58話・アントン修道院長
シルヴィオは、ガーラント家の人々には全て自分の事情が知られていたのでは? と考えていた。ここの修道院長はアントンと言い、黒髪に黒い瞳をした三十代の美丈夫で、あの赤いサンタクロースに顔立ちがよく似ていた。ノアにも良く似ている。
シルヴィオが問いかけると、一瞬、戸惑った様子を見せながらも淡々とした口調で彼は述べた。
「私はあの子の実の父親なんだ。でも、愚かにも自分から妻との離縁を望み、妻や子と縁を切った。あの子は今年十四歳になる年だったと思うが、元気にしていただろうか?」
「元気にしていましたよ。ノア君は妹さんと仲が良いのですね? 仲良くしていました」
「そうか……」
アントン修道院長はあっさりノアの父親だと認めた。どういった経緯で妻と離婚したのかは分からないが、ノアを気に掛ける様子は、父親としての想いが透けて見えた。ノアが十四歳と聞いて、シルヴィオは、彼は自分より二つ年下なのにしっかりしていると考えていた。
同じ事をアントンから思われているとは思わずに。
「きみを国元に返してあげられるのは、そう遠くないことになると思うよ。きみが探っていたロキオン国王の弟であるプラテーン公爵のことだけど、分かってきたことがあるからね」
「ご存じだったのですか?」
「私もこれでもガーラント家の出身だし、黒の修道士の長を務めているからね。それなりに情報網もある。プラテーン公爵の動きについては、リギシア国も警戒している」
「確かプラテーン公爵は、リギシア国の王女殿下に求婚なさっているとか? 修道院長さまは、トロイル国の修道士なのに、他国の動きが気になるのですか?」
「これでも私には半分、リギシア国の血が流れているからね、他人事には思えない。それにノアの母親は、リギシア国王妃の妹だ。リギシアにとって憂いの種は、すこしでも取り除いて差し上げたいのさ」
アントンは事も無げに言うが、彼やその元妻であるガーラント夫人を取り巻く環境に、尋常でないものを感じた。ガーラント夫人の姉がリギシア王妃なら、ノアは王女とは従姉弟の間柄となる。そしてアントン修道院長だが──。
シルヴィオの世話係のボート曰く、アントン修道院長は、このトロイル国王家の血を引くが、罪を犯してその贖罪の為に、この修道院で一生を終えることを自ら課していると聞いた。
「ロキオン国のプラテーン公爵には、あまり良い評判を聞かないからね」
シルヴィオが調べた、ロキオン国の王弟プラテーン公爵についての評判は、彼らが手にした情報とそう変わりはなさそうだと思った。
プラテーン公爵は血統主義者らしい。ロキオン国王は王妃との間に、王女三人しか恵まれなかったので、プラテーン公爵は、いずれ自分が第1王女の婿となり、ロキオン国の王になると思い込んでいたようだ。
ところがロキオン国王が第一王女の婿に求めたのは、自国の高位貴族である弟ではなく、プレシオザ国の第二王子だった。それにプレシオザ国が即座に応じたことで、公爵の望みは叶わなくなった。
それまでロキオン国は、血族婚を繰り返してきていた。叔父や姪の結婚は特に珍しいことでも何でもなかった。でも、そのことを現国王は、良いこととは捉えていなかった。
国王としては血の繋がりが濃くなるのを懸念していたのと、跡継ぎとなる長女の結婚相手は、自国の家臣からではなく、他国の王家の者との縁を求めた。
それにショックを受けたせいなのか、プラテーン公爵は素行が悪くなっていく。酒や女に溺れ、醜聞は広がるばかりで、そのうち麻薬を使った快楽にはまり、それを影で推奨していくようになった。そしてその魔の手はプレシオザ国や、リギオン国に伸びようとしていた。
プラテーン公爵としては、婿入りを邪魔したプレシオザ国の王子に当てつける気持ちもあり、都合の良い女性達を使って危険な遊びに乗じて楽しんでいたつもりだったのだろうが、真相に気がついたシルヴィオに、告発されそうになって阻もうとしたに違いなかった。でもその事で逆にリギシア国側に警戒されているようだ。
「プラテーン公爵は、きみの国でどのようなおいたをしていたのかな? 教えてくれないか?」
アントン修道院長の鋭い瞳を前にして、この人は敵に回したくないとシルヴィオは思った。




