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第37話 宿泊訓練②

長くなってしまいましたが、読んでいただければ幸いです。

 その人は――。


 外にハネた金髪に、夜明け前の地平線を思い出すような青色の瞳をした少年だ。衛兵の服を標準仕様で着ていて、洋梨のような形の楽器ケースを背負っている。


 机にもたれかかっていた俺は、誰だか認識して、慌てて姿勢を正した。


「レ、レオポルド様!?」


 レオポルド様は、頬に傷がある衛兵に手を繋がれている。腰には長剣がある。

 頬に傷がある衛兵は、レオポルド様と繋いでいない方の手に、槍を持っている。


 レオポルド様の後ろには、髪を固めずに七三分けにした神官服の少年と、アダルベルト公園の管理人の札を首から下げた女の人がいる。

 女の人は、調理器具などを管理小屋に取りに行ったときに居た。

 神官服の少年は、確か、レオポルド様から、オノフリオと呼ばれていたはずだ。

 オノフリオさんと管理人の女の人は、共にうぐいす色の髪で、手には金属を基調とした、松明のようなデザインの杖が握られている。どちらも神官の杖だが、微妙にデザインが違う。

 女の人の持つ杖は身体の半分の長さだ。杖の先……松明なら火が燃える場所には、橙色の石がはめ込まれている。その石を太陽と見立てて、石座から反対の位置の石座へ石の上を通るように、光の筋を表した装飾が金色の金属で付けられている。

 もうすっかり辺りは暗いが、橙色の石がぼんやりと光っていて、本当に松明のように使って辺りを照らしている。宝石や魔石などに使われる石には詳しくないので、光っている石が何の石なのかよくわからないが、とても綺麗だ。

 オノフリオさんの持つ杖は身長よりも長く、石の代わりに金色の金属が付いているため、全てが金属でできている。光の筋のような装飾が大きく、先が尖っていて、そのまま振り下ろして攻撃できそうに見えた。



「こんばんはー」


 レオポルド様は、朗らかに、ひらひらと手を振る。


「こ、こんばんは……!」

「こんばんは!!」

「こんばんは」


「その、今、携帯食料が翌朝支給の宿泊訓練で、腹の減りが限界って話をしてて、携帯食料を否定してたわけじゃないです、すいません!」


 慌てて弁明したボスコ。


「うん、僕もそう思ったよ? 僕たちは煮炊きするときに食べるから、気にしたことがなかったんだ。見回りには、歩きながら食べられた方が便利だよね」


 ボスコは、ほっとした表情になった。


「僕、干し肉以外の保存食を作ってみたかったんだ。今度は携帯食料を作ろうよ。片手で持って歩きながら食べられるものを」


 レオポルド様が護衛の兵とオノフリオさんに提案する。


「作りましょう」

「では僕は、木片……もとい、今の携帯食料の作り方を聞いておきますね」


 護衛の兵と、後ろにいたオノフリオさんが返事をする。

 ……うん? 今オノフリオさんが携帯食料のこと、木片って呼んでいたような……。


「ガインカルロ、ちょっといい? メモしたいんだ」


 レオポルド様は、護衛の兵に手を離してもらう。ポケットから手帳を取り出して、書く。タイトルには、『覚えておくこと』と書いてある。



「そうだ、あなたの名前と好きなことを聞いてもいい?」


 レオポルド様は、そうボスコに聞いて、さっき書いていた手帳をポケットにしまって、別のポケットから別の手帳を取り出した。

 タイトルには『人の名前』と書いてある。


「ボスコです。好きなことはうなぎ祭り。好きな人は彼女」

「うなぎ祭りね、いいね! ボスコには彼女がいるの? 一緒にうなぎ祭りに行くの?」

「俺は実家の手伝いで屋台でウナギ調理して、で、彼女が買いに来てくれる感じで」

「わー、いいね。なんていう名前のお店を出してるの?」

「名前そのままだけど、『炭火レモン』って店です」

「素敵だね。覚えておかないと……」 


 レオポルド様は『人の名前』という手帳に何かを書き留めて、閉じてポケットにしまって、再度『覚えておくこと』の手帳をポケットから取り出して、開いて書いた。

 ちょっとモタついている。


「行ってみたいな。……えーと……うなぎ祭りはいつだったかな。そろそろだよね……?」

「9月の毎週土曜日と毎週日曜日にやってます」

「そっか……。その時期にはもう学校が始まってしまうから……。残念だな……」

「え、や、屋台だけなら、いつでもやってます。ウナギがあるかはその時々だから保証できないけど……」

「本当!? 今度行ってみようかな。どこにあるの?」

「魚通りにあります」


 魚通りは、魚屋、魚の料理店、釣り道具屋、舟に乗せて運んでくれる店、水車を利用した粉挽き小屋など、川に関する店が集まる通りだ。

 アークイラ亭が近い場所第2南門の外には川が流れており、橋を渡ると大きな中洲がある。そこで、主に魚などを採ったり釣ったりできるため、第2南門のすぐ側に魚通りがある。

