59話・パルミラ
「なんだと? 逃げられた?」
「申し訳ありません」
ウルリックは、自分の前で頭を下げる配下の者を見て激怒し、目の前の椅子を足で蹴った。三十代半ばの彼は、栗毛の髪に焦げ茶色の瞳をした一見、柔和そうな性格に見えるが、性格は気分屋で気持ちの起伏が激しい一面もあった。
その一方で女好きなので、好みの女性にはとことん甘かった。
「おまえらにいくら払っていると思うんだ? 使えねぇやつらだ」
「……!」
激高する主人を前にして、沈黙するしかない数名の男達の前に、一人の女が進み出た。桃色の髪に空色の瞳をした女は、ウルリックのお気に入りだった。
「そう怒らないであげて。リック」
「……パルミラ」
「あいつは、密かにあたしを処分しようとしていたぐらい狡猾なのよ。このあたしの為にあなたが怒るのは分かるけど、当たる相手が間違っているわ」
「そうだな。おまえの言うとおりだな。パル。分かったよ。もう話は終わりだ。皆、出て行け」
ウルリックは、パルミラ以外を部屋から追い出した。パルミラはウルリックの肩に腕を回してくる。
「ねぇ、リック。お願いがあるの」
「なんだい? パル」
「メローネのことだけど、何とかならない?」
ウルリックは、パルミラのお願いに弱い。パルミラに乞われると、何でも叶えてやりたくなる。しかし、彼女が口にした彼女の娘の名前には眉根が寄った。
「何とかならない?とは、何の話かな?」
「分かっているくせに。メローネを戒律厳しい修道院から出してあげて欲しいの。メローネはそんなところで終わるような子じゃないの。あの子はトップに立つ人間なの。王妃さまになる運命なのよ」
パルミラは、ウルリックの力なら何とかなるでしょう? と、潤んだ瞳で見てくる。色っぽい仕草に頷きたくなるが、彼としてはそれに頷けなかった。
彼女は自分の娘に多大な期待をかけていた。妄信しているとでも言ってもいいだろう。ウルリックとしては、彼女が産んだ誰の子か知れない娘のことよりも、恋人である自分のことを第一に考えて欲しかった。
自分も高位貴族である以上、高貴な血筋を残すために政略結婚をしなくてはならないが、それは表向きの話で義務的なものだ。心から愛している相手は目の前の彼女に他ならない。どうせなら彼女には自分の子を産んでもらいたかった。
それなのに彼女はあの冴えないサロモネ男爵を結婚相手に選び、一度はウルリックのもとから離れようとした。その理由は「メローネは、サロモネ男爵の娘になることが決まっているから」だった。「運命に逆らうわけにはいかない」とまで言われ、納得が行かないままに、彼女が望むならと男爵と上手く行くように、相手を操ることが出来る媚薬を渡した。
でも彼女を見捨てることは出来ずに影から支援していたのだ。彼女が望むようにプレシオザ国の中央に入る込む為にも、宰相と縁が出来るようにあの指輪を利用して近づいたらいいとまで勧めた。配下の者達はそれに対していい顔をしなかったが。




