いざ実食!
「がんがれ~、おしゃむくん~♪」
「あの人、ただ者じゃないわ……。後輩君、あんな方の下でよく……」
無邪気な声援と驚愕の声が耳に入った。
メインのパーティ会場を後にして、新たな会場となったのは三条家のキッチン。以前にもお邪魔させてもらったが、相変わらず広いしデカいし、超綺麗。
そして面々が見守る中、酔っぱらいあやかさんの暴走によってまさかの料理長の前で一品作る事へと発展してしまった。
料理長は可憐な容姿とは裏腹に、プライドが非常に高い。美しい外観の内なる心は鬼をも恐れぬ気性の荒さ……もとい、厳格な性格で有名なのだ。
「君、女の子に随分ともてはやされているようだけど、そんな生半可な気持ちで本当に私以上の料理が作れるのかしら?」
怖え……。舐めてません。いつも本気で取り組んでいます! 常に食材のすべてに感謝を忘れずに調理させていただいてますぅ!! 生半可な気持ちなんて塵芥ございません!
どうやら料理長の鬼の部分が出てきてしまったようだ……。こうなってしまった以上は、下手な言い訳なんて焚火に向ってガソリンが出てくる消火栓をぶっかけるようなものだ。
だからこそ、今の内に初期消火を行う!! 今なら……今ならまだ間に合う筈だ!! いや、間に合ってくれぇぇ!!
「い、いやだなぁ。ほら、見て下さいよ? 僕、まだ高校生ですよ? 料理が得意って言っても、それは家庭レベルで——」
「おしゃむ君のお料理がいっちばん♪ 私のいっちばん♪ しゅきしゅき♪ りょうりちょーなんてやっつけちゃえぇ♪♪」
「誰かそこの陽気な声色のお姉さんの酔いを醒ましてあげて!?」
俺の魂の絶叫に立花さんと美咲さんが動いてくれた。水を……水をたらふく飲ませて下さい……。
「へぇぇ……じゃあ、早速やっつけてもらおうかしら?」
違うんです、料理長ぉぉぉ……。ああ、もうダメだぁ……。初期消火、失敗ですぅぅ。
結果、涙で前が見えなくなった。
「うぃ~♪ ひっくぅ♪ ごぉごぉ~♪」
「こ、この人、酔っ払ってるのにやけに声がいいんだけど?」
みさきさんがあやかさんを介抱してくれているようだ。声、いいでしょ? 本当は世界の歌姫になる人だったんですから。
「調理中に余所見?」
「ひいいっ!! さーせんしたぁぁ!!」
こ、この緊張感……まさに修業時代に味わった物そのもの。大人でも心が折れるんですよ? いたいけな高校生にガンガン圧をかけて来るのやめて下さい……。
俺の一挙手一投足を親の仇かのような目線で視察されながらの調理。ふふ、懐かしいぜ。修業時代を思い出します……。久々の圧迫面接もとい、圧迫調理だ。
手が、手が震えます、料理ちょぉお!