 余談だが、中洲にも城壁がある。第2南門に面した部分には、川で運搬や作業ができるように壁がない。舟もつけられる。中洲へ移動する時や中洲から戻ってくる時には通行税はかからないが、通してもらえるのは予め申請をしていた人だけだ。川には魔物がいるため、作業している人がいる時は、衛兵が近くにいて、すぐに駆けつけられるように目を光らせている。


「魚通りね、行ってみるー」

「土日なら、俺、張り切って準備します!」

「わー、嬉しいな。なんだか学園祭みたい。友だちがやっているお店で買うと、とびきり楽しくておいしいよね。楽しみ!」


 底抜けに明るい笑顔で、レオポルド様はそう言った。


「と、友……!? は、はい!」


 レオポルド様は、マテオに話しかけた。


「あなたは声が力強くて、雷みたいでドドーンッてしていていいね。名前と、好きなことを聞いてもいいかな?」


 のんびりとした口調で言葉を連ねる。


「マテオです!! 休日に姪を連れてこの公園に来て、遊んで帰るのが最近の趣味です!!」

「素敵だね。マテオはきょうだいや姪と仲がいいんだね」

「1番目の姉は怒ると怖く、2番目の姉はいつも怖いです!!」

「姉上2人なんだ。姉上は怖いの?」

「はい!!」

「そうなんだ。姉上って優しいとは限らないんだね、驚き。でもでも、姪がとてもかわいいんでしょう?」

「かわいいです!!」

「うん、いいね。あれ……? 今日、何曜日だっけ?」

「金曜日です!!」

「金曜日かー。それなら明日か明後日かな?

 またここに来るんだね。昼間もきれいだよ。楽しんでね、マテオ」

「はい!!」


 レオポルド様は、『人の名前』という手帳に書き込む。

 レオポルド様も、今日の曜日を忘れたり、イベントの予定がわからなくなったりするのか。失礼かもしれないが、勝手に親近感が湧く。


 ぐーきゅるるる……。


 まずい。腹が空気を読まない。


 レオポルド様は手を止めて、顔を上げた。


「あなたは……えーと……大丈夫?」

「だ、大丈夫であります」

「お腹が空いているよね。ごめんね、頑張ってね」

「は、はい……」

「……? うんー? うーん?」


 俺の周りをウロウロとするレオポルド様。


「あなたの音はなんとなく聞き覚えがあるよ……? 前に、何か話した? 会った? よね?」

「は、はい」


 音……? 腹の音か……?

 いや、交通整理の時は、腹は鳴っていなかったはずだ。


「やっぱり? パチャンッて聞き覚えがあるから、そうだと思った!」


 パチャン……? パチャンってなんだ?


 神官の少年、オノフリオさんはレオポルドの近くに来て、小声でレオポルド様に話す。

 しかし耳打ちではないため、こちらにも聞こえる。


「レオポルド様、フェルララに帰ってきた日、モルト・ルバートの前に女の子が押し出されてしまったこと、覚えていますか?」

「…………ちょっと待ってね……」


 レオポルド様は、目を閉じて、思い出そうとしている。


「えーと……そう……ああー! その子にすぐに駆け寄ってくれた人だね」

「そ、そうであります!」

 オノフリオさんも2度ほど頷く。


「名前と、好きなことを聞かせてよ」

「フレッドであります。えー……好きなこと……宿屋の子たちと出かけたり、一人だったら散歩とか……?」

「へー! フレッドは馬屋の人と仲がいいんだ! 僕もボローグナにいるときには馬屋にお世話になっていて、そこのご主人と仲良しだよ。町を歩くのもいいよね。僕は友だちと学校帰りに練り歩いたり、皆で買い物に行ったりするよ」


 そう言って、レオポルド様は、手帳にメモする。 


「ボスコ、マテオ、フレッド、よろしくね」

「はい! よろしくお願いします!」

「はい!! よろしくお願いします!!」

「は、はい!」


「そんなにかしこまらないで? 僕は偉い人ではないよ?」


 レオポルド様はそう言うが、偉い人だと思う。俺たちはそういう顔をしていたのだろう。オノフリオさんが補足してくれた。


「レオポルド様から、貴方がたへの命令権はありません。僕とガインカルロさんを除き、衛兵と神官は全て、その時々の領主、言い換えれば、現在においてはウベルト様が主です」


