恭介サイド~ついうっかり……~
恭介サイド
一学期の修了式を終え、夏休みの始まりに親友を見送ったあと、かばんを抱えながらふと窓の外を眺めた。
気合の入ったかけ声を上げながら、夏の炎天下で汗を流すサッカー部の練習風景が見えた。
ちょうどヘディングの練習をしているところであった。
灼熱の太陽の下、蹴り出されるボールに走って追いつき、頭皮を削りながら軌道修正し、ゴール目指してボールを送り込んでいる。
なんとおぞましい光景なのだろうか。毛根の悲痛な叫びが今にも聞こえてきそうだ。その様子を眺めるだけで背中が冷たくなる。
距離を置き、冷静に眺めてみるとなんと残虐な仕打ちなのだろうと思う。汗と泥にまみれた頭皮に、何とかして救いの手を差し伸べてあげたいぐらいだ。
あの時、修の一言が無ければ俺も今頃あそこで何の疑いも持たず、大切なものを失ってしまっていただろう。
感謝しかない……。ありがとう、修。俺を導いてくれて。
「さてと、咲との待ち合わせ場所に——」
「恭介君! 後輩君はまだ居るっ!?」
「ぎゃあっ!? ひ、びっくりしたぁ!!」
教室のドアに手を掛けようとした瞬間、ぶっ壊れそうな勢いで開いた。犯人は三条先輩だった。
普通に油断してて驚いてしまったが、反動をもろに受けた果実が左右に揺らめいていたのだけは見逃していない。
相も変わらずデケぇ……だが、咲も負けてはいない。いや、実際は負けているが、咲は十六歳。三条先輩は三年生なので十七、もしくは十八歳だろう。
この年月の差は十分に巻き返しが図れる期間だ。もちろん、咲を外観だけで選んだつもりはない……うん、ないよ?
「お、修ならさっき帰りましたよ? 夏休みの間は料サーの活動は無いって言ってましたけど?」
「くっ! 進路相談の話で出遅れてしまったわ……。確かに活動自体は無いんだけども、いくら文化系のサークルとはいえ、夏休みに活動が全く無しというのはいかがなものかと思って。折角の夏だし、満喫出来るプランを考え……じゃなくて、そ、その、料サーの夏期特別活動の打ち合わせを明日しようかなってと思ったんだけど……」
後半、小動物化しだしたな。普段キリっとしてるのに修の事になるとなんかもじもじし出すこの感じ。
分かってます。完全に惚れてますね。
何やってんだよ、修はぁ……。こんな美人でデケぇ持ちの先輩が毎日横に居てあからさまな態度を取っているのに、何も感じねえのか?
どんだけ脳内お花畑なんだ? 親友とはいえ、その点だけは擁護出来ねえぞ?
「でも修は夏期講習で明日から三日間は——」
色々と修の事を考えていたらつい反射的に答えてしまった。
やらかした……そう思った瞬間、息が詰まった。これは比喩ではない。だってリアルに首絞めてきたから。俗に言う物理ってやつだ。
「な・ん・で・す・っ・てぇぇぇ!?」
「ぜんぱいっ! ぐ、ぐるじい……デ、デケぇ……」
至近距離に迫った果実が見れて幸せ……いや、待て、意外にそんな余裕が無いぞっ!? ちょっと力入り過ぎじゃないですか!? 三条先輩、握力いくつあるんですか!?
「夏季講習!? 三日間って……あやかさんとなの!?」
首を絞められたまま更に揺さぶりまでかけられて……うおっ!? なんですその揺れ方!? 初めて見たんですけど!? いや、そこに喜んでる場合じゃない! 真剣に息が……。
「あ、あやがざんってだれですがぁ、と、とりあえずはなじてぇ、さんじょうぜんぱい……いぎ、いぎがぁぁぁ……」
血が……酸素が……回らねぇ。あ、ダメだ、意識飛びそ。
「あ、ご、ごめんっ! だ、大丈夫!?」
だらりと力を失う寸前でなんとかギリギリで状況に気付いてくれ、手を離してくれた。咳き込む俺の背中をさすってくれ、申し訳なさそうな目線を投げてくる三条先輩。
横顔が本当に美しい。正に美人とはこの人の為にある言葉だと思う。ほんと、修はこんな人が近くに居るのどうして彼女が出来ない心配をしてるんだ?
しかしさっきから真横にデケぇが……ふぅ、全然大丈夫です! 素晴らしい物を見せてもらったおかげで、通常よりも激しく鼻から酸素を取り込む事が出来たのですっかり元気になり……ま……。
「恭介ぇ、一体何してるのぉ? そんなふしだらな顔してぇ? 随分とお胸に執着しているようだけどぉ?」
うちのクラスで三条先輩が暴れるのは、もはや風物詩と化しているので、自然に野次馬が集まってくるのがデフォなのだが、今日はその群衆から一歩前に出てくる女の子が居た。
佐川咲……俺の彼女だ。ただ、今までに見た事が無い程の冷ややかな目線を俺に送っている。そしてそれに反してねちっこい口調。夏の始まりだというのに波乱の危機に瀕してしまっている感がある。
そう……つまりオワタって事だ……。




