56話・あったかもしれないことを今、ここで言いあっていても何も変わらない
「公爵家ではすぐに捜索隊を出してシルヴィオの行方を追ったのだけど、侍女は攫った子供がエスメラルダ公爵家の子息だと知った夫に、その場で縁を切られ、家を追い出されたらしくその後、行方不明となって……、ヴィオの行方も分からないままだった」
「その侍女もとんでもないけど、その夫もクズね。それでヴィオは──?」
「後で分かったことだけど、彼は国外れの孤児院前に捨てられていたようで、そのことを聞きつけた子供がいない貴族の夫婦の元へ、養子に迎えられたそうよ」
「それがクラレンス家?」
「ええ」
ジオヴァナは、シルヴィオに対して負い目があるようだった。
「私がもう少し早く前世の記憶のことを打ち明けられていたら、お兄さまはいらぬ苦労などしなくても済んだかも知れない」
「ジオ。そう考えるのはあなたの美徳のように思えるけど、少し傲慢かもよ」
「マリー?」
「いくら二人が双子だからと言っても、二人の幸せが同じとは限らないし、あなたにはあなたの人生があるように、彼にも彼の人生があるわ」
「でもその可能性の一つを私は潰してしまった。本来、お兄さまはエスメラルダ公爵家子息として大切に育てられ、後継者としていま、ここにいたかもしれないのよ」
「ジオ。あったかもしれないことを今、ここで言いあっていても何も変わらないわ。それよりもヴィオがいなくなった切っ掛けを、あなたは何か知らないの? 何かヴィオから聞いてないの?」
ジオヴァナはマリーザの言葉に、そう言えばと何か思い出したようだった。
「ヴィオは牢に囚われたメローネさまの母親に、会いに行こうとしていたわ。嫌な気がして止めたら心配いらないって。彼女に聞きたいことがあるだけだからって……」
「聞きたいこと?」
「ええ。彼女について何か調べていたみたいなの。それは何か分からないけど。セレビリダーデ侯爵家の指輪の件で調べていたみたいだから、その件で何か出て来たのかも知れないわ」
「指輪ってあの薔薇の指輪のことよね? メローネの祖父が存命中に、前セレビリダーデ侯爵から庭園造りの依頼を受けて、迷路のように囲った見事な庭園を作り上げたことで感心した侯爵から、報償として頂いたものだったのよね?」
あの後、薔薇の指輪をリンさんが持っていた経緯については、シルヴィオからマリーザは聞かされていた。その場にはジオヴァナも一緒にいたから彼女も知っていることだ。
「リンさんの旦那さんは口下手だったと、リンさんは言っていたし、セレビリダーデ侯爵からお褒めの言葉を頂いて、報償に指輪を頂いたことを旦那さんは照れくさくて素直に言えなかったのかも。それでその指輪は傷がついているから、大した値打ちがないだなんて言っていたのかもね。その指輪にまだ何かあったの? ジオ」
「指輪には何も疑わしいことはないみたい。その指輪を大事にされていたお祖母さまの想いを踏みにじって、その指輪にイニシャルを彫って、セレビリダーデ侯爵家に入り込もうとしたあの方には呆れるけど」
母親の形見を、自分の欲望を満たすために利用したなんて酷い人よねとジオヴァナは言い、マリーザも頷いた。
「ひょっとして……、メローネの母親はあまり物事を深く考えるタイプではなかったと思うし、そうなるように唆した誰かがいたと言うこと?」
「ヴィオは私にも詳しい事を話してくれなかったけれど、そういう事だと思うわ」
ジオヴァナが暗い顔をする。
「私も気になるから、稼業の伝手を駆使してヴィオの行方を捜してみるわ。ジオ、そんなに心配しないで」
「ありがとう。マリー。あなただって心配しているのに……。迷惑かけてごめんなさい」
「いいのよ。友達じゃない」
殿下から聞いた話と、ジオヴァナから聞いた話から考えると、シルヴィオは厄介なことに巻き込まれた気がした。二人から聞いた話から推測するに、シルヴィオは自ら失踪したのではなくて、誘拐されたのではとしか思えなくなってくる。
彼には知りたい情報があった。それを聞きに行った所で殺人を犯す意味がない。例え、殺人を犯していたとしても相手は罪人であり、彼の立場ならば、取り調べ中に起きた事故として扱うことも出来るはず。
それなのに相手を殺し、自分に疑いの目が向けられるような行動をあえて取る必要性は感じられない。殿下が嵌められたようだと言ったのはそこにある気がした。
そうなると彼は誰かに連れ去られたのだ。相手は恐らくそのような行動を難なく、やってのけられるほどの力がある人物。
怪しいとしたらメローネの母親が働いていた店の主人。彼は国外の人物で、この国とは間接的に関係がある。店主について、マリーザ一家は注目していた。
彼がもしも、シルヴィオの失踪に関わっているとしたら、実に迷惑なことだと思いながら、マリーザはこの場にいない彼のことを思っていた。




