78話・あたしはただ、幸せになりたかっただけなのに
近衛総隊長である夫から離婚を望まれていますが、天使のような継子と別れたくありませんに出て来た悪女が、メローネの指導係??(近衛総隊長である夫~を読んでいなくとも大丈夫なお話です)
「なんであたしが、こんなことしなくちゃいけないのよっ」
メローネは、今まで住んでいたプレシオザ国を追われ、トロイル国の戒律の厳しいセレーネ女子修道院に送られていた。その彼女は聖堂の床を磨く為に、雑巾を手渡されたが納得がいかなかった。
「嫌ならやらなくても良いわよ。その代り食事抜きだから」
「そんなの酷い。虐待じゃない」
「食事にありつきたいなら真面目にやりなさい」
文句をいうメローネに、さっさとやることねと冷めた対応をするのは、修道女のアンナ。年の頃は三十代半ばに見える彼女は、メローネの養育係で容赦がなかった。アンナは甘えを許さない。それを良く知るメローネは、渋々動き始めた。他の修道女達はそれぞれ水を汲んできたバケツに雑巾を入れて絞って、濡らした雑巾で丁寧に床を拭いていく。それを真似て動き出すとアンナも隣に並んで床を磨き始めた。
「あなた、意外とやるじゃない? 男爵令嬢と聞いていたから、雑巾絞りも床拭きも知らないと思ったのに。教えることが減ったわ」
「嫌味なの? それ。あたしはもう男爵令嬢でも何でもないわよ」
褒めているのか貶しているのか分からないような養育係にメローネはムッとした。
すると隣から、フッフッフと笑いを堪えるような声が上がった。
「あなた方、気が合うようね」
「カーヤ」
「カーヤさん」
アンナと仲の良い修道女だ。彼女はおっとりしていていつもニコニコしている。厳しいアンナとは違って、優しい女性だ。メローネを手厳しく躾ようとするアンナに、もう少し優しくしてあげてもいいのではないかと、止めてくれたりするので、メローネにとっては良い人だった。アンナはそれを不服として甘くない? と、意見が対立するようだが。
「この子と気が合う? とんでもない。止してよ」
「あたしも同じ気持ちです」
「ほら。そこよ」
「……?」
アンナの否定に迷わず、メローネも言い切った。その二人に息が合っているのはそこだとカーヤは笑った。
「アンナも素直じゃないんだから。メローネを見ていると、ここに来たばかりの頃の自分を思い出して、放っておけないくせに」
「……!」
「カーヤさん。アンナさんがここに来た頃ってどんな感じだったんですか?」
カーヤの言葉に押し黙ったアンナを前に、手厳しい教育係の過去に興味を覚えたメローネが聞く。
「ちょうど今のあなたのようだったわよ。尖っていてね。私が彼女の面倒を見ていたの」
「へぇ」
「あの頃のアンナには先輩方は手を焼かされていたわよね。それが今では物静かな修道女になっちゃって。変われば変わるものよね」
可笑しそうに言う同僚を、アンナは軽く睨み付けた。
「あの頃のアンナと比べたらメローネは立派なものよ。ちゃんと言われたことは文句を言いながらもやるんだから」
「えっ……? じゃあ、アンナさんは?」
「何もしなかったわ。その上、皆を馬鹿にしていたから院長さまに反省しなさいって言われて、独房入りになったこともあったわよね? アンナ」
「私のことなんてどうでもいいわよ。それよりメローネ。あなた、男爵令嬢だったって聞いたけど、一体何をやらかしてここに来たのよ」
「ちょっと、アンナ。それは──」
カーヤから思ってもみなかった自分の過去をばらされそうになり、アンナは慌てて話を遮るようにメローネを見た。メローネは笑っていたが自分にいきなり話題を振られて戸惑った。それを見て庇うようにカーヤは言った。
「何を言い出すのよ。アンナ。メローネが困っているじゃない。メローネ、別にいいのよ。言いたくないことは言わなくとも」
この修道院には、大勢の女達が身を寄せている。皆が聖職者を目指しているわけでもなく、訳ありで自ら駆け込んできた者や、何か罪を犯して贖罪の為に送られてきた者など様々だ。その中で言いたくもない過去を、興味本位に暴こうとするなんてとカーヤは眉を顰めた。
「いいんですよ。カーヤさん。いつかは話していたことですから。あたしは名ばかりの男爵令嬢だったみたいです。いえ、騙っていたと言った方がいいのかも。自分では化かされたような気分なんですけど……」
「なにそれ? 意味分かんないわ」
アンナが思い切り冷めた目を返してくる。メローネは苦笑した。
「あたしはただ……、幸せになりたかっただけなのに。何が悪かったんでしょうね?」
「あんたもやっぱり訳ありみたいね。ここで話してスッキリしちゃいなさい」
「アンナ」
止めるカーヤを、アンナは遮った。




