いらっしゃいませ、こちらが料サーです
本日最後の授業終了のチャイムが鳴り、皆が帰り支度を始めるこの時間。おそらくあと数十秒で三条先輩が現れる。そしてそのまま実験室へ連れて行かれて料サーの活動が始まる。
普段と変わらない、いつもの光景が訪れようとしているのだが、今日ばかりはいつもと風向きが違う気がする。その原因は言わずもがな……。
「さあ後輩君、今日も料サー活動を始めるわよ」
考え事をしていたところ、いつもの掛け声とともに現れた三条先輩。本日は朝に見た赤いマフラーを振り回しておられる。見た目の清純さに似合わず、割とコミカルな動きをするお方である。
この人、一応日本でトップの財閥の令嬢なんだけどなぁ……。良い意味でも悪い意味でもちゃんとJKしてるよ。
「最近寒くなってきたわよね? でも大丈夫よ。ここにマフラーがあるから。二人分の長さがあるマフラーがね?」
なにやら本日は少々興奮していらっしゃるようだ。普段以上に流暢にお話されている。ちょっとみんなも引いてますよ?
「あ~、確かに少し寒いですけど、マフラーは結構です。調理の邪魔になりますからね」
「真っ当な意見で拒否してきたわね……。でも誰が調理中に着けようなんて言ったかしら? 帰りに決まってるでしょ? その時間は外は日も暮れてもっと寒くなってるし。ちょうどいいわよね?」
「確かにおっしゃる通りですが、そもそも帰り道が真逆じゃないですか……。俺の家は駅の方向じゃないですよ?」
「……あっ」
恭介と佐川さんは、帰り道が同じだから相合マフラーが成立するのであって、正門を出て左右に分かれる俺達の環境じゃ使う場面がない。
それ以前にそういうのは恋人同士でやるものじゃないですかね?
「じゃあ校内、校内だけでも使うわ!」
恭介佐川さんの激アチカップルに当てられて、ただただマフラーを付けたい欲を暴走している三条先輩の背後に、一つの影が現れた。
「ふふ、三条さんは学校ではもっと大人しいのかと思ったけど、とても元気なんだね。これが若さなのねぇ……。あ、そうだ。折角だから私の家は駅の方だし、途中まで一緒にマフラーを付けてあげようか?」
「あやかさんと相合マフラーしても意味無いの! 後輩君とじゃなきゃ……え? 黒い、髪の……あやか、さん?」
「こんにちわ。でもここでは中野先生って呼んでね♪」
三条先輩はあやかさんを二度見したあと、俺の方に向かってゆっくりと歩み両手で胸倉を掴んできた。
折角の手編みのマフラー、床を引きずってますよ? それに挙動ね? 清楚系JKがしていいものではありませんよ、DKの胸倉掴んで無表情をぶつけてくるなんて。
「どういうことかしら?」
思わずその迫ったデケぇに少しばかりドキドキしたのだが、俺を見つめる目がまごう事無き、狩人の目なので眼福感は感じられなかった。
その目、雪も結構するんです……。
「ちょっと待って下さい、ど、どうして俺に聞くんですか!? 本人が目の前に居るんですから直接聞いて下さいよ!?」
これがいわゆる波乱の幕開けというやつなんだろうな……。
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鍋から湯気が上がり、コトコトと食材達が煮踊っている。本日の料サーのメニューは石狩鍋である。鮭と味噌仕立てのお出汁がベストマッチな寄せ鍋である。
「はぅぅ……お、美味しそう……三条さんは放課後に毎日修君の手作り料理を食べてるんだね。いいな、いいなぁ……」
実験室には実習生のあや……もとい、中野先生がいらっしゃっている。
鍋の仕込み中、散々三条先輩が問い詰めていたが、少し前から教育実習生として訪れるのは分かっていたらしく、サプライズを仕掛けたようだ。
そして今は、現場研修の一環として部活動を見学しているとのことだ。
「あやかさん? 部活動なら他にも沢山ありますよ? ほら、サッカー部とか帰宅部とか。ここは部にも昇格していないサークルですので、他を見た方が勉強になるんじゃないですか?」
「三条さん? サッカー部はともかく、帰宅部は部活では……。あ、もしかしてそれって遠回しに私に帰れって事かな?」
「ふふ、察しがいいですね……。どこかの誰かさんとは違いますね」
なんか二人、バッチバチに争ってるんだけど? ねえ、学校でもめ事起こさないで? 病院で出禁になったこと忘れたの?
それにどこかの誰かさんとは……俺の事ですかね? 俺、そんな察しが悪いですか? 結構気遣い出来るって料理長からも褒められた事もあるんですよ?
「はいはい、二人ともそこまでです。ほら、お鍋が出来ましたよ」
お互い怪訝な表情を浮かべつつも、目の前の誘惑に勝てなかったのか。揃って熱々お鍋を食しだした。
「……はふはふ、美味しいわね。味噌が出汁を更に芳醇にしてるわ」
「この時期にお鍋とか最高っ!」
あっという間に二人仲良くホクホク顔になった。鍋が仲を取り持ってくれたらしい。いい感じである。このまま仲良く鍋をつついて——
「ああっ!! 鮭がぁぁあ!? 三条さん、酷いですぅ!! それ、楽しみにしてたんですよぉ!?」
「あやかさんだってさっき、私がずっと育てて楽しみにしていたつみれ取ったじゃない!」
あれ? また揉め出した? まあ、用意したのは一人用の小鍋ですからねぇ……。ここでがっつり夕飯と言う訳にはいかないし。
「修君っ、三条さんが酷いの! 鮭に続いて鶏肉まで取ったのぉぉ!!」
涙を浮かべながら腕にくっつかれた。ほどよいクッションを感じる事が出来てラッキー……じゃなくて、相変わらずのガードの緩さにこちらが心配になるレベルだ。
先程までの毅然な態度とは変わって気が抜けてしまったのか、普段のあやかさん感満載である。だがここは学校なのだ。この所作は他の生徒、もしくは教員に見られたら何も言い訳が出来ません。厳重注意じゃ済まないですよ?
この人、目の前の食い気に気圧されて理性ぶっ飛んでないか? 教師の卵なんですよ? お願いだから行動に気を付けてぇ?
「あ、あやかさん!? じゃなくて中野先生!? ここ、学校!! 教師と生徒の距離が近過ぎるのはまずいですって!!」
「あ……ご、ごめんっ! ついお鍋に気を取られちゃって……」
俺から離れるや恥かし気に衣服を正すあやかさんに、こめかみをピクつかせて割り箸をへし折る三条さんが目に入った。
相当苛立っているご様子だ……。
教育実習が行われるこの二週間、先が思いやられるぞ、これは……。




