料理長、見参
「立花さん、なんでしょうかね、この阿鼻叫喚の図は。確か今日はイエスキリストの誕生日、聖なる日ですよね?」
みさきさんの声が漏れてきた。今、会場のど真ん中では脚を折りたたんで正座する俺と、何故か人ひとり分離れて同じ姿勢を取る恭介がいる。
そして俺の前にはあやかさんが、恭介の前には佐川さんがいる。
どうやら恭介の方は、また卑猥な目でみさきさんのドデケぇを見てしまったようである。しかしこいつ、一体何回同じ内容で怒られてるんだよ。
「何処を向いてるのかな? お説教中に余所見するなんて随分と余裕だね?」
うん、もう先生としての貫禄が出てるね。愛らしいお顔なので怖くないけども、恐ろしくはあります。
「それに……三条さん! いつまで修君のジャケットを羽織ってるの!? もう室内だから寒くないでしょ!? 早く返しなさい!」
「ああ、急に体が冷えてきたわ……ぶるぶる」
「絶対にそれ嘘だよね!? 普通『ぶるぶる』なんて動作を言葉にしないよね!? そんなに寒いならもっと胸元を隠すように服を着たらどうかなっ!?」
どうやら三条先輩の服装へと怒りの矛先がズレたようだ。今の内にそっと退避を……。
ぺちん。そんな気の抜けた音が聞こえた。振り返ると、足を崩してなよなよとする恭介と右手を振り抜いた佐川さんが見えた。
どうやらこっちはこっちで小芝居が始まったようだ。
「い、痛いですぅ……」
「右の頬をぶたれたら左の頬を出しなさい」
「は、はい……あぶっ!」
途端、もう一撃浴びせた。もちろん、本気で殴っている訳ではないのだが。あっちはあっちで楽しく遊び出したようだ。キリスト繋がりか? なんだかんだで仲良いですね。
「はい、後輩君。あやかさんにこれ以上興奮されても困るからジャケットを返すわ。ありがとうね、とても暖かかったわ」
「がるるる……」
あやかさんが遂に唸りだしたのだが、全くもって怖くない。むしろ可愛いとさえ思ってしまったのは内緒だ。
しかしやっとこさ三条先輩から渋々ではあるが、ジャケットが返ってきた。一張羅なので借りパクされると困るんですよね。
「さ、私達も料理をいただきましょ」
少々不貞腐れた顔をしたあやかさんであったが、俺達につられるかのようにまた再び料理を食べ出した。そんな平和な時間が少しだけ続いていたのだが、風雲急を告げた。
「三条のお嬢様、お初にお目にかかります。本日の料理を取り仕切らせていただきました、板前の華にございます」
汚れひとつない真っ白な白衣に、同じく白い前掛けをした板前さんが現れた。長い髪をポニテにしてひとまとめにした女性であり、体型は出るところは出て、引っ込む所は引っ込み、女性としての艶やかさと同時に母性本能が滲み溢れている。
若くはないのだか、若い子には到底身に付けられない艶やかさがある女性。所謂、美魔女と呼ばれる類のお方である。
そして調理後にもかかわらず、服に汚れが一切付いていない。どのようなジャンルのプロの方は、服を汚さずに一級品の仕事を行うと聞く。
そんなお方こそ、俺の知りうる全ての板前さんの中でも断トツの技量をお持ちになっておられる、俺の師匠、料理長の……華さんである。
今の年の頃は三十台後半ってところかな? とてもアラフォーには見えない。相変わらずの美貌を誇っていらっしゃる。今の俺と同じぐらいの子供がいるとは到底思えませんね。モデル雑誌とかに普通に載っていそう。
「……ええ、どのお料理も非の付け所が一切無く、とても上品で美味しかったですわ。流石は魔王さんおすすめの板さんですね。ところで……後輩君、ちょっとこっちに来てもらっていいかしら?」
笑顔の中にも険しい感情を込めるといった、非常に斬新な表情を向けられながら急な呼び出しをいただいた。
正直、ご遠慮願いたいのだが、今の三条先輩に逆らってはいけないと本能が足を突き動かした。
「料理長さんが……女性だなんて聞いてなかったんだけど? しかも物凄く綺麗な方じゃないのぉぉ!!」
思いっきり胸倉を掴まれたおかげでお顔とお顔がゼロ距離である。その様に立花さんとみさきちゃんが焦る姿が視界の端に映った。どうやら身内にも見せたことのない程の興奮具合らしい。珍しくあの料理長も焦り顔である。
でも俺、一度も料理長が男だとは言ってませんよ!?




