74話・殿下がわざと流した噂
「マリー、支度は出来た?」
「待って。今、行くわ」
最近、ミラジェン子爵家でよく見られる光景だ。毎朝、馬車の前でシルヴィオが待っている。彼は婚約してから婿入り修行もかねて、ミラジェン子爵家に移り住むことになっていた。
そして毎日、マリーザの登下校時に馬車で送るようになっていた。馬車を動かすのは御者がやるので、彼はマリーザと同じ車内で語り合って、学園に着くと先に降りてマリーザの馬車の乗り降りを手助けする。
その姿は恒例となり、学園の女生徒達からは羨ましいと声が上がるようになっていた。
「じゃあ、いってらっしゃい。マリー。終わる頃に迎えに来る」
「いつもありがとう。ヴィオ」
「どういたしまして。許婚として当然のことだよ。愛する人と例え短い時間でも、少しでも長く共にいたいからね」
シルヴィオはマリーザを見つめると、彼女の手をとって指先にキスを落とす。指先に触れた彼の唇の感触に熱のようなものを感じて、その余韻に浸っていると脇からきゃあっと声が上がった。
「おはようございます。マリーザさま。お二人は仲が宜しいのですね?」
「おはようございます。ニコレさま」
悲鳴の主はニコレ嬢だった。彼女はマリーザ達を見て頬を赤くしていた。
「そういうニコレさまだって、ルアンさまと仲が宜しいではないですか?」
「自分達と、お二人は違いますわ。私達は幼馴染みで幼い頃から時間を共有してきたので、その仲間意識があると言うか……、マリーザさま達を見ていると、お姫さまとそれを守る騎士さまみたいで素敵なんですの」
「そんな風に言われると、照れますわ」
恥ずかしそうに俯いたマリーザの視線の先には、シルヴィオと繋いだままの手があった。その手を放そうとしたらしっかり握り込まれる。
「お相手のシルヴィオさまは、ミラジェン子爵家の跡取り娘のマリーザさまと一緒になりたいが為に、エスメラルダ公爵子息の座を捨てて、ミラジェン子爵家に婿入りされたと聞きました」
「そんなこと良く知っているね?」
「校内でお二人のことは評判になっていますわ」
ニコレの言葉に、シルヴィオは微笑む。それはわざと殿下が流した噂だ。そのことを知っているので機嫌が良いのだ。
シルヴィオは今まで赤子の時に攫われて、孤児院で育ちクラレンス家の養子となったことから、エスメラルダ公爵と係わりのあるような発言を避け、公爵の実子であることを一部の者にしか明かして来なかったが、エスメラルダ公爵は、マリーザとの婚約の際に、公に自分の息子として明かすことにした。
それには腹黒い殿下が協力をした。殿下としては、シルヴィオがエスメラルダ公爵子息だと皆に知られれば、嫡男がいるのにその彼を追い出し、その妹と婚姻してちゃっかり公爵の座を奪ったなんて不評を買うのはごめんだとばかりに、エスメラルダ公爵子息のシルヴィオは、前からミラジェン子爵令嬢であるマリーザに惹かれていて、彼女の家に婿入りを望んでいたのだと噂を流した。ニコレ嬢はどうやらその噂を耳にしたようだ。
エスメラルダ公爵としては、実子であるシルヴィオが大金持ちのミラジェン子爵令嬢と婚姻することで、逆玉婚狙いの男のように思われては可哀相だと、息子の身分を明かしたに過ぎない。
でも、殿下の流させた噂のせいで、シルヴィオは次期公爵の座を蹴ってまでも、マリーザと一緒になる為、婿入りするなど、それだけミラジェン子爵令嬢に一途なのだと高評価を得ていた。特に女生徒達は先輩、後輩関わらずマリーザの婚姻話を羨んでいた。




