76話・間諜シルヴィオの好ましい変化
「牽制ですか?」
リーノは校門前で佇む主人に声をかけた。彼女はシルヴィオが、許婚を学園まで送ってくるのを待っていた。ここから先は彼女の仕事なのだ。学園内でのマリーザの護衛を密かに承っている。シルヴィオとニコラスのやり取りを目撃していた。
「もうあの御方には、マリーザさまをどうこうしようという気はないように思いますが?」
「あいつは、未練がましくも彼女を目で追っていた」
「意外と嫉妬深かったのですね?」
「マリーに対しては認める」
以前は感情も研ぎ澄ました氷のような貴公子と謳われ、汚れ仕事も眉一つ動かさずに瞬時にやってのける彼のことを皆が恐れていた。だが、彼は変わった。ミラジェン子爵令嬢と出会い、係わりあうことで人形が人間の感情を得たように生き生きとし始めた。
大事なものを持てば、そこを敵に狙われる弱点となる。そのことを幼少から、先代のクラレンスの長から言い聞かされて育った彼を、お側係のリーノは歯がゆい思いで見守っていた。
いくらクラレンスの者と言っても、家族の情くらいは持たせてくれてもいいものを、先代はクラレンスの者として生きる上で諦めろと言い放った。
シルヴィオは優秀な子供だった為、そこに不審を抱くこともなく、養父の意向を理解してしまった。もともと先代、クラレンスの長にとって、妻も子も不要な存在だった。それでも周囲から跡継ぎを求められて渋々、迎えた妻との間が上手く行くはずもなく、流産を繰り返す妻に跡継ぎを求める事を止めるのは早かった。手っ取り早く後継者を育てることに頭を切り替えた。
その為、養子に迎えたシルヴィオには事務的に接して来たし、シルヴィオも養父に父子としての情を求めなかった。数年してシルヴィオの本当の妹であるという公爵令嬢が訪ねて来た時には、彼は機械人形のようになっていた。
その彼がたった一人の女性のために、一喜一憂し感情すら露わにする。彼の側で成長を見守ってきたリーノにとっては非常に喜ばしい変化だった。
「シルヴィオさまもだいぶ変わりましたね」
「腑抜けているように見えるか?」
思わず呟いた言葉にシルヴィオが返してきた。彼としては初めての恋に自分が浮かれて見えるかと言いたいらしい。感情を顔に表さない冷たい氷の貴公子よりは、今の方が断然好意が持てる。リーノは首を振った。
「いいえ。無駄な力が抜けていいくらいだと思います」
「そうか……」
「以前から少しずつ変化が見られたのは確かですが、それだけではなく、意識もまた変わってきたような気がします。あなたさまは今までクラレンスの長となる者として自分を厳しく律してきて、生みの親であるエスメラルダ公爵家とは、必要以上に係わりあうことを避けようとしているように見えました。妹様の影武者をする時にも仕事だと割り切っているように見えました。でも、最近はご実家の方々とも交流の時間を持ち、マリーザさまのご友人方とも仲良くなさろうとしている。意識が変わったのは、ロキオン国の手の者に攫われかけてからではありませんか? そこで何かありました?」




