打ち上げ
パーティ料理と言えば、どうしても大皿の洋風に偏りがちになる。しかしこれはもはやお国柄によるものと言えよう。
古来より日本では大勢の人が集まっても、それぞれに御膳が並んだりと、ひとつの料理をシェアすることさほどは多くはない。
正直、日本料理を得意分野としている俺には苦手なジャンルなのだが、恭介を始め、クラスメイトには散々気を使われた挙句、三条先輩と過ごす時間まで作ってくれたのだ。しっかりとお礼はせねばなるまい。
実験室に向かい、すぐさま調理に取り掛かった。まず取りかかったのは、お米を炊く作業だ。いかんせん大人数相手なので、炊飯器もマックス炊きでセットし、土鍋も引っ張り出してあらゆる炊飯装置を駆使してお米を炊いた。
そんな炊きあがったお米を冷ます為に、先程からパタパタとうちわで仰いでくれている三条先輩。尚、やはり調理はしない模様。いや、助かるんですけどね。
それよりもデケぇがうちわパタパタの反動をもろに受けて……まあ、その、あれだ。波打っていらっしゃる。なんて柔らかな波なのだろうか……。
「あ、電話……。ちょっと待ってね。もしもし? 私、うん、オッケー、今から取りに行くわ」
電話の相手はおそらく執事の立花さんだろう。先ほど魚河岸『魔王』に特別オーダーを入れてもらい、こちらに届けてくれる手筈になっている。
「ちょっと行ってくるわね」
「すみません、宜しくお願い致します」
三条先輩からうちわを受け取り、目の前のご飯に風を送った。ご飯をかき混ぜると、甘酢の匂いが鼻孔をかすめた。
大人数で食べる和のパーティ料理に俺は『ちらし寿司』を選択した。ハラヘリヘリハラの高校生共の胃袋をこれで満たしてやろうと思う。
「後輩君、届いたわよ~」
しばらくすると三条先輩が台車と共に現れた。その台車に乗せられてるのは発泡スチロール。ど真ん中に丸が描かれ、その丸の中には【魔】とインパクトのある漢字が一文字印刷されていた。
おどおどしい見た目だが、これこそ魚河岸『魔王』さんの社名入り発泡スチロール。そして用意していただいたのは、ちらし寿司の主役、極上の海老である。
「うん、素晴らしい……。鮮度、サイズ共に間違いのない物だ。流石は魔王さん。期待は裏切らないですねぇ」
箱の中でうごめく海老を持ち上げ、恍惚な視線を当てていると、肩を落とす三条先輩が見えた。
「ほんとその情熱を少しでも向けてくれたらどれだけ……はぁ……」
ため息が非常に重たいですぜ? さあ、一緒に海老剥くの手伝ってもらいますよ?
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文化祭の開催時間も終了を迎え、一般のお客さんも捌けていつもの校舎の風景に戻った。しかしいつもと一つ違うのはあちらこちらから聞こえてくる楽し気な話声。
放課後、文化祭終了の打ち上げが行われていた。
「みんなお疲れぃ! 執事喫茶、大成功だったなっ! じゃあ、みんなの労をねぎらってぇ……乾杯っ!!」
紙コップに入ったジュースを持ち、ご機嫌に音頭を取る恭介。実際のところかなりのお客さんが入ったらしく、大盛況だったようだ。
世のJKは執事に飢えているようだ。何度も来る猛者のリピーターも居たとのことも聞いている。
「今日はジュース飲み放題だぜ!? だがそれだけじゃ口が寂しいよな? でも安心してくれ! なんと……修が一品をこしらえてくれたんだぜ!? いよっ! 流石は料サー部員!」
恭介からの紹介で一層沸き立つクラスメイト達。どうやら相当腹が減っているようだ。流石は育ち盛りの集団だ。
「おいおい、茶化すなよ……みんな、今日はなんか気を遣わせてすまなかった。これはお詫びと言う訳ではないが、ほんの俺の気持ちだ。みんなで食ってくれ」
廊下にスタンバイさせておいた特大サイズのすし桶達をお披露目させた。高校生の腹具合を満足させるにはこれぐらいあってもいいだろうと思い用意した。
おかげで腕がパンパンだぜ……。もうしばらくうちわをあおぎたくない。
被せた乾燥防止の布巾を取り、その全貌が見せつけるとちょっと想像していたものと違うリアクションが取られた。
「「「……え? これを作った?」」」
