暗雲
三条先輩が取り乱す姿に面食らっていた料理長の華さんだったが、今は立花さんと何やら談笑している。
立花さんは燕尾服で完全武装だが、華さんは仕事着。しかしながら、そのたたずまいたるやまさに上流階級の紳士と淑女にしか見えない。
ただ、その美しいお姿にレーダーを反応させているやつが一名居た。もう今更誰がとは言わないが……。
「へぇ、あの女性の板前さんが今日の料理を作ったのかぁ。大人の魅力が溢れて綺麗な——咲ぃ! 落ち着け、俺はまだ何もしてないぞ!?」
「見境の無いこのエロ彼氏が! こうなったら両頬同時に成敗してあげるわ! ダブルビンタの刑よ!」
「ちょ、待て! 待ってて!? 今回は容姿全体を褒めただけで――よし、俺が悪かった! 愛してる、咲! 俺にはお前しかいない! オンリーワンのロンリ―ワン! お前が一番だっ!」
「……も、もう! みんなが居る前だよぉ~♪」
恭介の言葉に料理長の華さんに見惚れていた件の怒りはどこへやら。くっついてニャンニャンし始めた。ちょれぇ……チョロイン過ぎますよ、佐川さん。
「あああああああっ……う・ら・や・ま・じぃぃぃぃぃ!!」
奇声を上げながらハンカチを噛み、大号泣しているメイドさんはスルーしておこうと思う。
「……あの人が修君の料理のお師匠さんかぁ。道理で今日のパーティー料理が修君の味に似てるなぁ~って思ってたんだ」
あやかさんが俺の元に歩み寄り、小声で話してくれた。
「はは、厳密に言うと俺の味ではなくて料理長の味ですよ。俺もまだまだ修行中の身でしたし、やっとこさ独り立ち出来るかどうかといった技量でしたから。俺の味は全て料理長のコピーですよ」
「それでも私には貴方が作る料理の方が私には美味しく感じるわ。もちろん、今ここに並んでいる料理も筆舌に尽くしがたい物だけど、貴方は私の胃袋を掴んでるんだもの」
三条先輩が笑顔と共にウインクを飛ばしてきた。俺の作る料理をそこまで思ってくれているのは正直心に来ます。それと改めて華さんの作った料理を食べて感じましたけど、若かりし頃なのに腕が当時と変わらないっていう驚愕の事実ね。すでにこの御年で極められていたのか……。
天才だな、ほんと。
「ちょっとぉぉ!! それ、私も言おうとしてたやつぅ!! 修君が作るお料理はお姉さんの胃袋も掴んでるんだからね! それと三条さん!!」
「な、なにかしら?」
あやかさんのあまりの勢いに三条先輩も一歩引いてる。ここまでの気迫を見せる姿は珍しいかも。
その鬼気迫る表情、言葉に会場に居る全員の視線があやかさんに向けられた。そして彼女は臆することなく口を開いた。
「この料理、余ったらもったいないから持って帰っていい!? こんなに美味しいお料理残すのは罰が当たるよ!」
た、食べ物を残さない精神、料理を嗜む身としても感服いたします。が、今この場で言うセリフではないかとは思います。
「え、ええ……ど、どうぞ……」
三条先輩も肩透かし&まさかの発言に不意を付かれたようだ。
「ふふ、そんなに私の料理を気に入ってくれましたか? 美味しいと言ってくれることはもちろん嬉しいけども、残さず食べてくれようとする気持ちは心に響きますわ」
こちらの騒動に気付き、にっこりとほほ笑みながらあやかさんに話しかける料理長。面と向かって言葉を投げられたあやかさんは焦りながらも頬を若干染めていた。
料理長は生粋に人たらしでも有名でもある。性別、年齢問わず、彼女の前ではほんわかした雰囲気になってしまうのだとか。
直属の弟子である俺は例外だが。
このスキルがあるゆえに、魚河岸【魔王】さんとの契約も取れたのだろうと思う。
「なんかとても温和で優しそうな人ね……」
俺の横で三条先輩がツイートしてきたのだが、とんでもない。みんなこの一部の姿だけを見てるからそんなぬるい事が言えるんです。本当の……真の姿を知らないから。
胸の内だから堂々と言いますが、本性は地獄の閻魔も裸足で逃げるぐらいに怖いんですからね!? 俺が河原で三角座りしていた理由の九割八分は料理長の厳しい修業のせいですからね?
