特別授業
あやかさんが家庭教師として授業を行ってくれる金曜日。いつもと変わらない風景ではあるが、今日は何かが違っていた。
「修君、今日からはちょっと厳しく行くよ!?」
なぜか初っ端から鼻息荒く、気合満々のご様子だった。確かに期末テストは近付いてきてはいるが、それを差し引いても尋常じゃない程の熱意を感じる。
学校で教育実習生として経験した事が、より一層の教鞭を振るう刺激にでもなったのだろうか。
現に中野先生の評判はかなり良い。男共はもちろんだが、女子にも人気がある。あそこまで好かれる実習生ってなかなかいないんじゃないかな?
「お、お手柔らかに。じゃあ今日はどの辺りを……」
勢いよくテーブルの上に置かれた参考書らしきものに目をやると、表紙に可愛いらしい女の子の絵が……うん? これ少女漫画だね? どうしたどうした、あやかさん?
「修君はもう学校の授業で十分に点を取れるようになってます! でも大きく欠けているものがあります! 今日からはそこを徹底的に教えます!」
な、なんだこの気迫は……俺はこれから何をさせられるんだ? めっちゃ漫画の本をめくっていますが……。あの、勉強の方はどうなるんでしょうか?
「じゃあ早速この例題からいくよ!『あぁ~ん、どうして目覚ましが鳴らないのよぉ! 新学期早々遅刻しちゃうじゃないのぉ~!!』と食パンを咥えて走る女子高生が居ます! はいそこ、どう思う!?」
いや……どう思うって言われましてもですね……。個人的には現役女子高生もビックリな可愛らしい声で演技する、あやかさんに萌えなんですけど。声優さんも裸足で逃げ出すクオリティーでしたよ?
「えっと、食事は座って食べるべきかなと。行儀の視点からも食物を摂取する観点からも、走りながら食べるのはちょっと……」
「うん、想定内。修君ならそんな感じで答えると思ったよ。でもね、このシチュエーションに何か感じない!? これから起こるであろう、運命の予感が!?」
少女漫画のその場面を開き、懸命に訴えられても困るんですが? 食パン咥えて走って起こる運命かぁ……。
「う~ん、交通事故……とかですか?」
「どうして新学期早々からヒロインにそんな悲惨な運命を辿らせるの?」
怪訝な表情をされた。
だってパンを座って食べる間もない程に時間に追われているのなら、注意力も散漫になるかなと思って。
「車やバイクなんかとは衝突しないの! 曲がり角でイケメンとぶつかるの! でもちょっとぶっきらぼうに対処されて初見は最悪な状態になるの!」
「ジェントルマンとしてはあるまじき行為ですね。ぶつかってしまった事はもうどうしようもない事ですが、まずは第一声として謝罪と怪我が無いかの確認をし、状況によっては救急車と警察に——」
「修君、また交通事故の対応に戻ってる。あと、ちょっと脳内を高校生に戻そうか? 君が本当に十六歳だった頃に女の子とぶつかったらそんな事考えなかったよね? 正直に答えてね?」
曇りなき眼を向け……くっ、そんな目をされると嘘なんて付けないじゃないですか!
「……不謹慎な話ですが、もし女の子とぶつかったなら、その、ちょ、ちょっと喜んでいたと思います……」
「うん、男子高校生らしい答えだね。でも喜んじゃうのはちょっとあれだね……」
少し引かれた。どう答えれば良かったのだろう……。
「じゃあ次! そのイケメン君はなんと転校生で偶然にも同じクラス、しかも席が隣になるの!」
「うわぁ……最悪ですね。毛嫌いしていた奴が同じクラスの上、席まで隣なんて……。俺なら神を呪いますね」
「そう! 出会いは最悪。でもそこからひょんなことから彼の良さに気付き出し、徐々に惹かれていくの。そして二人は結ばれる。はい、これが基本ね!」
何の基本なんですか……。話が突飛し過ぎて良く分からないのですが? つまり要約すると、パンを咥えて走る。ぶつかる。するとその人とハッピーになる。
うん、論理の破綻も甚だしいな。三段論法の端くれにも——
「修君、また余計なこと考えてるでしょ?」
めっちゃ近づかれて注意された。すみません……なのか? でも以前、論理の勉強しろ的な事言ってませんでした? 俺、一応、本読んだりしたんですよ? 悪魔の証明って知ってます?
「ところでさっきから俺に何を伝えようとしてるのでしょうか? 貴重な授業時間が削られて……」
「恋愛のいろは! 修君は彼女欲しくないの!?」
その言葉は胸に深く突き刺さった。あやかさんは学校の授業内容だけでなく、学校では教えてくれないそんな事まで教えてくれるのか……。
「あやかさん、俺、恋愛がしたいですぅ……」
orzになり、俺はあやかさんに懇願した。
「一応は願望はあったんだね……」
何故か少し呆れられた声が聞こえたが気にしないでおこう。
「じゃあ今日はとことん行くよ! しっかりついてきてね!」
「サー、イエッサーぁ!!」
その後、少女漫画の内容を逐一説明された。とても深い内容だった……。