クラスメイトの声がハモったのだ。俺としては『うおっ~!』とか『ちらし寿司かよぉ~』なんて反応を期待していたのだが。なんかめっちゃ驚かれてる。
ともあれベールを脱いだちらし寿司は、酢飯を山形に盛り、その斜面全てにボイル海老が覆っている海老三昧ちらし寿司だ。その朱色に染まった身が織りなす傾斜はさながら赤富士を思い浮かべるのではなかろうか。
まあ、腹を空かした高校生からすれば、めっちゃ海老! としか映ってないかもしれないけど。
「みんな、今日はありがとうね。はい、おすましもあるから順番に取りに来てね」
そして自分のクラスが展示だったので、顔だけ見せて早々に打ち上げを抜けてきた三条先輩も居る。
まあ、展示の打ち上げといってもあれだし、きっと同級生の方も他のクラスに混ざってはっちゃけているのだろう、それが三条先輩の場合は下級生のクラスなだけの話だ。
「おい、このちらし寿司、海老も米もマジで旨くないか!? 市販品の比じゃねぞ!? 俺、こんな旨いちらし寿司食った事ねぇぞ!?」
「ぶっちゃけちらし寿司って苦手だったけど、俺、今日からちらし寿司との付き合い方変えるわ。マジぞっこんだわ! 付き合えるわ!」
「このおすまし、すっごい美味しいんだけど!? 何杯でも飲めるよ!」
ハラ減り高校生たちが口々に絶賛の感想を漏らしてくれる。正直、嬉しい。ちょっと泣きそう。
美味しかったと言われたことは数えきれない程あるが、こんな感情を剥き出しにした美味しいをストレートにぶつけられたことはない。
これが若さのパワーか……恐れ入ったぜ。
「荻野君って凄く料理上手なんだぁ……」
「よくよく見れば荻野君ってちょっとカッコいいよね。勉強も出来るし、実は掘り出し物のお買い得物件なんじゃない?」
おおっ? なんか女子の評判がウナギのぼりじゃないか!? そうです、掘り出し物ですよ~!! 気付いてぇ!!
「ちょっと!? ダメよ!! 後輩君は私が最初から目を付けてるんだからね!? 誰にも渡さないからっ!! って、あ……」
勢い良く立ち上がったはいいが、そのままフリーズしてしまった。誰にも渡さないとは……? もしかして令嬢様の我儘が出ちゃいました?
「おい、答えてあげないと失礼じゃないか?」
恭介の肘が脇腹に刺さった。地味に痛いんだが? それにクラスメイトのから超注目されてるんだけど?
中には泣きながら地面を叩いたり、呪いの言葉を唱えてる男も一部居るが。女子は基本目を輝かせてこっちを見てるような。
「失礼……か? まあそうだな、分かったよ。三条先輩、少し宜しいですか?」
「えっ……ま、まともに返して……きた? ちょ、ちょ、ちょ、待って!? どうせいつものパターンと思ってたから不意を突かれたんだけど!? 恥ずかしいっ! こんなみんなが見てる前で言っちゃうの!? た、確かに口を滑らせたのは私の方だけど!? 待って、ま、前髪ちゃんとなってる!?」
未だかつてない程テンパり出したんだか……。前髪ってそんなに大事ですか?
必死に特に乱れていない前髪を整えている三条先輩に、俺はゆっくりと近づいた。
「お、おっけ……い、いいよ。ひっ、ひっ、ふぅぅう……カモン!」
何故にラマーズ呼吸法?
「三条先輩……」
「う、うん……」
緊張が走る教室で息を飲むクラスメイト一同なのだが、一人だけ俺を無視してちらし寿司を食す男が居た。
恭介だ。
先程の俺の返答を聞くや、まるで何かを悟ったかのような顔をして現場を離れていったのだが……。まあいい、三条先輩に早く答えてあげなければ。
「そんなに欲張らなくてもちらし寿司ご存じの通り、大量に作っていますから。独り占めはダメですよ? そんなに気に入ったのならまた別の日に料サーで作ってあげますから」
三条先輩は項垂れて肩を落とし、そのまま流れるように膝を着いた。そして次の瞬間、おすましやジュースを入れていた空の紙コップが俺に向かって乱舞した。
その後は『お前は病気だ』とか『絶対わざとだ』や『酷い、三条先輩が可哀そう』などの誹謗中傷を浴びせられた。
解せぬ。
「結局くっつかなかったか……。やれやれ、俺のところにクレームが舞い込む日々はまだまだ続くらしい……」
なにやら恭介がちらし寿司を食べながら、最終回で主人公が吐くようなセリフを呟いていたのが少し気になった。