98%の強鞭と2%の飴ですよ!? てか他に弟子が居ないのはみんな耐えきれず逃げたからだよ? 俺がどうして残れたのかは自分でも訳が分からないけど、自分がイカレてたのは認めていますから。
タイムリープして再び会えたのは嬉しいけど、いざご本人に対面すると少し期間が開いたせいもあり、足がね……。へへ、恐怖で足がすくんでらぁ。本能が……俺のDNAが畏怖してやがるぜ。
しかし改めて圧倒的な技量を感じた。背中が遠い……よくこの差で俺を一人前と認めてくれたものだ。
「君はさっきから見ていると、他の方とは違って実にしっかり味わって食べてくれてるわね。まるで味の探求をするようにね」
「ごほっ!? い、いえ!? すみません、すみません、ゆっくり味わって食べてすみませんっ!!」
つい反射的に謝ってしまった……。完全に変な目で見られてしまってる……。ど、どうやって誤魔化そうか……。
「ど、どうしたの? いきなり謝らなくてもいいのよ。こっちこそごめんなさいね、急に変な事聞いて。お腹いっぱい食べてね」
ぐはっ!! 稀にみる優しさ! 2%の飴の部分か!? 薄い所引いてるぞ、俺!!
「こ、こちらこそいきなり失礼な態度、申し訳ありません。どの料理も今まで食べた事の無いとても美味しいものばかりで——」
「えええぇ~、おしゃむ君の作るお料理も同じぐらいおいひいよおぉぉ? らっれ、わたしの胃袋、がっしりと掴んでるもぉぉん♪ むしろ、おしゃむ君のお料理の方がおいひい! ねえ、おしゃむ君もそう思うようねぇぇ~」
ぴしっ。
目の前に立つ、美魔女料理長のこめかみ付近からそう聞こえた気がした。
あやかさんが千鳥足で俺の元にたどり着くや、まるでタコかのように俺に全身を絡ませ、浮ついた目をしてきた。
そしてこの匂い……酒くせぇ。さっきまで普通だったのに……。この人、酒に弱いのか!?
「ちょ!? あやかさん!? お酒飲んだんですか!? いや、年齢的には飲んで問題ないのですけど、一瞬でこんなに全開で酔います!? あ、あの料理長さん? 彼女、酔っ払ってるので気にしないで——」
「りょうりちょーのお料理はすっごいおいしかったよぉ~! でもおしゃむくんの作るお料理は、も~っと、も~っとおいしいれすぅぅ!!」
「あやかさんっ!?」
オワタ……。
料理長は無言で踵を返し、三条先輩の方へと向かって行った。そしてあの三条先輩が恐怖に満ちた顔で何度も頷いていた。その度にデケぇが揺れること揺れる事。たゆんたゆんだぁ~♪
いかん現実逃避してしまっていた。気が付けば表情を一切崩さずにこやかな笑顔のまま、再び料理長が俺の前まで歩んできた。
「修君、でしたね? 良かったらお料理作ってみてくれない? オーナーの三条さんへの許可はいただいたから」
顔は微笑しているが、内に秘めたる鬼神の感情を押し殺して伝えてきた。どうやら酔っぱらいあやかさんの煽りをもろに受けたみたい。
料理長ってめちゃめちゃプライド高いんだよぉぉ……。ここまでの技量を持つに至ったのは、その性格が完全に起因してると思うもん……。
神よ……どうして聖なる夜にこのような試練を……。のんびり過ごしましょうよ、クリスマスですよ!?




