強襲、三条先輩
「いやあ、今後の展開がどうなると思う!? 物語も佳境に入って熱くなってきたよな!」
過去にタイムリープした次の日、寝て起きたらまた元板前のニートに戻っているのではないかと、不安を覚えがら床についたのだが、全ては杞憂に終わった。
おっさんニートではなく、普通に高校時代のままだった。なので約束通り、ぬるい早起きをして味噌汁を作り、朝食の用意を手伝った。
尚、雪は昨晩に続き、しっかりと俺の作った味噌汁は完飲していた。口には出さなかったが、どうやら相当気に入ってくれたようだ。
これで少しは兄の威厳というものが出てくれれば助かる。何はともあれ尻を蹴る癖を何とかして欲しい。武道を習ってる者が、技を軽々しく振るうのは間違っている事に早く気付いて欲しい。
「お~い、聞いてるのか?」
「んあ? ああ、すまない、全く聞いてなかったわ。てか俺に話しかけてたのかよ。独り言かと思ったわ」
「てめえ、そこは嘘でも『聞いてる』って言って気を使えよ! それにこんなフレンドリーに話しかける独り言なんてあるはずねえだろ!? それに独り言ならもっと細々と喋るわっ!」
お昼休みに購買で買ってきたコロッケパンを口にねじ込み、口を膨らましているのにも関わらず、器用にツッコミを披露する恭介。
ちなみに俺は懐かしの焼きそばパンを片手に握ってる。こってりソースの非常にジャンキーな食い物だ。
だが……それもいい! なんでもかんでも和食に拘る事は俺はしない。美味いか、旨いかの差だ。どちらもうまいのだ。
「で! 修はどう思う? 次の展開は!」
手に持つ漫画雑誌をバンバンと叩き、俺に意見を求めてくるふさふさの恭介。
これまた懐かしい光景である。学生の頃、毎週発売の少年誌を購入しては好きな漫画の展開に一喜一憂したり、展開を考察したもんだ。
でもひとつだけあの頃と違う点がある。
恭介、俺な……その漫画の全部内容知ってるの。最終回までネタバレ出来ちゃうの……。
「あ~、じゃあ……主人公がキレて髪の毛が金髪になる……とか?」
「おっと、そこまでだ。髪の毛をネタにするのはやめてもらおうか!」
なんで髪の事になるとマジになるんだよ。でもそうなるんだよ。と、心で呟いている時だった。
「後輩君、無駄な抵抗はやめて出てきなさい。貴方は完全に包囲されているわ!」
いきなり教室のドアを開けるなり、ノンタイムで叫ぶ清純派JK三年、三条先輩が現れた。尚、態度は全く清純派ではない模様。意外と行動派だった。
うららかな昼休み、下級生の教室に単身で乗り込んでいらっしゃいやがった。しかも俺の事を後輩君とか呼ぶもんだから、クラスメイト全員から注目されている始末。
だって全員後輩だもんな。そうなってくると包囲されてるのはそっちですからね?
しかしまさか日中にゲリラしてくるとは。どこから俺のクラスを割り出したんだろうか……。
「やっと見つけたわ。さあ、入部届け持ってきたわよ」
やっと……ですって? まさか他所のクラスでも扉をバーンて開けて叫ぶ行為をやってきたの? まさかの目途もつけずにローラー作戦? やめてくれませんか、そういうの。
完全に毒されている俺を見つけるや、周囲の視線を無視しつつ、堂々と教室に入って来た。そして机の上に叩きつけてきたのは【お料理サークル入部届】と書かれた用紙だった。
昨日、あれだけ拒否したのに……。この人のメンタルが広辞苑並みに分厚い事だけは認めようと思う。あと、胸も……おほん、少しオブラートに包もう。
デケぇも。
そんなデケぇをチラ見した後に目に飛び込んできたのは、入部届けの用紙。しかもよくよく目をやると、既に俺の名前が記入済みであった。
尚、非常に達筆。見た目も字も綺麗である。
ただ、勝手に人の名前を申請用紙に名前書かないでもらえますかね……先輩。そういうのなんて言うか知ってます? 偽装って言うんですよ?
「三条先輩……あ、ほら、こいつがこの前言ってた帰宅部仲間の恭介です。こいつを一人にするなんて俺にはどうしても出来なくて。俺は熱い友情の為、帰宅部を続けなければならないのです!」
とりあえず思いの丈ををぶっこんでみたのだが、そんな俺を華麗に無視し、三条先輩は恭介の方に顔を向けた。
「恭介君……だっけ? 後輩君はお料理サークルが貰うわ。帰宅部は一人で活動してもらっていいかしら?」
「は、はい、もちろん! 貰ってやって下さい! デ、デケぇ……」
こいつ……だらしない顔して秒で友人を売りやがった。そしてめっちゃ胸見られてますよ? このエロハゲに。
ちなみにオブラートに包んだ比喩表現のデケぇについてだが、恭介も同じ表現をしてきた。俺の脳内表現と一致したのには驚きを隠せないぞ?
でも口に出すのは良くない。聞こえたらどうする気だ? セクハラでしょっ引かれるぞ?
「じゃあ交渉成立ね。さあ、これで障害は無くなったわ。早くこの用紙に拇印を押しなさい」
キリっとした目つきでスカートから取り出された朱肉を持ち、手を出せとモーションをかけてくる三条先輩。
なんだ、この世紀末感は。完全に脅迫じゃないですか……相手がモヒカンじゃなくてデケぇ持ちの美少女だけど。
「お、俺も入っていいすか!? お料理サークル!」
エロハゲが……あ、いや恭介が割り込んできやがった。
そうだ、こいつを生贄に捧げて俺が逃げるという選択肢もある。そもそも俺はあまり乗り気じゃないんだよなぁ。
学校で料理作る暇があるなら、家で作った方がそのまま食卓に並んで効率もいいし、なにより人生二回目は折角なので未知の大学なるものに進学したい。なので、勉強も頑張らねばならない。
おっさんになって……大人になって分かるあるあるだ。勉強はマジでやっておいた方がいい。みんな大人になって後悔するんだ。
「貴方はお料理は出来るの?」
「いえ、まったくもって出来ませんっ!」
「ごめんなさい、残念だけど参加資格を満たしていないわ」
まさかの拒否に恭介が項垂れた……どうやらお料理サークルは経験者しか入れないらしい。でもそれって敷居高くね? ほぼアウトじゃん。高校生で料理が得意な奴なんてそうそういないんじゃないか?
結果、俺は強制的にお料理サークルに入部させられることとなり、五指全ての拇印を取られた。なぜか両手分。
なんなら足までとられそうになったのだが、流石にそれは勘弁してもらった。
これ、高校のサークルだよね? ここまで入念にする必要ある? まるで俺、犯罪者じゃん。
 




