雪ちゃんへのお弁当作り
本日は日曜日、学校は休みなのだが、家族の味噌汁の賄い手である俺は変わらず早起きをして支度中だ。ただ、今日はいつもよりもう三十分程早く起きてキッチンに立っている。
「ふわぁ……眠ぅ……おはよ、お兄ちゃん……」
可愛らしいあくび交じりの声が耳に入った。
朝六時現在、体も温まりきった俺は、トップギアに放り込んで調理をし始めている最中だったのだが、声の主である我が妹、雪が現れたのに気付き手を止めた。
「お? 早いじゃないか。いいんだぞ? まだ寝てても」
「お兄ちゃんにお弁当を作らせて寝てられるほど、神経太くないよ」
そんな今日は妹の雪が友達とピクニックに出かけるとのことらしい。その為にはピクニックの必需品であるお弁当をこしらえる必要があったのだが……。
お袋がまさかの代役を俺に押しつけてきやがった。ただ、魅力あるお小遣いにつられて快諾した俺も俺だが。尚、神経の太いお袋は寝ている。
別に料理自体は嫌ではないのだが、最近料理する回数が増えているような気がする。でも美味しいと言ってくれるとつい気を緩くしてしまう……。うん、これ、職業病だな。
「それにしても、上手っていう枠を超えてもはやプロみたいな手さばきだね」
再び調理を開始した俺の手元を見るなり、雪から感想がこぼれた。卵を片手で割ったり、手早く包丁を使っている仕草を見てそう感じたらしい。
料理は時間との戦いだからな。テキパキと動く必要があるのさ。ちなみにプロみたいではなくて一応元プロです。最終職業はニートだったけど。
まあ、妹に技量を感心されて悪い気はしない。少しは兄としての威厳を見せつけないとな!
思わず調子に乗って、包丁を握る手を少し早めに動かした時だった。
「あのおっぱいが大きな人に教えてもらったの?」
「あぶっ!? 指切りかけた!? ゆ、雪、言葉には気を付けようなっ!?」
年頃の女の子が兄とはいえ、男にいきなりおっぱいなんて言うんじゃありません! 危うく手を切りそうになったじゃないか!
「こ、これは独学だよ。本とかを読んで覚えただけさ」
まあ、何だかんだ言っても雪はまだまだ子供。適当に誤魔化しておけば問題は……。
「指運びや調味料を入れる仕草を見る限り、ちょっとかじった程度の素人の動きじゃないと思うんだけど? それにレパートリーが幅広過ぎる。手元に料理本もなく、和洋中全てを作れる素人なんて普通いる?」
音も立てずに目と鼻の先まで迫って来た……。流石は武道を嗜むだけあって目の付けどころと動きが違う。
あれ? おかしいな? 子供だと思って簡単にあしらえると思ったんだけども。
それと年端もいかない妹が、かなりの功夫詰んでる動きをしてると感じるのは俺が武術に関しては全くの素人だからか?
「やっぱり、あのおっぱいだね。手取り足取り教えてもらってるでしょ!」
「雪? お願いだから大きな声出さないで貰える? 母さんに聞こえちゃうでしょ?」
その後もやたらと三条先輩との仲を問い詰められたのだが、お弁当を作りながら答えた俺の回答には、かなり不服を持っていた様子だった。
しかし事実なのだ。おっぱ……おほん。三条先輩に教えてもらった事などひとつもないのだ。むしろ教えてあげているぐらいだ。なんと言っても食べ専だからな。
ちなみに俺が作る料理は雪が言い当てた通り、基本的に和食が専門ではあるが、こう見えても一応は料理のプロだった男だ。洋食でも中華でも作れないことはない。
むしろ昨今の映えを狙うには創作料理という和洋折衷といったジャンルも必須であり、基本的な調理は出来るよう料理長に仕込まれてる。
マジ地獄だったけど……普通の板前さんに比べて三倍は苦労してると思う。
「……で、今日もあのおっぱいと会ってお料理教えてもらうの?」
「雪? お兄ちゃん、そろそろ怒るよ?」
先程からしつこく絡んでくる雪が指を差す先にはもう一つのお弁当箱があった。尚、使い捨ての物だ。
「だから何度も言わすな、違うってば。今日はサークルの活動もないし、会う約束もしていない」
「じゃあなによそのお弁当箱は! まさか自分用に作ったなんて嘘はつかないでよ!? 家に居るのに、わざわざ行楽用の使い捨てのお弁当箱なんか普通使わないよね!?」
我が妹ながら兄の思考を読むとは……やるじゃないか。よし、強引に誤魔化そう!
「い、いつまでも手を止めてると弁当が間に合わなくなるぞ? ああ、忙しい忙しい! ほらどいたどいた!」
最近は雪とも話す機会が増え、以前のように顔を合した瞬間蹴られる事は無くなってきたのだが、その分、込み入った事情に顔を突っ込むようになってきて困る。
そもそもおかしな話だけどね? 顔合わせたら蹴られる関係って……。




