あやかサイド~掴まれた胃袋~
あやかサイド
極貧生活の最中、まるで光明が差すかのように家庭教師のバイト話が舞い込んできた。これでやっと長きに渡る生活苦から逃れられる。と胸を弾ませていたのだけども、もっと胸が弾む事件が起こった。
まさかの修君との奇跡の再会を遂げ、週に三回の家庭教師を引き受けることになった。しかも……特別に夕ご飯付きで!
不覚にも嬉し涙で前が見えなくなったのは記憶に新しい。
「まずは補助線を入れてP点を作ってあげるの。そうすれば公式が使えるような図形になるでしょ? あとここが90°になるから、直角三角形の内角の関係性から……」
にしても家庭教師のお仕事は初めてではないし、それなりの経験を積んでいるんだけども、修くんへの授業は他の子とはちょっと違和感があった。
「あ~、そっか、そっか……。確かそんな感じだったな。えっと補助線と……」
高校生の授業が難しくて中学の復習をするのは別段おかしな事じゃないんだけども、つい最近の記憶であるにも関わらず、もっとずっと昔の記憶を引き出しているような感じがある……。
「あやかさん、これで良かったですかね?」
「え、あ、ごめん。えっと……うん、バッチリ! 飲み込みが早いね、修君は」
順調に課題をこなして照れ笑いする少し不思議な男の子。私の……ちょっと気になる子。
……いやいやダメダメ。相手は高校生だよ? 十六歳の子に大学生のおばちゃんの私なんかが声をかけたら犯罪になっちゃう。
ここは日本よ。青少年保護法が黙っちゃいない。
「じゃ、じゃあこの辺りで少し休憩しましょうか?」
「ええ、そうですね。そうそう、今日はおやつにと思って大学芋を作っておいたんですよ。ちょっと待ってて下さいね、お茶と一緒に持ってきますから」
最近では夕飯に加え、おやつも支給されるようになった。お金ももらえてお腹もいっぱいになる。
ほんと最高だよ……このバイト。
でも本当はそれだけじゃない。絶対に口外出来ないけど、気になる男の子と一緒に居られることが一番だったりして。
きっかけは修君が作ってくれたお弁当だった。今まで食べてきたお弁当の中で一番美味しかった。しかも一度だけでなく、そのあともいろいろなお弁当を持ってきてくれた。
高校生が作ったとは思えない程の手の込んだお弁当と共に、毎日欠かさずに歌を聞きに来てくれる。笑顔を添えてプレゼントされるお弁当は、何よりの癒しと楽しみになっていった。
当初は食い意地が全面に出ていたのは認めるけど、途中から少し変な気持ちが滲み出てきた。でもあの時はまだその気持ちを見て見ぬフリが出来た。
ファンの子が応援してくれる。そんな限られた時間と幸せが、少しでも長く続けばいいなと思っていた矢先だった。
家庭教師としても修君と一緒に居られるようになったのは。
「ここまで膨らんじゃった気持ち……ちょっと押さえ込むのは大変かも……」
ポロリと零れ落ちた言葉、もちろん誰も居ないことは確認済み。私、中野あやかは……完全に高校生に恋しちゃってる。尚、犯罪なのは重々認めてる。
修君ってお料理を作るのが上手なのはもちろんだけども、高校生らしからぬ独特な余裕というか貫禄も感じるし、受け答えもしっかりしてる。
下手したら私より年上じゃないかと錯覚することすらある。そして全てを差し置いて……修君の作るご飯が美味し過ぎるの……。
三条さんがこの前言ってたっけ……胃袋を掴まれたって。私も、胃袋……掴まれちゃったなぁ……。
「はぁ……ただでさえ歳の差もあるのに、ギリギリの生活で家庭教師業で明日を食い繋ぐ売れないミュージシャンの大学生じゃなぁ……。今からでも就活、頑張るべきかな……」
自分自身もどうしたらいいのか良く分からない。音楽を止めたらもう私に興味を持ってくれなくなっちゃうかな?
なにより三条さんも居るしね……。彼女じゃないとは言ってたけども、向こうは完全に好意を持ってるのが丸分かり。
修君は本気で気付いていないみたいだけど……。男の子ってそんなに鈍感なものなのかな?
やだ、私ったら……さっきから何を真剣に考えてるんだか。高校生には高校生がお似合いじゃないの。大学生が出る場面なんて、ないない!
「お待たせしました~。ん? 部屋暑いですか? 顔、真っ赤ですよ?」
「んにゃぁはっ!? ら、らいじょうぶっよぉ!?」
なんか変な声出たぁ!? しかも噛んだぁ!!
「そ、そうですか。なら良かったです。さ、食べて下さい。美味しさは保証済ですよ? なにせ三条先輩が『美味しい、美味しい!』と丸々一本分食べてましたから」
むぅ……今、あの子の名前は出さないで欲しかったかな!
「いただきます! うん、確かに美味しいね! はぐっはぐっ!!」
「そ、そんなに勢い良く食べなくても……」
私、何をムキに……。はぁ……どうしよう。この気持ち。てか何を高校生相手に嫉妬してるんだか。こんなのただの負け戦で——
「うぐっ!?」
「ほらぁ!!? そんな越冬前のリスみたいに欲張って頬張るから! はい、お茶です!」
お、お芋が喉に……。危うく嫉妬で死ぬところだったよ……。




