脱、ニート!
あまりにもリアリティがある痛み……少しばかり夢である自信が無くなってきた。なにより今も尻に鈍痛が残っているもんな。
しかし考えていてもラチがあかない。腹も減った事だしとりあえず目の前の朝食を頂くとしようか。
そもそも腹が減る時点でもはや夢じゃないよな気がするが……まあいい、考えても分からんもんは分からん。目の前に飯があるのだ、とりあえず飯だ飯!
なになに、味噌汁にご飯。玉子焼きに焼き鮭か。日本の朝ごはんの見本市のようなラインナップだ。
そうそう、こんな感じだったよな、我が家の朝ごはんは。
若かりし俺はパンが食いてえって唸ってたっけか。トーストとコーヒーを何度も食いてえと必死に所望したもんだ。
俺はモダン派だったからな。まあ、結局夢は叶う事は無かったが。雪が腹持ちのいい米を押していたからな。結局一度も妹には口喧嘩で言い勝てなかった。
今ではどんなお客さんが来ても軽快なトークで場を賑わせれる自信はある。社会の荒波に揉まれた今の俺なら……勝てる!
俺は席に着くと、お袋が前に座った。隣には雪がいる。家族での朝食。懐かしい風景だな。
親父は……そうだ、出張中だっけ。結構頻繁に家を空けていた記憶はあるな。
さて、冷める前にいただこうか。まずは味噌汁を……。
「あ……うん。そっか……」
昔の家庭事情を思い出いながら、味噌汁をすすって動きが止まってしまった。
味に奥行きがなく薄っぺらい。オブラートをぷりっと剥がすと、ぶっちゃけ不味い。
なんだこれは……出汁がまったく利いていないじゃないか。料亭で出していた物と比べるのは酷だが、これはあまりにも酷い。
こんなのを料理長の前に出そうものならブッコロリーされる。故人をどうこういうのもあれだが、マジで容赦無かったもんな……。
一級品の繊細な味付けに舌が慣れてしまっているとはいえ、一応は住み分けしているつもりだ。だが、それを加味してもちょっとこれは口に合わない。
おそらく顆粒タイプの出汁の元を使用しているのだろうが、量も質も悪く、非常に安っぽい仕上がりになっている。
……あれ? どうして板前として修行で積んだ舌の感覚があるんだ? この頃の俺は、そんな些細な味の変化なんかには気付かなかった筈だぞ? 夢……だからか?
なんと言っても焼きそばパンこそ至上の食い物だと思っていたぐらいだもんな。完全に馬鹿舌のお子様舌だったのは覚えている。
「どうしたの? 早く食べないと遅刻するわよ?」
「あ、ああ。そうだな」
お袋の声で我に返り食事を進めた。味噌汁の味にケチをつけてしまったが、十数年振りのお袋が作ってくれた飯は心に響くものがあった。
朝食を終えたあと、懐かしい制服に袖を通し、姿鏡で自分の姿を映した。
若い。どこからどうみても高校生である。そのまま俺は右手を大きく広げ、歯をくいしばって首に巻き付けるように動かした。
「……おぶっ!! や、やっぱ痛い……。」
一切手加減無しのセルフビンタを慣行してみた。もち、スナップも利かせた。
がっでむ超痛い。でもやっぱり夢からは覚めないようだ。
とりあえず昔の俺に出会ったので、兼ねてからの願望であった、フルスイングビンタはお見舞いしておいた。
先程の雪のタイキックといい、ビンタといい、これだけの痛みを感じるという事はどうやらこの世界は夢ではなく現実、と考えるべきだろう。
つまり、今の俺は本当に高校生。となると、今まで通りに家の中でゴロゴロ過ごす訳にいかない。
仕方ない……ここはニートを脱却し、学生として母校へと向かうとするか。
もうすぐヒロインが登場……す、する予定……。