夢の中で蹴られて踊らされた
「……修、起きなさい、修ったら! ご飯冷めちゃうわよっ!?」
ん? 誰だ? 惰眠を貪っている俺を起こすのは……。
あれ? 今のなんか魔王っぽいフレーズじゃね? などと中二病的な思考がよぎり、少し口角が上がったのは内緒にしておこう。
しかし本当に誰だ? 本気を出すのはもう一日延長して、やっぱり明日からにすると先程心に決めたところなのだが……。
だけども、どこかで聞いたような、妙に懐かしい声のような気がするなぁ。
……待て待て。俺、一人暮らしなんだけど? 寝起きに俺に声をかける人なんていないんですけど? 一体全体あなた様はどちら様でしょうか!?
ちゃんと俺、鍵はかけたよ!? 家には寝に帰るのが基本だったから、戸締りは厳重にしてるんだ。そこは間違いない。
それにかつて合鍵を渡した人も……くそ、やめよう、可能性がない詮索など空しいだけだ。となると、今俺に声をかけたのは誰なんだ? も、もしかして幽霊とかっ……!?
嘘ぉ……俺、そういうのめっちゃ苦手なんだけど!? ここ、築年数も高い安アパートだし、もしかして出るの!? 出ちゃう系なの!?
普段は疲れ果てて寝るだけで気付かなかったけど、ニートしている今なら気力はともかく、体力は常にMaxだもんな。
そっかぁ……俺って実は見れる人だったんだ……。ただ気付かなかっただけなのか。
いやいや、だからもちつけって俺。
さっきみたいに流暢に言葉を話す幽霊なんて聞いたことがないぞ? 普通ならうめき声とかじゃね? 百歩譲ってちょっと古臭いかもしれないが『うらめしや~』とかだろ?
でもどこかで聞いた事がある声なんだよなぁ。しかも一度や二度じゃなくて何度も。
誰だっけかぁ……ここまで出かかってるんだけどもなぁ。クソっ! なんか怖い気持ちよりも、気になる気持ちの方が大きくなって来たぞ!?
そのまましばらく寝起きの頭で考えるも、答えは出ず、遂に恐怖よりも好奇心が勝り、意を決して布団をまくり上げた。
その映った光景に思わず二度見した。
そこには女性が居た。アラフォーらしき年齢の細身の女性だった。普通に美人さんだと思う。出るところは出ているし、綺麗な女性だと思う。
だか何故だろう。全く持ってそういったエロい目線で見る事が出来ない。
ただひとつ特徴があった。眉を逆への字にして腰に手を当て、俺を見ているその姿はどことなく俺に似て……。
「お、お、お袋ぉ!? うぇ!? ど、どうして!? 随分と本日はお綺麗で……てかここどこさ、って俺の部屋かっ!?」
道理でエロい目で見えないわけだよ! 染色体がしっかり仕事してるわ!
「お袋って何よ、急に思春期を迎えたの? いつもは母さんって呼ぶくせに。それに何を寝ぼけてるの? まったく、綺麗なのは当然よ♪」
語尾な。
ちょれぇ……じゃなくて!? おかしいぞ!? 俺がこの家を出て行ったのは十四年前だぞ!? 少なくともお袋は六十手前の筈……。
少なくともこんな美魔女で通るような年齢ではない筈!
あれ? なんか俺の手、妙に若々しいんだけど……それに修行中にやらかした怪我の跡も無い?
「さ、起きたんなら早くご飯食べちゃいなさいよ」
俺に一声かけるとそのまま部屋を出て行った。そう、俺が学生時代に住んでいた、実家の部屋から。
ど、どうなってるんだ……?
