ざまぁなどないッ!
「ダメだぁ……やる気がまったく出ねえや……」
布団に寝っ転がり、安アパートの天井に向かって何度呟いたか分からない言葉を吐いた。
店をクビになり、それから一か月の間を俺は管を巻いては時間を食い潰していた。
今の俺は俗に言うニートという、一周回って至高の存在となっている。絶賛、日本の三大義務のひとつ、勤労を放棄中の身だ。
尚、先日、僅かな『ざまぁ展開』を期待して店を見に行ったのだが、趣のあった建屋は既に綺麗に撤去されており、跡地には真新しいアスファルトが敷かれた駐車場がオープンしていた。
心のどこかで『頼む、帰ってきてくれぇ! 荻野ぉ! 他の従業員を連れ戻せるのはお前だけなんだぁ!!』と泣きついてくるドラ息子に『今更泣きついてきても、もう遅い……』とクールに言い放ってやろうと内心企んでいたのだが、現実はそうは甘くなかったようだ。
やはりざまぁ展開なんてそう起きるものではないらしい。あれは空想上の出来事であって、現実と一緒にしちゃあいけない。
その証拠に一等地に設置された広い駐車場は、割高な料金設定にも関わらず、満車に近い。駐車台数からも察するに、かなり実入りも良さそうである。
確かに人件費ゼロな上に管理のし易さも加わり、簡単に料亭の純利益を超えてくることは間違いなさそうだ。
あのドラ息子、先見の明がありやがった……やるなぁ。
いやいや、何を感心してんだ。これは地域の皆さんや、馴染みのお客さん達の事は微塵も考えていない選択肢だ。
あいつ、自分には料理の才能が無かった事を棚に上げて、料理長の弟子である俺に嫉妬してやがったもんな。
それにしても義理も人情もない話だ。この際、文字通り綺麗さっぱり店も無くなった事だし、いっそのこと、板前なんてやめてサラリーマンにでも身をやつそうかな?
でも今からサラリーマンってなれんのかなぁ。高卒の三十過ぎなんて早々と雇ってくれないわな……。せめて大学とかに行っておけば、ワンチャンあったかもしれないが。
少し余談になるが、キャンパスライフって言うの? 今にして思えばあれに憧れたよなぁ。
学生は勉強が本分とも言うけど、サークル活動に、合コンに楽しい事が盛り沢山じゃないか。いや、ちゃんと勉強や課題もしてるだろうけども……。
「はぁ、高校ぐらいから人生やり直してぇ……なぁ~んてな。明日からは本気出すかな。なんだかんだ言っても、俺には料理しかない訳だし……」
でも彼女ぐらいは欲しかったかなぁ……修行に明け暮れていたおかげで出会いは一切なかったもんな。
尚、板前と女将さんや、仲居さんとの恋模様なんてものも存在しなかった。あれは漫画かドラマの世界の話だと我が身を持って痛感させてもらった。
だって普通に女将さんには旦那さんが居たもん。仲居さんも然り。そんな閉鎖空間で出会いなんてある筈ないじゃん?
お客様に声をかける訳にもいかないしさ……。なによりそんな根性も無い。それ以前にお客さんにそんな態度を取ろうものなら、料理長からどんな仕打ちを受けるか……真夏でも震えちゃうね。
おかげで女友達の有無にまでハードルを下げても、知り合いは皆無。なんなら男友達の方も仕事上の休みが合わないせいで、僅かしかいないときたもんだ。
こればっかりはサービス業の宿命だから仕方がない。休日は必ずお仕事なのだ。皆が遊んでいる時に働く職種、世の中のエンタメを支える一翼を担っているのだから。
ともあれ、今更悔やんでも仕方ないが、少なくとも彼女はなんとしても若いうちに作っておくべきだったと、激しく後悔はしている。
あり得ない話だが、若かりしあの頃、先の事も考えずに遊び惚けていた俺にもし出会う事が叶うのなら、フルスイングでビンタをかましてやりたいと思っている。
手加減なく、全力で! スナップを利かせてなっ!
バッチんバッチんにいってやるぜ! ガアッデムッツ!! ってな感じでな!
……少々脳内妄想が捗って無駄に舞い上がってしまった。
頭を冷やす為、枕をひっくり返し、裏面のひんやり感を感じながら顔を埋めながら意識を放り投げた。
明日からは本気を出さないといけないからな。今日のところは早めに寝るか……おやすみ、運命の神様。