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第4話 金欠

 ヴィートがアークイラ亭に来て初の休日だ。


「フレッドさま、今着ようとされている服は兵服ではないようですが、

また普段着でお仕事をするのですか?」

「今日は休みなんだ。だから、これでいいんだ」

「へ?」


 ヴィートは素っ頓狂な声を出した。


「衛兵さまにはお休みが存在するのですか?」


 邪気のない瞳で怖いこと言うなよ。

 素直な気持ちで聞かれないほうが安心できたぞ、今のは。


「存在するから。勝手に消さないでくれ」

「そうですか。

 衛兵さまは毎日毎日欠かすことなく巡回警備なさっていたので、

 とてもめいわ……きやくだと思いまして」

「お前今、迷惑って言おうとしなかった?」

「さて、なんのことやらさっぱりです。

 最初から最後まで、名脇役と言うつもりでした。

 迷惑だなんて考えたこともありません」


 これは絶対に考えてたやつだ……。


 まったく、よく回るのは頭なのか舌なのか。


「ほら、朝ごはん食べに行くぞ」

「はい!」


 俺が扉を開けると、寝間着のままヴィートはトコトコと出てきた。

 本当は着替えた方が良いが、食べたらすぐに寝直すことと服を着るのが上手にできないことから、しばらくはこのままだろう。



 黒い金属製の鍵穴に鍵を挿し込み回す。ガチャリと音がした。


「今日こそは、今日こそは1階まで足を止めずに歩けますから!」

「昨日は惜しかったな」


 階段までやってくる。


 一歩一歩ゆっくりと、ヴィートの速度に合わせて段を降りる。


 ヴィートが右足を伸ばす。1段がちょうど膝の高さになる。左足を同じ段に乗せる。

 また右足を1段下に着けて、もう片方の足を下ろす。


 それを繰り返して、3階から踊り場を過ぎて2階へ、さらに踊り場を過ぎた。


 1階が見える。

 もうすぐそこだ。


 1階まであと3段。

 2……1……。


 最後の1段、ヴィートは両足でジャンプした。


「できたな、すごいぞ」


 ヴィートは息を上げているが、言葉は何も言わずニコニコと笑みを浮かべた。ただ、耳だけはカアッと赤くなった。




 アークイラ亭の1階にある食事処に入る。客入り前なのでガランとしている。


 樫の木でできた大きな四角形の机には、長椅子が2つ配置されている。

 壁の隅に寄せてある、子ども用の椅子を俺は運んでくる。

 ヴィートはそこに座り、足を休めて息を整えている。



 ミアベラとオリアーナさんが木製の丸い皿を両手に持って入ってきた。


「今日の朝ごはんはクリームペンネだよ!」


 ミアベラはコトンと俺の前に皿を置く。


「ありがとう」

「うん!」


 元気に笑顔を返してくれるミアベラ。

 食器を置きながら隣に座った。

 ヴィートはオリアーナさんが持って来てくれた器の中を見ている。


 サムエレさんが自分の皿とフォークを5本持ってやって来た。


「食べるか」

「そうね、食べましょう?」


 サムエレさんとオリアーナさんが席に着いて、皆食べ始める。



 白いクリームを絡めたペンネにアスパラガスの緑がよく映えている。


 ヴィートはフォークで1本のペンネをさして、ふーっと冷ます。

 フォークから大きく飛び出た部分を頬張り、瞳を星空のように輝かせた。


 フォークを使うのも随分と上手になったな。

 スプーンやフォークといったものを全く知らないわけではなく持ち方は知っていた。しかし、使い慣れていなかった。

 数日前は、前歯にぶつけたり、思い切りフォークを噛んで痛がったりしていた。



 よし、俺も食べるか。


 噛むたびにモチッモチッとするペンネ。

 旬で採れたれのアスパラガスは、フォークで崩れそうになるほど柔らかく、ホクホクで甘い。

 それらを包み込むのは、全体に絡んだクリームだ。マッタリとしたコクながら、サワークリームのような酸味が後味をスッキリさせている。

 この爽やかさは羊の生クリームのものだろう。


 うん、うまい。



「でね、ヴィーちゃん。

 果物を仕入れてるヤコポさんの家にこのくらいおっきなクモが出たんだって!」

「へえ、大きなクモですね。

 わたしもそこまでではないですけど、10センチくらいなら見たことがあります」

「え〜! 見かけるとドキッとしない?」

「あまりしません」

「ヴィーちゃんすごいね!」


 ミアベラとヴィートが楽しそうに話している。


* * *


 さて、ご飯を食べて部屋に戻った。

 ヴィートは階段でゼェゼェと切らした息を、ベッドに座って整えている。

 上りのほうが大変そうだった。


「フレッドさまは……あと何日くらいこのお部屋を借りられるのですか?」

「あまり考えたことなかったけど、1年以上先なのは確実だな。

 泊まり始めて、もうすぐで2年半になるんだ」


 ヴィートは眠そうだった目を見開いて驚く。



 俺の部屋は3階の端の部屋だ。

 角部屋は外気に接している面が多い。

 夏は暑く冬は寒いため、宿泊料金が安いのだ。


 階を移ることも考えたが、今は厳しいな。


 ヴィートが変に気を遣うと困るので口が裂けても言えないが、服などで既にそれなりのお金が財布からなくなっている。

 要するに金欠なのだ。



「暖かかったのが暑くなって寒くなって……もう一度暖かくなると1年であっていますか?」

「あってるぞ」

「フレッドさまは、もう一回暖かくなっても……その先もここにいるのですね」

「ああ」

「長いですね」

「そうだな。

 もし、泊まっていて迷惑になりそうだったら出るけど、俺はまだここにいたいから……」



 床に着かない足をなんということもなく動かしているうちに、ヴィートのまぶたは再び重そうになっていく。


「俺は夜まで眠らないし、端に寄らずに真ん中で寝ていいからな。おやすみ」

「はい……おやすみなさいませ」


 ヴィートは体の向きを変えて、立て膝で移動する。

 ベッドの中央に近い位置まで来たら、掛け布団を握って横になった。

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