてるし付き合うわ」
二人して重い足取りで駅前のコンビニへと向かった。
しばらく歩くと青いネオンの牛乳タンクの看板のコンビニが見えた。そこで雪に頼まれていた炭酸のジュースとアイスコーヒーを手に持ち、レジの列に並んでいる時だった。
ふと脇の雑貨コーナーを見ると挙動不審な態度を取っている女性が見えた。ほんわかした印象のある小柄で可愛らしい女性だ。
夏の蒸し暑さからか、栗色の髪を後ろで一つにまとめ、寝巻のようなラフな格好をした可愛らしい姿。年齢は俺達より少し上かな? JDぐらいで……いやいや……。
「あのぉ……あやかさん?」
「ふひゃああつっっっ!? お、おしゃ、おしゃむくんっ!!!?」
手に持っていた何かを棚に戻すや、絶叫に近い声を上げるあやかさん。こんな時間にコンビニで会うとは……何か買い忘れでもあったのかな? 服装もラフだしこの辺りに住んでいらっしゃるのかもしれないな。まあ、うちに来る時も徒歩だし、意外にご近所さんなのかも知れない。
「こんなところで会うなんて奇遇ですね。明日から宜しくお願いしますね」
「違うのっ! 修君、そういうのじゃないから! だって私も経験ないし、その、違うのぉぉお!! 決してそういった事を考えているんじゃなくてね!?」
夜のコンビニで顔を真っ赤にして俺にすがる女子大生。世間的に一体何事だと思われるのでやめて下さい。それにあまり店内で騒いでいると注意されますよ?
「お、おい、修。もしかしてこのお姉さんが……」
「ああ。俺の家庭教師の先生、あやかさんだ」
「そっか、この方があやかさんか……。今から俺な、お前にタンスの角に足の小指をぶつける呪いかけとくわ。三重にして」
「足の小指は三本もねえからオーバーキルもいいところだな」
何故か唐突に恭介が怨念を込めてきた。ちなみに後で随分騒がしくしてしまったので、三人揃ってコンビニの店員さんには謝っておいた。
しかし、あやかさんは結局何も買わなかったようだが……。雑貨コーナーで何かを見ていた気がするんだけど……。




