30話・目が覚めたニコラス
「貴族の結婚にはお互いの家の利益や存続が関わってくるの。メローネ、あなたは私の許婚だったセレビリダーデ侯爵子息に言い寄り、私の悪口を吹き込んで心証を悪くした。セレビリダーデ侯爵子息と、私が結ばれることを強く望んでいたのはこの国の王妃さま。王妃さまの顔をあなたは潰した事になるのよ。サロモネ男爵は今頃、宮殿に呼び出されているでしょうね。今後、あなた方、母娘がどうなるかは男爵さまの判断によるわね」
「そんな脅しには屈しないわよ。マリーちゃん、あなた意地が悪くなったわね。昔はもっと優しかったじゃない」
メローネは、自分が及ぼした結果、どうなるのか全然考えていないようだ。マリーザは落胆した。ここまでお馬鹿さんだったとは。
──もう、いいですよね? リンさん。
この世にはいない、メローネの祖母を思い、マリーザは心に封をした。
「あなたに優しくしていたのは、リンさんに頼まれたからよ」
「おばあちゃん? おばあちゃんが頼むって何を?」
「あなたと仲良くして欲しいって。あなたがよく考えずに発言して行動するから、そのうち何かやらかそうとして怖い。私があなたの側についているなら、少しはまともになってくれるんじゃないかって言っていたわ」
「嘘よ。おばあちゃんが、マリーちゃんにそんなこと言うわけない」
メローネはマリーザを睨み付け、何かに気がついたように言った。
「あっ、分かっちゃった。マリーちゃんは、わたしがセレビリダーデ侯爵さまの姪で、ニコラスお従兄さまと従兄妹てのを僻んでいるのでしょう? 素直じゃないんだから。所詮、あなたは商人あがりの子爵令嬢でしかないものね」
メローネは何が可笑しいのか、クスクス笑い出した。自分のことを馬鹿にされるのなら兎も角も、父親達の事を持ち出して貶めるような発言をしたメローネを、マリーザは許せなかった。
「なんとでも言ったら。そのうちあなたがた母娘はこれだけの騒ぎを起こしたのだから、何らかの処分があるはずよ」
「処分って何? あなた方って? わたしとお母さまに処罰なんて下るわけないわ。だってお母さまは、宰相さまの妹なのよ。処分が下るとしたらそのわたし達に無礼な態度を取るあなたの方じゃなくて? マリーちゃん」
メローネは本気で分かってないようだった。ニコラスは黙ったままだ。
「セレビリダーデ侯爵子息さま。あなたさまとはもう何の係わりもないので私から言うのも何ですが、お付き合いされる方は選ばれた方がいいですよ」
「……その通りだな。ミラジェン子爵令嬢。今まできみには済まないことをした。これで失礼する」
「お、お従兄さま?」
ニコラスの腕に縋ろうとしたメローネを、彼は振り払い背を向けた。
「サロモネ男爵令嬢。近寄らないでくれるか? きみの事を私は信用し過ぎていたようだ」
「……」
メローネのマリーザを馬鹿にしたような態度を見て、思う所があったのだろう。ようやく目が覚めたような顔をしたニコラスは、その場にメローネを置いて去って行く。メローネはそれを見送る形となってマリーザを罵った。
「あんたのせいよ。どうしてあんな嘘を言うのよ。お従兄さまに嫌われてしまったじゃない」
「嘘はあなたの十八番でしょう? ここで騒ぐのはみっともないわよ。皆さん、こちらを見ているわ」
メローネは後先を考えないで行動する。リンが嘆いていたとおりだった。今も周囲に野次馬が出来ていたことに気がついてなかったようだ。
「な、何よ。あんた達、見世物じゃないのよ、何見てんのよ! あっち行きなさいよっ」
怒鳴るメローネに周囲の人達はざわつき、彼女は肩を怒らせて立ち去った。その背中を見送ってため息をついていると、背後から声をかけられた。
「マリーザさま、大丈夫でした?」
「ニコレさま。見てらしたのですか? お恥ずかしい」
「私が登校してきたら、丁度メローネさまがあなたに向かって怒鳴っているのが聞こえてきて、何がありましたの?」
「それが……」
こちらを心配する瞳に促されて、マリーザは登校直後にニコラスから声をかけられてから、今までの事を話して聞かせた。
「まあ、それは災難でしたわね。あの御方は何かと問題を大きくしたがりますわね」
「あの子はきっと何も考えてないのだと思います。お馬鹿さんですから。そのうち気がつくでしょうけど、その時に悟っても遅いのでしょうね」
「意外と辛辣なのですね。お気持ちは分かりますけど」
「あの子には散々、迷惑をかけられてきているので。出来ればもう二度と係わりあいたくないのですの」
そう言いながら昇降口へ向かう。卒業まであと2年ある。メローネにそれまで振り回されていくのかと思っていたが、事態は大きく動き出した。