久々の職場のプレッシャーを味わいながら作ろうとしている料理は、『肉吸い』とした。目の前の綺麗な声のお姉さんに飲ませてあげる為に。これを飲んで酔いを醒ましてくれぇ……。
「豪快かつそれでいて丁寧な出汁の取り方、迷いのない包丁さばき。少し集中力に難はあるものの、年齢からはかけ離れた卓越した技術を持ってるわね……。日本料理の技法を幼少期から嗜んでいるのかしら……」
顎に手を置き、ジト目で分析されてる……。幼少期からではなくて高卒から料理長に叩きこまれました。今、人生二周目です。
ちなみに今作っている肉吸いという料理、こちらは世間的にはあまりメジャーとは言えないメニューとなっている。
通称、肉うどんのうどん抜き。とも言う。とある芸人さんが、うどんすら食べれない程の二日酔いの中で頼んだメニューがルーツとも聞いている。
料理長のジト目に畏怖を感じながらも丁寧に出汁を引き、牛肉を甘辛く炒めて、出汁と掛け合わせた。
牛肉の旨味と出汁が混ぜ合わさり、あっさり濃厚出汁の完成である。仕上げにぱらぱらと小ネギを散らして……よし、完成だ。
「……」
「あ、あの、自信はありませんが、どうぞお召し上がりになって——」
「おしゃむくんが作ってくれたおりょーり食べないのぉぉ? じゃあ私がもらうぅぅ」
「みさきさん!? あやかさんを!! ちゃんと後であげますから今は大人しくしてて貰えまさんか!?」
割り込んできたあやかさんには強制退出してもらった。
あやかさん、お酒に弱過ぎ問題だな。そういえば夏期講習の時もおじいさんは飲みまくっていたけども、あやかさんは一切飲んでなかったもんな。
てっきり気を使って合わせてくれていると思ったのだけど、俺ではなく、あやかさんが下戸だったとは。
少々ハプニングもあったが、料理長は俺の作った肉吸いをほのかに上がる湯気と共に一口椀をすすった。
修業時代、何度も見た味見の儀式の光景だ。そして一切忖度しない料理長はいつも自分に正直に味の返事をしてくる。出汁の濃淡、塩加減に食材の調理方法などを延々とダメ出しを――
「美味しいわ」
そう、いつも『あれが悪い、これ悪い、それがなってない』って……うぇ!? 今、美味しいって言いました!? 俺の修行時代、過去に二回しか言ってもらったことないですよ!?
「出汁の素材は魔王さんの物を使ってるとはいえ、ここまでしっかりと素材の味を引き立たせる出汁を引けるのは素晴らしいわ。そしてなにより……美味しい料理を作るコツを知ってるわね」
美味しい料理を作るコツ? なんですそれ? そんなの知りませんよ。必死に料理長の味付けを真似してるだけです。過大評価し過ぎですよ。
「とはいえ、集中力は散漫だし、全般的な腕は悪くはないけども、まだまだ素材と道具に助けられてる感は否めないわね」
思わずorzになった。いつも手厳しいお言葉が遅れて降り注いできた。そう甘くはなかったようだ。ぬか喜びしちまったぜ……。
「だ、大丈夫? 貴方、あんな厳しい人に師事していたのね……」
三条先輩が周りに聞こえないように呟いてきた。そうなんです、大人って大変なんですよ? ともかく、この肉吸いをあの酔っ払い歌姫さんに飲ませて酔いを醒まさないと。
「おしゃむくぅ~ん♪」
「ちょ!? ダメっすよ! 貴女が出ていくとややこしくなるっすぅ! ステイっす!」
どうやら向こうも向こうで限界なようだ。これ以上ご迷惑かける訳にはいかないので引き取りに行こう。
「はは、プロの方にそこまで言っていただけて本望です! と、とりあえずこの肉吸いで彼女の酔いを醒ましたいと思いますので、俺はここらで失礼しますねっ!」
本気ダッシュでキッチンから逃げた。料理長はまだ何か言いたそうな顔をしていたが、これ以上関わると俺の心臓が持たない。
とりあえず現時点で河原で小一時間は三角座りして精神を落ち付けないともう料理は作れません。
「はい、あやかさん、お待たせしました。酔い覚まし作ったから飲んで下さい」
「ん~……やっぱり美味しい~♪」
満面の笑みを向けられた。くそぅ、こんな顔見たら全てを許してしまいますよ。
「ちょっとずるいわよ、私にも飲ませなさい!」
「あ~、ダメだよお! これは私の為に作ってくれたんだよぉ!」
「きぃぃ! 後輩君! 私の為にもう一回作りなさい!!」
「無理ですよぉ! また料理長が居るキッチンに戻るなんて俺の精神が持ちません! 今日はもう料理は作れません! どうしても言うなら一度河原でゆっくりさせて下さい!」
ひと悶着あったが、それはそれで賑やかにパーティになったのだけが救いである。
「やれやれ、クリスマスですら進展しないのか……」
「荻野君、これからどうするつもりなんだろう……。一周回って尊敬すらするよ」
聖なる夜、リア充カップルに毒を吐かれた。特に佐川さんの毒舌が心に染み渡った夜だった




