79話・あたしはお貴族さまなんかじゃない
「毎晩、毎晩。ぐずぐずじめじめ辛気くさいのよ。嘆いたって何も変わらないんだから。ここで吐き出してしまいなさい」
メローネは毎晩、泣いていた。同室がアンナだったので彼女が寝入ったのを確認してから、布団の中で声を殺して泣いていたのはバレていたようだ。
「それでメローネは毎朝、目が赤かったのね? アンナが虐めているのかと思ったわ」
「心外だわ。カーヤ」
メローネがここに来てから心細く思っていたことを、この二人は気に留めていてくれたようだ。メローネは二人のやり取りを見ていたら心が少しだけ軽くなった。
「あたし、お貴族さまなんかじゃないんです。騙っていたとして、国を追われてこの修道院に送られました」
アンナとカーヤは、黙ってメローネの話に耳を傾けてくれた。
「あたしの母さんは酒場で働いていました。罪を犯したんです。母さんの働いていたお店は、プレシオザ国では禁止されている麻薬を使っていて、お客さん達からお金を巻き上げ、オーナーと手を組んで目を付けた男爵を食いものにしようとしていたんですよ。それを知らなかったあたしは、男爵と母さんが再婚するって聞いた時には、新しいお父さんが出来たって嬉しくて……、これで母さんも無理して働くことはなくなるって思っていた。立派なお屋敷でお嬢さまって呼ばれて使用人にお世話をされる生活。綺麗なドレスに美味しい食事。オヤツには可愛らしいクッキーや、ケーキ。苦手な勉強もあったけど、楽しい学園生活。これが毎日、続くと思っていたのに……」
メローネは空色の瞳から大粒の涙をぽろぽろ零した。
「全てが偽りだったなんて……。母さんがあたしの為にって用意してくれたこと全てが、全部、全部──」
メローネは涙が止まらなくなった。
「あらあら。決壊しちゃったわね。誰かさんが虐めるから」
よしよしとおっとりしたカーヤが、メローネを抱き寄せて言った。アンナはふて腐れたように言う。
「私はただ、話してみって言っただけじゃない」
「そういう所が不良シスターって言われるのよ」
「悪かったわね」
二人のやり取りを耳にしながらしばらく泣き続けていたメローネだったが、カーヤに背中を撫でてもらっているうちに気持ちが収まってきていた。涙が収まると再び、彼女は話し出した。自分でも誰かに聞いてもらいたい思いがあったようだと、そこでメローネは気がついた。
「……でも、それは母さんが相手の思考を奪う薬を盛って洗脳していたから、男爵さまは言いなりになっていただけで、薬の影響が抜けた男爵さまからは冷たい目を向けられました。勿論、今まで住んでいた邸の使用人達にも掌を返されて。当然ですよね? 母さんが皆を騙していたんだから。私は男爵令嬢から一転、平民かと思ったら、戸籍はずっと平民のままだったんですよ。お貴族さまには結婚の時にルールがあるらしく、母さんに操られていた男爵の様子がおかしいと感づいた人達が、正式な婚姻を認めなかったので、法的にもあたし達は男爵家には認められて無くて、書類上は同居人でしかなかったんです。それなのにあたしはお貴族さまの仲間入りを果たしたと有頂天になってました。だからバチが当たったんです。きっと」
「そこに気がつけたんだから偉いわ。メローネ」
「カーヤさん」
「あなたは若いわ。いくらでもやり直せる」
カーヤの励ましで気を持ち直したメローネに、アンナが追及してきた。
「で、その元凶のあんたの母親はどうなったの?」
「アンナ。言い方ってものがあるわよ」
「私はどうせ、不良シスターですから」
「母さんは死にました。オーナーさんは、ご禁制の薬に手を出した上に、国元でも何かやらかしていたみたいで斬首となり、それを知った母は、匿われていた屋敷で首を吊って死んでいたそうです。母を捕らえようと屋敷に向かった兵がそれを目撃したとか」
「……悪かったわね」
メローネの言葉に、アンナは気まずそうな顔をした。ポンポンと軽く頭を叩いてくる。メローネが天涯孤独の身の上となって、ここに送られてきた経緯は修道院長しか知らなかった。
「でもまあ、あんたの場合は、更生したらここを出て行くことも可能だしね」
「そうなんですか? 一生、ここにいるのだと思っていました」
寂しそうに言うメローネに、慌ててカーヤが言う。
「別にここにあなたが居たいならずっと、あなたが居たいだけ居ても構わないのよ」
「あたしのような者が、ここに居座っていていいのでしょうか? でも、出て行っても行く当てもないし……」
「馬鹿ね。あんたがここから出られるようになるのは、まだまだ先の事よ。何十年も先のことだから。まあ、頑張りなさい」
そう言ってアンナは、そそくさとその場を去って行った。
「ごめんなさいね。アンナは素直じゃないの。あなたが気になって気になってしかたなくて、あんな聞き方をしたのよ。許してあげてね」
「大丈夫です。あたしも話して気持ちがすっきりしましたから。アンナさんとカーヤさんは仲が良いんですね。羨ましいです」
「あなたにはそんな友達が出来なかったの?」
「アンナさん達みたいになりたい友達はいました。でも、嫌われてしまって……」
「そうなの。残念ね。じゃあ、まず私とお友達になってみない?」
「カーヤさんと?」
「そうよ。ここで会ったのも何かの縁だもの。アンナもあなたの友達になるわ」
「アンナさんもですか?」
「そうよ。その答えはすぐに分かるわよ」
カーヤに意味不明なことを言われて食堂に向かう。アンナは先について待っていた。昼食時には、今日は皆に小さなプリンがついていた。そのオヤツを楽しみにしていたメローネは目を見張る。口元を緩ませた彼女の前にもう一つ、プリンが差し出された。
「私はもうお腹いっぱいだから、あんた食べなさい」
「えっ? いいんですか? アンナさん」
手元から顔を上げたメローネの先には、アンナの困惑したような顔があった。
「さっさと食べちゃいなさい」
「はい……」
そう言いながら顔を背ける。メローネは胸元が温かなもので満たされるのを感じた。アンナは口が悪い。でもそれは性格が悪いわけじゃない。素直じゃないだけ。それがようやく分かったような気がした。
その後、メローネはアンナとカーヤの指導のもと、更生した。数年後、修道院を出ることになった彼女を一人の男性が迎えに来た。意外な再会だったようで、メローネは目をパチクリして「マックス?」と、呟いていたとかなんとか。




