43話・あの人はそんなひとじゃない
若者は刺すように女を見た。女は怯まなかった。鉄格子の中から叫んだ。
「マリーザ? あの脇役が何を言ったのよ。あいつのせいであたし、捕らわれることになったんじゃないっ。許せないわ。あいつをここに連れてきてよ!」
「囚人の戯れ言に耳を貸すつもりはない。しかし、娘も娘なら親も親だな。そうやって娘に、この世はおまえのものだと教え込んできたのか? メローネには酌量の余地はあるかも知れないな」
「……! あたしは何も悪くない。マリーザ、あいつに嵌められたんだ」
「救いようがない女だな。おまえがしてきたことは、国外追放だけに収まらないぞ。おまえが以前、勤めていた酒場で、この国では禁止されている麻薬を取り扱っていただけではなく、サロモネ男爵にその薬を用いて自分の傀儡にしようとした」
「それはあたしだけが悪いわけじゃないでしょう? あの店で働いていた女達はそうやって、馴染みの男達を作っていたわ。それに聖女の微笑みがご禁制の麻薬だなんて知らなかった。誰もそんなこと教えてくれなかったものっ」
女の叫びに、若者はどこまでも冷たかった。
「その酒場のことだが、おまえが王都の男爵邸に移った頃には閉店したようだ」
「あそこのお店がなくなった? 潰れたの?」
「どうやらおまえが捕まったと聞いて雲隠れしたようだ。この国の特殊部隊が動くとなれば、さすがに自分へ火の粉が降りかかると悟ったんだろう。今はもとからそこに店はなかったかのように無人になっている」
「うそ……」
「あちらさんは、全ておまえに面倒事を押し付けて逃げ出したようだ」
「……これからあたしはどうなるの?」
女の声が震えてきた。ようやく自分の立場が危ういことに気がついて来たようだ。
「当然、裁かれる事になる。その結果、最悪、斬首か毒杯を賜ることになるかもな。おまえは、この国では禁止されている麻薬に手を出した上に、男爵にそれを盛って言いなりにし操ろうとした。そして王妃殿下の実家であるセレビリダーデ侯爵の娘だと偽り、社交界を賑わした」
「あれはオーナーに勧められたのよ。メローネが幸せになる為だって。あたしがセレビリダーデ侯爵の義娘だって認められたら、メローネも王家に縁がつきやすくなるって言われたから」
「オーナー? おまえが勤めていた酒場の?」
「オーナーは、あたしに優しかった。あたしが前世の記憶持ちだと言うと、皆、信じてくれなくて、気味悪がって馬鹿にした。でも、あの人だけは真剣に話を聞いてくれた」
「おまえを利用するために、オーナーは近づいたんじゃないのか? おまえがいた店のオーナーは、この国の者ではなかったと聞いている」
「あの人はそんな人じゃない。あたしやメローネが幸せになる為に助けてくれたのよ。あの店にはあたしのような、父なし子を抱える女性も少なくなかった。皆、家庭に問題があって、よその職場ではなかなか雇ってもらえないような境遇の女の集まりだった。でも、皆何だかんだ言いながら仲良く助け合ってきたし、世間的には、鼻つまみ者とされるあたし達の憩いの場でもあった。そんな場所を作ってくれた人が悪い人のはずがない」