 ガインカルロさんというのは、頬に傷のある衛兵のことらしい。オノフリオさんは、説明のときに、目線で示してくれたのでわかった。


「僕が皆と違うのは、兄上に抱きつけることと、『世界で1番愛してる!』って言えることかな。兄上ってば照れ屋だから、いつもすぐに引きはがされるけど」


 レオポルド様の発言を聞いた途端、何故か、オノフリオさんは手を叩いて笑い出した。


「こら、ブン! 笑わない! しかも手を叩いて……品がないよ!」


 管理人の札を下げた女の人は後ろから、オノフリオさんの纏う神官服をペシッと軽く叩く。


「おっと……ごめんなさい」

「……へ!? 手を叩いて笑ったら下品なの?」


 レオポルド様は目を丸くして、女の人の方に振り返って、尋ねた。


「ポンにはこの間も言ったでしょう!?」

「そうだっけ?」

「何のためにメモを残すように言ったと思うの? 見返さなければ意味がないでしょう?」

「ごめんなさい」


 謝るものの、オノフリオさんもレオポルド様も、管理人の女の人から怒られて、どことなく嬉しそうにしている。


「何をニヤニヤしているの?」


 オノフリオさんは、すかさず答える。


「お母さんに叱られるのが久しぶりだったから?」

「長期休みに帰ってくる度に貴方達は私を怒らせているけど?」


 女の人は、久しぶりではないと言いたげだ。


「ヌンツィアにピシャリと言ってもらうと、帰ってきた感じがして嬉しいから?」


 レオポルド様は、のんびりと答えた。


「本音を言えば、私から言うことがなくなるほどの一人前の紳士に育ってもらいたいんだけど?」


 ヌンツィアと呼ばれた女の人は、そう言うが、オノフリオさんは「んー」と言ってお茶を濁し、レオポルド様は「へへへー」と笑って誤魔化している。

 オノフリオさんもレオポルド様も、反省の色は薄いというか、まだ叱られていたいような雰囲気だ。

 この女性のことがとても好きなんだろう、ということはすごく伝わってきた。


「貴方達は……もー……」


 ヌンツィアさんは、オノフリオさんの頭と、レオポルド様の頭を、ワシャワシャと撫でる。

 オノフリオさんは照れくさそうにして、レオポルド様は「いえーい」と言って嬉しそうにニコニコしている。

 そして、護衛のガインカルロさんは、懐かしむように、うむうむと深く頷いた。


 神官の少年であるオノフリオさんの母親がヌンツィアさんで、オノフリオさんはレオポルド様に仕えている。ヌンツィアさんとレオポルド様は……?

 どういう関係性なのか、傍から見ているとさっぱりわからない。


 ひとしきりワシャワシャされた頃、何かに気が付いたレオポルド様は、パッと斜め後ろを見た。

 すぐさま、ガインカルロさんは、いつでも動けるように構えた。


「セピアーチェだー!」


 レオポルド様は、ヌンツィアさんの手を抜けて、突然走り出す。ガインカルロさんは、慣れているのかすぐに追いかけ、レオポルド様の手を掴んで、引いて止める。


 レオポルド様が、最初に、ガインカルロさんから手を繋がれていた理由がわかったような気がした。


「レオ様、急に走り出さないでください」

「……あ。ごめんね。でも、セピアーチェが来てくれたんだ」


 レオポルド様が指差した先には、何もいないように見え……いや、よく見ると小さな影が動いている……?

