再開
貴族の晩餐会という名のクリスマスパーティが始まった。少々格式が高過ぎる気はするが、それでも皆がにこやかに食事を楽しむその光景を見ていると微笑ましく思う。
もはや親の境地である。そう……俺も子供が居てもおかしくない歳だもんな。高校生だけど。
しかし一時はWブッキングさせてしまい、修羅場を迎えそうになっていたのが嘘のようだ。ほんと恭介さまさまである。今はそのイケメンフェイスに大きな手形が付いてるが。
凝りもせずに今度はみさきさんのクソデケぇに見惚れてたからなぁ。即、ぶっ叩れてたもんな。まあ、100%恭介が悪いんのだけど。
でも意外に手が早いのね、佐川さんって。うちの妹は脚が早いですが。
「咲ぃ、そこの飲み物取ってくれねえか? 俺、ちょっと喉乾いたんだ」
「なら牛乳でも飲んでたら? 胸が好きなんでしょ?」
「ひぃぃ、咲ぃ、ごめんてばぁ……」
このカップルは仲が悪いんだか、良いんだか……。まあ、喧嘩する程ってやつか? 全く持って羨ましい。
「後輩君もいつまでも監督役してないでお料理を食べたらどう? あやかさんは涙を浮かべながら頬張ってるわよ? うちのメイドと一緒になって」
うん。美味い美味いといいながら無心になって食べてますね。もはや食いだめでもして越冬するつもりなのか、先程から箸が全く止まっていない。
「はは、そうですね。では俺もいただきますね」
クリスマスの料理と言えばチキンやピザ。シチューなんかが定番なのだろうけど、今宵の晩餐は一味違っていた。
大きなホテルとかにある朝食バイキングを彷彿とさせるその配膳。基本的に和の料理ばかりだ。クリスマスメニューには少し程遠い気がするが、きっと俺の好みに合わせてくれたのだろう。
数ある料理の中の一品を取り分け、皿へと運んだ。
俺が選んだ料理は小魚のみりん干しであった。クリスマスに出てくる料理ではないかもしれないが、その存在が妙に気になっていたのだ。
かつて、その料理を得意とした方を知ってるので。
若かりし苦い思い出に苦笑しながら料理を口に運び、咀嚼したその瞬間、目を見開いた。
美味い。のは想定内。素材も素晴らしい。きっと今日という特別な日に魚河岸【魔王】さんで仕入れていただけただろう。
だが俺が驚いたのは素材の良さではなく味付けだった。これは俺が行う味付けそのものであった。否、正確には教えてもらった味付けと言うべきだろう。
一般的に料理はレシピ通り作れば誰が作っても同じ味になる。しかし世の中には同じ種類の料理が溢れている中、味付けはひとつひとつ微妙に異なる。
そして今、噛みしめているこの味を再現出来る人間は、俺を除けばただ一人しかいない……。
三条先輩を見ると、口角を上げていた。大人ドレスのおかげで長い谷間がよく見え……。いや違う違う。今はそっちじゃなくて……。
「今日は貴方を驚かそうと思ってね。魔王さんから紹介してもらったお店の板前さんを招いて料理を作ってもらっ……ど、どうしたの!?」
三条先輩から素っ頓狂な声が上がった。
俺は知らずの内に両頬に涙を流していた。
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「ごめんなさい……私……そんなつもりじゃ……」
「三条先輩は何も悪い事なんてしてませんから。ただ、運命の神様が悪戯しただけですよ」
涙を滲ます三条先輩に、落ち着きを取り戻した俺が少しジョーク交じりに話しかけた。
涙を流してしまった理由は先ほど伝えさせてもらった。
あの後、三条先輩が咄嗟に機転を利かしてくれ、俺を連れて会場から連れ出した。他の皆は食事や談笑に夢中になっていた為、気付かれなかったようだ。
主にみさきちゃんの一芸のおかげで。
お腹も膨れたのか、やっと本来の職務を思い出したかのようにマジックを披露したり、小粋なトークで場を盛り上げていた。意外と器用な方らしい。
「いえ、知らなかったとはいえ、私、貴方に酷い事を……」
震えながら言葉を紡ぐ三条先輩の肩に手を置いて、何度か軽く叩いた。三条先輩の肩が思いの外、華奢だったのにびっくりしたのは内緒の話だ。
そして超すべすべだな……と感じたのは固く心の奥底にしまっておきたく思う。
話が脱線してしまったが、今晩の料理を作ってくれたのは間違いなく俺の師匠である料理長だ。
三条先輩には俺は自分の事は全て包み隠さず話したが、料理長の経緯までは話していなかった。不慮の事故によって亡くなってしまったという事実を。
そんな思いがけない展開で不覚を取ってしまったが、なんとか平常心を取り戻すことが出来た。
それに今は会場を抜け出してバルコニーに座っているのだが、季節はクリスマスの時期。室内とは違って夜風が非常に冷たい。
先程肩を叩いた時に感じたのだが、露出の高いドレスを着た三条先輩の体は随分と冷えてしまっている。若い女性が体を冷やすのは良くない。ちなみに若くなくても良くはないが。
「もう大丈夫です。さ、風邪引きますよ? 中に入りましょう」
ジャケットを脱ぎ、今にも涙腺が崩壊しそうな三条先輩の方に掛けてあげた。ドレス姿ではこの冬の風は耐えきるものじゃない。
「怒って……ないの? 私、貴方の心を……」
「怒る必要がどこにあるんですか。それにこの時代には料理長は、ご健在なことは分かってましたから。ちょっと驚いてしまっただけです。さあ、クリスマスパーティを楽しみましょう! それに早く戻らないと——」
「私が怒るかも知れないもんねぇ……?」
気が付けば背後に仁王立でこちらを優しい瞳で眺めるあやかさんが居た……。
料理長を超えてきたかも……。




