三条先輩の逆襲
「あわわわわっ……な、なにこれ!? 私、今日死ぬの!? これがかの有名な最後の晩餐ってやつ!?」
夜の公園で慌てふためくあやかさん。ちなみに今日もお腹を空かせておいでのようであった。
保冷バックから出てくる海の幸てんこ盛り刺身盛り合わせに、驚愕の表情を浮かべている。もはや想像通り過ぎて笑いすら込み上げて来る。
「うふふ、大丈夫です、死にませんよ。ほら鮮度が落ちる前に食べて下さい」
水筒からお茶を入れてあげている三条先輩も、先程と違ってどこか心にゆとりがあるように見受けられる。
そんなあやかさんの震える手に、先程ちょちょいと盛り付けをした丼が渡された。
丼の中は、白米に覆いかぶさるように海鮮達がひしめき合っており、豪華絢爛そのものである。尚、俺達はすでに食させてもらっている。めちゃ美味かった。
この光輝くと比喩しても語弊はない海鮮達は、業物包丁でこしらえた一品である。それだけで美味さ二割り増しだ。弘法も筆を選ぶというやつであり、ガッタガタの包丁では折角の食材のパフォーマンスを落としてしまう。
切り分けるだけではない、奥の深さがあるのだ。刺身には。
「……おいひぃ!! 舌の上でとろけるぅ! こんなの食べるの何年振りだろう……子供の時以来かな……? いや人生で初かも……なんか泣けてきた……」
切実な事実が出た。結構苦労して大成したんですね。
「お気に召して頂けてなによりです、とはいっても毎日刺身は出せませんが——」
「え? 出してもいいわよ?」
出せるのかい……そうだった、三条先輩って超金持ちだったわ。てか毎日こんなの食べてたら痛風になるわ。過剰な贅沢はよくないですよ?
「ね、ねえ、修君の彼女って何者なの? なにやら、やんごとなき高貴な血筋を感じるんだけど……」
「お、修……君? 呼び方がいつの間に変わってる……でも彼女って言ってくれる点はまあ……くっ、相殺ね……」
地面に向かってぶつくさ何かを訴えている様子だが、そっとしておいた方がよさそうだ。
しかし料サーで作った物を提供させていただけるのはありがたい。流石に毎日家の食材をルパンし続けると、お袋にキレられてしまいそうだもんな。
……いやいや、また料理の道を突っ走ってるじゃないか。勉強を頑張らないといけないのに。すっかりペースに乗せられてしまったが、俺に染みついた料理という枷は取り外す事は出来ないのだろうか。
「でも私、この海鮮ね、すんごく美味しいんだけど……この前食べたお弁当の方が私は好きかも」
あ……それ、今言っちゃいます?
「っ!? お弁当!? ま、まさか!?」
おっと、なんだこの空気。それに有耶無耶にしていたことが明るみに出てきましたぞ?
「ほら、この前の日曜の雨の日、二人で一緒に食べたあのお弁当……私にとっては忘れられない思い出だよ?」
ちょっと待って? その話、盛ってますよ? 二人では食べてませんよ? 食べてたのはあやかさん一人でしょ?
「やっぱりぃ!! あのお弁当はあやかさんへの物だったんじゃないの!! ほんっと貴方って人は!! ホイホイホイホイ誰かれ構わずお料理を作っては胃袋を掴んで! 少しは自覚したらどう!? こら! 待ちなさいっ!」
優雅な口調からJK口調になった時点で察し、俺は全力で足と腕を振り上げ、その場から退避した。
にしても胃袋を掴むか……いやいや、実際に俺ごときが二人の胃袋を掴むなんておこがましいにも程がないか?
三条先輩はすでにお金持ちだし、あやかさんも将来大成する人だ。いくらでも俺より腕のいい料理人にも出会えるだろう。
そもそも胃袋を掴まれたってのは広義で俺の嫁さんになるってことだぞ? この二人、意味分かって言ってんのかな? 三条先輩はお嬢様だし、あやかさんは天然だし……絶対意味分かってねえわ。
三条先輩と距離を十分に保ったまま、公園内の広場をぐるりと回ってあやかさんの元に帰って来た時だった。
「若いっていいねぇ。あのさ……あ~、うん、なんでもない。ほら彼女が可哀そうだからじっとしてなさい」
両腕を掴まれてしまったのだが……お手てのぬくもりが心地良くて……いや、あの? 離して? さっきの俺みたく、めっちゃ腕振って足上げて全力でツッコんでくるJKが居るの!!
「あ、あやかさん!? は、離して下さいっ! もうそこまで来てますから! 鬼の形相をした三条先輩が!!」
「ダメ~♪ ふふ、お姉さんのちょっとした悪戯だよ?」
「うがぁあ!! 後・輩・君っっ!?」
「ま、待って下さい! 話せば、話せば分かりま——ふぇぶるわっしゃっ!!?」
追いつかれた三条先輩にダッシュビンタされ吹っ飛んだ……解せぬ。
そんな不幸に見舞われた俺だが、ひとつだけ発見したことがある。あやかさんて、すんごい温かい手してた……。
母性本能の塊だな。あの手で撫でられたら子供とかすぐに泣き止みそう。




