マニュアル
「おいおい、どうしたどうした?」
今日は木枯らし一号が吹くとの予報が出ていた晩秋の朝。少し早く学校に着いた俺は、読書に勤しんでいたのだが、まるで汚物を見るような表情を浮かべた恭介が疑問をぶん投げてきた。
「いきなりな奴だな。まずどうしたの意味が分からんのだが?」
「いや、手元の本よ」
俺の手元には先日あやかさんが置いていた恋愛のバイブル書が握られている。タイトルは『あなたもこれで女の子の気持ちが分かる!~女の子はいつもそれを望んでいる~』である。
この本には男女関係に関して非常に興味深い内容が書いてある。もちろん既に読了済みであり、今は三周に突入しているところだ。
未来からタイムリープしてきた俺だけども、まさかこんな物が世にあったとは知らなんだ。この著書には女の子の気持ちが赤裸々に記載され、それに伴った攻略法まで添えられている。
ちょっと絵柄が古臭いのが気にはなるけど。当時、休みの日に一人晩酌しながらTV見てる時に、たまに流れるCMで、可愛い女の子が競馬場でダッシュしてるような萌え感の絵柄とは程遠い。
「ふふ、この聖書が気になるか? まあ、俺もいつまでもダンゴムシの荻野修ではないということよ!! いずれ進化して恋の大空に羽ばたくのさ!」
「訳分かんねえよ。ダンゴムシが進化しても空は飛べねえよ。それに恋って……童貞丸出しのセリフじゃねえか」
「童貞、か。ふふ、高校生なら当然の事だろう……? おい、当然だよな!? お前、まさか!? はあっ!? そりゃねえぞ!?」
「落ち着け。流石に高校生でそれはない。キスとデケぇ触るぐらいだ。俺は咲を大切にしてるんだ」
その言葉に血の涙が流れ落ちた。
完全に勝ち組じゃねえか。キスもしてる上にデケぇも触ってんかよぉ……。一線を超えていないのは素晴らしいと思う。
「で、なんだ? その女子小学生が喜んで見るよう少女漫画チックな本は」
「はぁ!? この聖書を馬鹿にしたな!? 何が女子小学生だ! よ~し、じゃあ俺が問題を出してやるから答えてみろよ!」
急いでバイブルをめくり、難問を探した。いくらリア充とはいえ、恭介も所詮は十六歳の高校生。このバイブルに書かれている真実には辿り着いていない筈。
ここは非リア充の俺が逆にリア充にガツンと分からせてやるぜ! 勉強ってのは学力を伸ばすだけの物じゃないんだぜ!?
「いくぞ! 問1! あなたは寝坊してしまい、彼女を一時間待たせてしまいました。その時になんて声かける?」
「『ごめん』」
シンプルだな、おい。下手な言い訳をしない点は高評価かもしれないが、所詮は高校生の浅知恵よぉ!
「ふははっ! そんな言葉で——」
「『だから今日はいつもより、長い時間お前を見ていたい。ダメかな?』ってところかな?」
え? 続いてたの? それになにそのこっぱずかしいセリフ? ねえ、言ったことあるの? 恭介って怖い物知らずなの?
「で、答えは?」
「あ、いや……うん、恭介の答えの方がいいかな……。じゃ、じゃあ次の問題だ! 言っておくが次の問題は桁違いの難易度だぞ!? 初見の俺はかすりもしなかったからな!」
「気にするな、修がかすりもしないのもはや当然だ。恥ずべき事じゃない」
なんで俺、慰められてんの?
「問2! 友達から彼女になる瞬間! その時、あなたならどうアプローチする!?」
「かける言葉は『好き』だけで十分だ。あとはそれまでに紡いだ時間と姿勢で相手が判断してくれる」
俺はバイブル(借り物)を床に落とした。
本にはうんたらかんたらと長々しく女性の気持ちを書き綴っていた。雰囲気や言葉選び等、相手を喜ばす言葉がつらつらと。
だが、目の前の高校一年の男子が放った言葉。『好き』の言葉の二文字の裏に込められた思いは、この本に書かれている全ての内容を凌駕していた。
り、理屈じゃねぇ……。このリア充は化け物か!? こんな簡単にこのバイブルを越える答えをいとも簡単に……。むしろ分からされちまったぜ……。
佐川さん、こいつ本当にすげえやつだよ……。デケぇに拘る性癖さえなければまさに聖人君子だ。俺が女なら惚れてたかもしれねえ。
「お~い、授業始めるぞぉ。席に付け」
「おっと、じゃあまた後でな、修」
担任が現れ、あやかさんも後について現れた。俺はそっとバイブルを鞄の中にしまい込み、あやかさんに返却することを誓った。




