42話・前世の記憶持ちは母親の方でした
「なんであたしが罪人なの? おかしいわ。こんなの」
「ここで騒いでも罪状が増えるだけだ。自称サロモネ男爵夫人」
牢の中で喚く女を、銀髪の若者が冷たく見据える。若者の外見は、自分の娘と同じくらいの年頃に思えるのに、その年齢にしては妙に落ちついてみえる。
配下の者を従えていることからして、自分が今まで散々、食いものにしてきた男達の部類とは違っていた。
「あんた誰よ? あの悪役令嬢に似ているみたいだけど、親戚か何か?」
冷たい鉄格子の中から問いかければ、相手は蝋燭の火で照らされた薄暗い牢屋の中で、ほの暗い笑みを浮かべて見せた。それは夜陰に彼の顔だけが浮かんでいるように見えて背中がゾッとした。
「おまえ、俺に興味があるの? 止しなよ。知ったところで罪状は何も変わらないよ。死が近づくだけだ」
それまで口調は丁寧だったように思うが、別人のようにガラリと変わる。その変わりように女は目を剥いた。
「別にそんなんじゃないわよ。あんたみたいなお子様、あたしの範疇にないわ。欄外よ」
「それはどうも。随分と無謀なことをしたね? おばさん。サロモネ男爵に薬を盛ってまで彼の後妻になろうなんてさ」
「おばさん? 失礼ね。あんた、見た目とは違って口が悪いのね? メローネが男爵令嬢になるのにあの男が一番、都合が良かったのよ。他の男じゃせいぜい金持ちの娘止まりで貴族になれなさそうだったし」
「自分の知るストーリーのように進めたかった? 男爵令嬢のメローネはピエラ学園に入学して、サンドリーノ殿下や、宰相の子息ニコラスに、近衛隊長の息子ルアンに、宝石商のカッソ、諜報部員のシルと出会う。そしてその中の誰かと恋仲になり、ハッピーエンドを迎えるだったかな?」
「なぜそれを……!」
「そんなの俺の立場だったら簡単に探れる。これでも有能だから」
「あなた、もしかして……!」
「おばさんとしてはあのメローネが殿下を攻略して、王子妃にでもなってくれたら万々歳だったかもしれないが、生憎、世の中そう甘くない」
「設定が間違っていただけよ。本来、メローネを虐めるはずの悪役令嬢は虐めをしなかったし、メローネを助けるはずだったマリーザは言うこと聞かないし」
「なぜマリーザが、メローネなんかを助けなくてはいけない?」
「そう決まっているからよ。この世はメローネが主人公で、公爵令嬢は悪役。そしてマリーザは、色々と困難を乗り越えて玉の輿に乗るあの子を助ける脇役。それなのにあの子、ちっともその役目を果たさないんだから……」
女はため息をついた。若者は不快そうに言った。
「許婚を寝取るような相手に、マリーザも率先して協力しようとは思わないだろう」
「それは仕方ないことよ。相手がメローネを好きになるのは不可抗力だもの」
「不可抗力?」
「物語の設定上、そう決まっているのだから仕方ないことよ。この世界はね、メローネが中心となって進むの。神さまにメローネは愛されているの。マリーザはメローネが幸せになる為の踏み台でしかないわ」
「まるでおまえの言い方だと、メローネが幸せになる為に、マリーザが不幸になるのは当然だと言いたいみたいだな?」
「当たり前じゃない。たかが脇役の為に気遣う必要あって?」
「なるほど。おまえのその思考に問題があるようだ。厄介だな」
「はあ? あたしが何だっての? あたしはただ、この世界を知り尽くしているだけよ。娘が幸せになる為には、サンドリーノ殿下を攻略するのが一番だってね。あの子は小さい頃から、お姫さまに憧れていたから」
「前世の記憶でか?」
「そうよ。って、あんた、なんでそれを……?」
「やはりな。前世の記憶持ちは娘の方じゃなくて、その母親だったか。マリーザが疑っていた通りだったな」




