37話・唯一、気遣ってくれた人
「まあ、うちほどではないけど、なかなかいいもの揃っているじゃない」
この屋敷へ乗り込んで来た女は、キョロキョロと辺りを眺める。男爵夫人を名乗るからには、それなりの態度を見せてほしいものだが、彼女はその称号に相応しい人物には思えなかった。ロッサーナはこれまで話には聞いていた相手に対し、今まで罪悪感のようなものを抱いていたが、マリーザが言っていたように、そんな気持ちはこの人物には無用だと悟った。
屋敷の中の調度品や、骨董品の類いは、前祝いとしてミラジェン子爵家から頂いた物だ。それをあえて説明する気にはなれなかった。
「こちらが応接間になります」
「まあ、なにこの素敵な空間。これっていずれあたしの物になるのね? 趣味がいいじゃない」
目の前の女は図々しかった。この屋敷はロッサーナの物だ。それなのに自分の物になるとどうすれば解釈できるのか教えて欲しかった。
「本日はどのようなご用件で?」
「そんな堅苦しい物言いは止してよ。あんたさ、うちの主人の愛人なの?」
「あなたさまのご主人様とは、サロモネ男爵さまで合っていますか?」
「そうよ。それ以外に誰がいるの?」
「大した自信ですこと。取りあえずお茶でも如何ですか?」
「あら。ありがとう」
ロッサーナは、侍女が用意したお茶を勧めた。そのお茶を女はズズッと音を立てて飲む。ロッサーナと侍女はそれに顔を顰めたが、本人は全く気にした様子はなかった。
「ちょうど喉が渇いていたの。気が利いているわね。でも苦いわ。お代わり」
一気にカップの中身を飲み干した女は、ロッサーナに笑いかけてきた。
「あんた、うちの人とどこで会ったの?」
「サロモネ男爵さまとは、ピエラ学園に通っていた時の同級生ですわ」
「えっ? じゃあ、あんたとは単なる学友ってやつ? なんだぁ。心配して損した」
女の笑みに、ほの暗い感情が刺激されるような気がした。彼女は何も知らない。ロッサーナには諦めた恋があった。その恋は長い年月をかけて、熾火のように心の隅で燻り続けてきた。それを教え子だったマリーザに、気がつかれるとは思いもしなかった。
彼女はミラジェン子爵令嬢の、マリーザの家庭教師をしていた。マリーザは素直で、彼女が教えることをどんどん吸収していく優秀な生徒だった。彼女を「先生」と、呼びながら、自分を姉のように慕うマリーザが可愛かった。でも、その一方で低位貴族でありながらも、実家が国を揺るがしかねない大富豪である少女が恨めしかった。
自分もかつて伯爵令嬢だった。貴族階級で言えば高位の方だ。両親は名門貴族で沢山の使用人達に囲まれて育った。それが傾き始めたのは彼女がピエラ学園に入学してからだった。
──何か困った事があったなら……。
優しい声が蘇る。彼は学園を去らざるを得なくなった彼女を唯一、気遣ってくれた人でもあった。




