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第8話 現状

 昼ごはん中はミアベラとおしゃべりを楽しみつつお腹を満たしたヴィート。

 食事の後も、他より座面の高い椅子に座ったまま、ぼんやりとしている。


「ヴィー、考え事か?」


 呼ばれると、ヴィートは宙に漂わせていた目線をすぐにこちらへ移した。


「何のことでしょう。考えごとなどしていません」


 そこは……とぼけるところなのだろうか。

 基準がよくわからない。


「そうです、おにいさま。聞きたいことがあるのですけど、いいですか?」

「いいぞ」


 ヴィートは用意していた疑問を口にした。


「おにいさまは、アークイラ亭に宿泊されたお客さまと話したことが

 ありますか?」

「あるぞ。収穫祭のときに来る人と、引っ越しの間だけ泊まった人だけ」

「収穫祭のときにはどのくらいの人数がいましたか?」


 そこそこ人数がいた記憶がある。


「4組くらいで、全部で10人……いや、もう少しか」

「そうなのですか。

 では収穫祭の時期にお越しになったお客さまは、どのような方々だったのかを

 覚えていますか?」

「一昨年も去年も来たからそこそこ印象に残ってる。

 貴族と大きい商会の人、牛飼い、上級ハンターだった」


 ヴィートは聞き慣れない言葉に興味を抱いたようだ。


「はんたーとは何ですか?」

「魔物を狩る人たちのことだ。そういえばエスト領だとほとんど見かけないよな」


 衛兵がその役割を負っているので、必要ないのだろう。


「上級ハンターは、なかでも強い魔物を倒せる人だ」

「魔物が出るのですか?」

「出るか出ないかで言えば、収穫祭の時期に限らず魔物は出るぞ。

 でもここに来る上級ハンターは、甘いもの目当てに来てるだけらしい」

「仕事ではなく遊びに来ているのですね。

 牛飼いはわかりませんけど、貴族や商人、上級ハンターは

 お金持ちの匂いがします」

「そうだな、全員生活に余裕のある人たちだ。ヴィーは通行税ってわかるか?」


 ヴィートは首を横に振った。


「名前から察しがつかないこともありませんけど、

 どこを通ると課せられる税金なのかはわかりません」

「通行税は、領内に出入りするときに払うお金だ。

 今は5月だから……ちょうど3年前か。

 実際に引き上げるまでには半年くらいの猶予があったけど、領主様の交代とほぼ同時に通行税が引き上げる話が発表されたんだ。

 その影響で、この2、3年は高い額をポンと出せるような人しか来てない」

「だから客層がお金持ちばかりなのですか」


 ヴィートは2回頷いた後、はたと何かに気が付いた。


「そのようなことをしたら、他の領から入ってくるお客さまがいなくなるのでは

 ないですか?」

「ああ。それがアークイラ亭の悩みの種なんだよ」


 つまるところ、逆風が吹いている状態なのだ。


 ヴィートは地面と平行にした左手を右手でポンと打つと、素晴らしい笑顔になって言い放つ。


「いいことをひらめきました。打倒領主で問題解決です!」

「どこをどうしたらそうなるんだ! 駄目だ、絶対やめろ!」

「そうですか……」

「なんで残念そうなんだよ」


 過激派かお前は。


「どうして頭を押さえているのですか?」

「ヴィーの行く末が不安だからだ」

「そうですか。大変そうですけど頑張ってください」

「他人事だな……」



 ヴィートは顎に手を当ててしばらくすると、子ども用の椅子から下りた。

 俺が履いているズボンの脇を軽く掴む。


「さあ、この逆境をどう凌いでいるのか、おかあさまへ聞きに行きましょう!」


 やけに乗り気なのが怖い……。



 オリアーナさんは受付台で、木製の軸に青銅でできた黄金色の先がはめ込まれたペンを持っていた。

 四角の瓶に詰められたインクへ、シャープな曲線を描くペン先をつけ、羊皮紙の上を走らせている。

 帳簿を付けているらしい。


「おかあさま、このお宿はいったい何で儲けを出しているのですか?」


 ヴィートの問いかけに、オリアーナさんは顔を上げた。


「ごはんかしらね」

「ごはんのみの売り上げで色々とまかなえるものなのですか?」

「それが、かなりぎりぎりだけど、なんとかなってるのよね」

「あの……食事するお客さまのほとんどは夕方以降から入りますよね?」

「そうね。だけどうちでごはんを食べていくのは主に、

 入って2年くらいの衛兵さんなの。

 おかわりしていく子ばかりよ」


 年齢で言えば17歳くらいで、俺と同期の人たちが主な客層だ。

 食べ盛りな上に、訓練も魔物との戦闘もあるので皆よく食べる。

 中には一人で料理を3皿、別に酒やつまみを取っている者もいる。


「育ちがいいからか味にうるさいやつもかなりいるんだ。

 サムエレさんの料理は、そんな人の舌を満足させてる」


 エスト領における衛兵は、エスト家が抱える公務官だ。

