81話・先輩宜しくお願い致します
「マックス……なの?」
「久しぶり、メローネ。綺麗になったな」
そこには長身で逞しい体付きの、日に焼けた男が立っていた。こちらに向けてきた屈託のない笑み。それに既視感のようなものを覚えて見返したメローネは、相手が1年前に手紙をくれた彼なのかと疑った。彼女の中で認識していた彼の姿と、今の彼は別人のように変わっていたのだ。
「あなたも立派になったわね」
「まあ、大したことはないけど……」
メローネの言葉に、マックスは照れくさそうに言った。メローネは彼がここにいることを不審に思い、首を傾げた。
「どうしてここにマックスが?」
「酷いな。手紙に書いただろう? 一年後、迎えに行くって」
「だってあれから全然返事が来ないから……。忘れられたのだと思っていた」
「悪い。忙しかったんだ。それといきなり行って驚かせてやろうと思っていたしな。ご領主さまのところまで行くんだろう?」
「ええ」
「丁度、馬車が来た。持ってやるよ」
「ありがとう」
メロ-ネはマックスと文通をしていた。その中で来年は修道院を出ることになりそうだと伝えた覚えはある。でも、その日について詳しく記載していなかった気がするのに、マックスがタイミングよく迎えに来てくれたことを不思議に思いながらも、彼にスーツケースを持ってもらい、馬車に乗り込むと、疑問に思っていたことは簡単に頭から消え失せた。それだけ見知った相手との再会に浮かれていた。一番奥の席に隣り合って腰掛けると、マックスが言った。
「あれからもう10年か。早いもんだなぁ」
「マックスは今、何しているの?」
「俺は縁あってある御方の元で護衛の仕事をしている」
「やはりマックスはそっちの道に進んだのね」
「そっちって?」
「剣術を生かす道。文官とかよりは体を動かす方が得意だったでしょう?」
「まあな」
マックスは学園時代、騎士団に憧れを抱いていた。それをメローネは思い出していた。
「学園時代は近衛兵に入隊することを夢見ていたが、所詮夢は夢だからなぁ」
「でも入隊試験は受けたんでしょう?」
「全然、駄目だったよ。落ちた。あいつらはエリート中のエリートだ。俺とは月とすっぽんだよ」
夢破れたと言うマックスは、未練もないような態度でサバサバしていた。彼の中では過去となっているそれが、メローネには眩しく思われた。
「でも頑張って試験を受けたマックスは凄いと思うわ。私なら早々に諦めていたと思うし」
「そんなことはないだろう? メローネだって好きなことの為になら頑張れると思うよ」
「そうなのかしら?」
「ああ。ここ、ここで降りるんだ」
ふとメローネは思った。自分はこうも夢中になれる何かあっただろうかと。修道院ではアンナにいつもけしかけられるようにして、毎日を過ごしてきた。今思えばそれも楽しい日々だったけど、自分から何か熱中するようなものはなかったような気がする。
マックスは話の途中で立ち上がって、メローネを連れて馬車を降りる。降りた場所は領主の屋敷の裏側になるようだ。
「ありがとう。マックス。もうここでいいわ」
「ここから先は坂だぞ。登り切るまで付き合うよ」
「そう? 悪いわね」
「いやいや、気にしないでいいよ。これから同僚になるんだし」
「同僚?」
「あれ? 知らなかった? 俺、ここで働いているんだ」
「嘘。そうなの?」
何という偶然だろう。マックスと同じ職場だなんて。
「だからきみが今日、来る事は知っていた。きみとは同じ学園の同級生だったと執事さんや、侍女頭さんに言ってある。そしたら迎えに行って欲しいと頼まれた」
「そうだったのね? 随分とタイミングが良いと思った」
メローネは畏まって、マックスの前で頭を下げた。
「ビルガー先輩。これから宜しくお願い致します」
「止せよ。ビルガー先輩だなんて。メローネと俺の仲じゃないか。学園にいたときのようにマックスでいいよ」
「そうはいかないわ」
メローネが固く固辞しようとするのを見て、マックスは瞬きをした。
「メローネだよね?」
「そうよ」
「あのきみが……。真面目になったな」
しみじみと言われ、メローネは膨れそうになった。
「あれから何年経ったと思うの? 10年よ。いつまでも夢見がちな少女じゃいられないでしょうよ」
「ま、そうか。メローネも成長したな」
「もう馬鹿にして」
「いや、そうじゃなくてさ」
参ったなと頭を掻くマックスに免じて、メローネは笑った。