俺は言われるがまま、親の顔より見た家の中を挙動不審な足取りで進み、なにはともあれ、リビングへと向かった。
すると途中、壁にかかったカレンダーに目が留まり、その内容に足を止めてしまった。
「え? う、嘘だろ。西暦が……十七年前……だと? どうしてこんな昔のカレンダーが。逆算すると……俺が高校一年の年……か?」
何のギャグだよ、これ……。ニートが不貞腐れて寝て、目が覚めたら過去でしたって……。
そんなラノベ展開、現実にある訳がないだろ!? まだ起こりえる可能性が僅かにあるであろう、ざまぁですら無かったんだぞ!?
うん? 目が覚めたら? 待てよ……ああ、はいはい。了解了解。そう言う事か。
これは夢だ。
ベタな展開だけどもそれ以外説明をつけれない。なんでい、夢オチかよ。
いや~、しかし良く出来た夢だわ。そしてこれは相当病んでんなぁ、俺。実家に居た頃の夢を見るなんてさ。
こんなのマンツーマンで料理長に特訓と称されて追い込まれた時以来だわ。最近はやっと見なくなった夢なのになぁ……。
しかし随分とリアリティのある夢だこと。過去一のクオリティーだわ。
まじまじとカレンダーに向かって視線を送ってところ、不意に尻に衝撃が走った。その痛みは烈火のごとく、文字通り焼けるような痛みだった。
「むんぎょふぁっっ!!? し、し、し、しりぃぃぃぃいがぁぁぁあ!!?」
「邪魔。朝の忙しい時間に通路で立ち止まらないで。それになに、その声」
確かに変な声出たぁぁあ!! いや、それよりも尻がぁぁッ!? 尻が割れた可能性がぁぁぁあるぅぅうっ!!
内股になって神に祈るがごとく跪き、悶絶しながら尻に手を当てて振り返ると、妹の雪が悪びれる様子もなく立っていた。
どうやらこいつが俺のプリチーな桃尻を蹴った犯人のようだ。
不意打ちで人様の尻を蹴り上げた挙句、断末魔にまで文句付けてきやがった。てか出るわ、変な声ぐらい! ドチャクソ痛かったぞ!?
この相変わらず今も昔も変わらずのツンツンした口調は夢の中でも再現されてやがる……にしてもなんて足癖の悪さだ……。いきなり何の躊躇も泣く蹴りをぶち込んでくるとは。
本当に兄をなんだと思っているんだ? ちったぁ、敬えよ!
ただ、お袋同様に若い。そしてこっちはこっちで中学の制服着てるじゃねえか。JCだ、JC。
そしてこちらは安定の小っぱい。成長期真っただ中にも関わらず、そっちは成長出来てないようだな!! 惜しいな! 夢の中でさえ大きくなれんとは!!
「……何故か殺意が沸いてきた」
ひえっ……こいつは心が読めるのか!?
「こら、雪! お兄ちゃんになんてことするの!」
「だって邪魔だったんだもん。だから蹴ったの」
「おま……口で言え! 口で! てかめっちゃ痛ぇんですけど? どうしてそんな華奢なのにそんなキック力があるのさ!?」
お袋からの叱りの言葉と俺のクレームにもなんのその。ツインテールを揺らし、大きな瞳で冷たい目線を送りながらテーブルに着く妹の雪。
少々、いや超絶お転婆だが、家族補正抜きにして、世間一般で言う可愛い子、つまり美少女に分類されるのではないかと思う。
先のカレンダーから察するに、俺が高一の時なら、雪は中学二年ってことになるな。
……絶賛反抗期中じゃないか。
獣のように尖っていた時期だ。寄るだけで威嚇、触れれば先ほどみたいに暴力の行使も辞さない程に敏感な年頃だ。
うん、いろいろ思い出してきたぞ? そういえばこいつ、家の中ではいっつもこんな感じだった。どれだけ尻を蹴られたか……。
それにしてもこの尻に久々に感じる鈍痛……夢ならあの一撃で確実に冷める筈なんだが……。
年末の某バラエティ番組の罰ゲームにある、尻にタイボクサーがキックするのと同等の破壊力があったと思うぞ?
この一撃で眼が覚めないとなると、もしかして……ここは夢ではないのか?