 昇進すると城の中の警備に当たる城兵になったり、領主様直下の護衛になったりするためか、最初から代々子どもを衛兵にする約束をしている、準貴族という人もいる。

 誤解のないように付け加えると、俺の同期たちがそういう人たちばかりか、といえば違う。

 実家が商家や農家、職人、何らかのギルド長などの子供でありながら、家督を継げない人が大半だ。平民の範囲内といっても生活の水準は高いやつが多いけど。


「衛兵さまはお金持ちでたくさん食べる人が多いので、経営できているということですか」


 ヴィートは納得したようで、オリアーナさんにお礼を言った。




 部屋に戻ると、俺は備え付けの机の前にある椅子に、ヴィートはベッドの上に座る。



「おにいさま、アークイラ亭をごはん屋か酒屋にするのはどう思いますか?」

「アークイラ亭からしたら正しいと思うけど、俺からすると帰る場所がなくなる。

 もうここしか宿屋は残ってないから他で泊まることもできないしな」

「……おにいさまはもしかするとお家がないのですか?」

「実家ならあるぞ。南の方にある海沿いの村に」

「海沿いの村……ですか?」


 ヴィートは、どこを指しているのか測りかねて首をかしげた。


「アークイラ亭の近くに城門があるだろ?

 その第2南門を出て馬車で3日くらいのボローグナって町に出てそこから2日くらいのところにある」


 実際には第1南門の方が近いが、貧民街がある辺りとなっていて、道が狭くて馬車が通れない。また、魔物が強く、道も険しく、とても普通の人が行き来できる環境ではない。

 衛兵の精鋭が集められた一部の騎馬隊だけが、俺が住んでいる村や隣町から依頼されて、魔物を倒しに行っている。


「おにいさまは他の領の民なのですか!?」


 目を見開くヴィート。


「いや、衛兵になるときに『エスト領民になります』って内容の誓約書を書いたからエスト領民だぞ」

「では他の領の出身者なのですね。初耳です」

「そうか。言ったつもりになってた」

「自宅を構えながら2年間も宿に泊まるなんて、

 さすがは貴族さまだと思っていました」

「そんな風に思われてたのか!?

 俺は自宅なんて持ってないし貴族じゃないから、1つもあってない!」

「衛兵さまなのに違うのですか!?」

「平民だ! 衛兵だって身分は準貴族から平民まであるんだぞ! 貴族は領主様の家だけだ!」



 ヴィートは、数秒後改めてこちらを見上げた。


「どうしてアークイラ亭に泊まることにしたのかを聞こうとしていたのでした。

 忘れるところでした」

「ここに泊まってる理由か。そうだな……」


 俺は、最初からアークイラ亭に宿泊していたわけではない。

 3年前にエスト領に来たとき、寝泊まりしていたのは安宿だった。

 睡眠を取るだけなので一部屋も狭く、横になれるだけのベッドがあるだけ。

 宿屋自体にも風呂がなくごはんも頼めなかったが、別に不満はなかった。


 俺の貯金が尽きて出ることになっても、今夜眠る場所はどうしようとは思ったが、お店側の対応としては当然なので何も感じなかった。

 泊まらせてもらったことに感謝はあった。しかし後に店じまいをすると知ったときに惜しんだかと聞かれれば、そうでもなかった。


 あの頃の俺は次の勤め先が見つかっていなかった。

 店主からは不審な目で見られてたというのもあるが、交流することがほとんどなかったのだ。


 アークイラ亭が経済的に厳しい中で、サムエレさんたちは、行き倒れていた俺にご飯を用意してくれたり、払うお金がないのに泊めてくれたりした。

 今でこそ安定した仕事に就いているが、それはアークイラ亭の人たちのおかげだ。


「返しても返し切れない恩があるんだ。それが大きい理由だな。

 それと、うまく言えないけど、アークイラ家の人たちは皆あったかくて居心地がいい。

 当然だけどサービスの質が高いっていうのもあるぞ」


 その分、値段が高くてなかなか貯金ができないところは玉に瑕かもしれないが。

 俺の場合は過去の分を遡って払ってるから、他の人ならもう少し貯められるはずだ。


 ヴィートは満足といった表情になった。


「アークイラ亭の強みの参考にしますね」

「何をするつもりなんだ?」

「まだ考えている最中です」


 不安だ。突然打倒領主とか言い出すからな。


「思いついたことは、誰かに確認を取ってから実行してくれ」

「わかりました。確認は取るようにします」


 おお、素直だ。


「――その気があれば」


 前言撤回。そういうところだぞ。


「ちゃんとやる気を出して全部確認してくれ」

「……できる範囲で」

「やりなさい」


 俺が強めに言うと、ヴィートは目を閉じてため息を吐いた。


「わかりました……。しかたありませんね」

「仕方ないはこっちの台詞だ」


 俺はとヴィートはそれぞれで、やれやれと肩をすくめた。

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