 その影は段々と近づいてきて、そして思い切りレオポルド様の肩に飛び乗った。

 猫だ。


「わ、すごい運動神経。久しぶりだね、セピアーチェ。春休みは補習で潰れてしまったから……冬休みぶりかな?」


 アダルベルト公園に住まう名誉園長、黒猫のセピアーチェだ。フレンドリーで、おしゃべりらしい。

 猫は足音があまりしないので、夜のこの時間では、遠目からだと気が付けない。気が付いたレオポルド様はすごいな……。

 ところで『ホシュウ』って何だろう。学校の何かだろうか。それなら知らない用語だな……。


「ニャーン!」


 セピアーチェは元気に返事をすると、ゴロゴロゴロゴロ……と喉を鳴らす。


「僕も会えて嬉しいよ。あ、髪は舐めないでね、虫よけをかけているから」

「ニャン!」

「ねーセピアーチェ。僕の新しい友だちを紹介するよ。こっちから、ボスコ」


 手で示しながら、セピアーチェに紹介するレオポルド様。


「ニャーン」

「よ、よろしく」

「マテオ」

「よろしく!!」

「ニャーン!」

「フレッド」

「ニャー!」

「よろしくな……?」


 セピアーチェは、確かに、おしゃべりな猫だ。律儀に返事をしてくれる。


「へへへー、友だちが増えて嬉しいな」

「ニャーン」


 何故だろう。レオポルド様は、まるでお世辞を言っているように思えない。そう言ってもらえてこっちまで嬉しくなる。


「セピアーチェも嬉しい?」

「ニャー」


 セピアーチェは、レオポルドにおでこを擦りつけた。


「嬉しいね」


 セピアーチェは、レオポルド様によく懐いている。


 こちらが騒がしくなったことと、片付けが終わったことで、他の衛兵たちが次から次へと近くに集まってくる。


「レオポルド様!?」

「レオポルド様だ!」

「本物だ」


 あっという間にレオポルド様の周りには、人だかりができた。予想外の人物の登場だ。

 さっきまで食事の片付けを監督していた分隊長は慌てて、レオポルド様に挨拶しに来た。


「10番分隊隊長、ドゥラン・リージです。挨拶が遅くなってしまい申し訳ございません」

「こんばんはドゥラン! 急に来てごめんなさい。僕ね、皆に聞きたいことがあって来たせんだ。手間は取らせないから時間をもらっていい?」

「勿論です」

「えーと……あれれ?」


 カバンをゴソゴソと漁るレオポルド様。ガインカルロさんは、おそらくカバンの中を探しやすいように、レオポルド様の手を離した。そこに、声をかけるオノフリオさん。


「貴方が忘れたのは金の紙ですか?銀の紙ですか?」


 オノフリオさんの手には金と銀の紙が握られている。レオポルド様は、きょとんとしてから、数秒後、笑い出した。


「待って待ってブンちゃん……! どうして金と銀の紙があるの?」

「レオポルド様が似顔絵を机の上に置きっぱなしにしていたのを見て、よし、この質問をしよう、と思いついたからです!」


 オノフリオさんは、ドヤ顔だった。


「斧じゃないんだから……ハッ! オノフリオだけに?」

「そう! 斧振り男(オノフリオ)ってね!」


 呆れた表情で、ヌンツィアさんが「しょうもないね……」と言うと、オノフリオさんは満足げに笑った。


 やっぱり、その杖は、振り下ろして使うのだろうか。そう考えると、馬上からも使えそうな長さに見えてきた。


「オノ君が斧を落とした側も見たいところですなぁ。斧を振るのは木こりですから」


 護衛であるガインカルロさんも軽口を叩く。

 もしかしなくても、雰囲気が緩そうだ。人数が少ないからかもしれない。


「理想はそうだけど、このボケは、ポンちゃんはやらないから。はい、ポンちゃん、忘れたのは金の紙ですか、銀の紙ですか?」

「あ、そうそう。えーと、普通の紙を落としたよ。あれ? 忘れたよ、かな」

「はい、どうぞ。正直者のあなたにはこれをあげましょう」


 オノフリオさんは、小さな包みを、レオポルド様に渡す。


「これなーに?」

「雑草味のビスケット」


 レオポルド様は、手を叩いて笑い出した。笑い方がオノフリオさんと同じだった。


「ニャーン」


 心なしか、セピアーチェも楽しそうだ。


「こーら、ポン!」


 ヌンツィアさんが、手を叩いて笑ったのを咎める。


「あ。ごめんなさい」

「あと、ブン!」


 ヌンツィアさんは、オノフリオさんに向けて鋭い声で呼んだ。


「今回は、不味いだけだよ。栄養満点、疲労回復効果付き。是非食べるべき」

「『今回は』ね……。いくら形だけとはいえ、主だよ。実験台にするのは控えなさい」

「ポンちゃんの単位にもなるからWin-Winだよ。このビスケット、お母さんも食べてみる?」

「いらないよ……」


 ヌンツィアさんが呆れていると、レオポルド様がオノフリオさんにニコニコと笑いかける。


「さすがはオノフリオ。ネタの仕込みを忘れないところが好きだよ。あとで一緒に食べようね」

「そのつもりです。八割はリアクション見たさで焼いてもらいましたが、調合した僕も加工後を食べてみたい気持ちがあります。3人で3枚ずつ食べましょうね」

「さり気なく小官も頭数に入ってますな?」


 ガインカルロさんが尋ねる。


「それはもう当然にガインさんも食べるものと」

「うん、一緒に食べようよ」


 オノフリオさんは即答し、レオポルド様は不思議そうにする。


「参りましたなぁ!」


 ガインカルロさんは、そう言いながらも、全然参ってなさそうに笑っている。


「ニャーン」

「セピアーチェはどうする?」


 オノフリオさんが聞いた。


「……」


 セピアーチェは黙ることで無視をした。


「いらないってー」


 レオポルド様がセピアーチェの無視の真意を代弁すると、オノフリオさんはわかっているとばかりに答える。


「だよね。繊維が硬くて消化に悪いからあげる予定はないよ」


 何故、セピアーチェに聞いたのだろうか。


 ヌンツィアさんは、諭すようにレオポルド様に言った。


「ポン、貴方はおおらかで、それはいいところだけど、はっちゃけすぎる部下を止めるのも貴方の仕事だからね」

「うん。止めるよ。ブンちゃんは、僕とガインと、ソフィアとチロッコにしか、変なものを振る舞わないよ。ノエミやエレナやジェンナリーノにはあげてないよ。今のところは大丈夫」

「学校でも配っているの、貴方は」

「配る相手は選んでいるよ」


 ヌンツィアさんは、頭を抱えてため息をついた。


「はいこれ、ポンちゃんが忘れて行こうとしたもの」


 オノフリオさんは、普通の紙をレオポルド様に渡す。


 ほんの一瞬、オノフリオさんはレオポルド様を心配そうに見た。

 レオポルド様は、紙を受け取ると、俺たち衛兵の方へ向いた。


「そうだった。話が逸れちゃった。

 それでね皆、僕、弟のアルバーノを探してるんだ」


 レオポルド様の腹違いの弟、アルバーノ様は、今年の2月に行方不明となった。見つからないまま、もう半年近く経ってしまった。


「似顔絵を描いたんだ。絵を描くのって難しいね。全然かわいく描けなかった」


 レオポルド様は、ペラっと紙を開いて見せる。クレヨンで書かれた絵だ。


 ただ、絵が……あまり、上手ではない。目の辺りが赤色で塗られていて、血涙みたいなものが出ているように見える。髪の毛にも、一部赤色が塗られている。


「僕も思い出しながら描いてみましたが、レオポルド様と話している時に1度、泣いているときに1度しか見たことなくて……普段の表情を知らないんです」


 オノフリオさんが描いたのは、かなり上手だと思う。

 そこに描かれているのは、黒い髪を紅色の長いリボンを使ってちょこんとした尻尾のような1つ結びをした子だ。

 目がほとんど閉じるくらい細めて、口を開いて笑う、満面の笑みだった。


「ご家族以外はほとんど会わせてもらえませんからなぁ……。2回しか遭遇していないのはオノ君と同じなのですが……いやはや、オノ君がすごくて小官が出す意味があるのか……」


 ガインカルロさんの絵は、うろ覚えで描こうとしたら出来上がりそうな印象だ。

 下の方で1つ結びをした人であることはわかる。顔もおぼろげな記憶なのだろう。目の位置に紅色の丸が描かれている。目の色だろうか。



「黒い髪で、紅い目で、6月に3歳になったはず。髪の毛は、下の方で結んでいるんだ。目の色と同じリボンで結んでいるんだよ。それで、木琴みたいな、ポンポポーンって感じなんだ」


 指して説明されてわかったが、レオポルド様かが描いた絵の血涙に見える部分は、目の色とリボンの色だったようだ。


 そういえば、現在、広場などで掲示されているアルバーノ様を探す貼り紙には、似顔絵がない。黒い髪、赤い目、2歳(当時)という内容だけだな……。

 似顔絵があった方が良い気がする……。


「あとね、まだ話せなくて、のんびり屋で寂しがり屋で照れ屋で、ちょっとモジモジしててかわいいんだ。

 えーと、それから、ジャムを塗ったり具材を挟んだりしたフォカッチャと、マーマレードのソースをかけたチキンソテーが好きだよ」


 オノフリオさんは、小声で、レオポルド様に伝える。


「レオポルド様、もう少し外見の特徴を言った方が良いかと」

「あ、そっか。えーと、背はこれくらい」


 レオポルド様は、腹のあたりに手を持ってきて、地面からの高さを示した。90センチくらいだろうか。


「そうそう、皆、顔がアルバ様に似てるって言うよ。父上も、アルバ様に似ていると思って、アルバーノの名前を決めたんだ。

 僕はどちらかと言うとパリシナ様に似ていると思うよ」

「姉妹ですからなぁ」


 前代の領主であるドメニコロ様には、正妻と愛人がいる。アルバ様は正妻だったそうだが、俺がこの町に来たときには既に亡くなっていて、よく知らない。

 そしてガインカルロさんが言うように、パリシナ様はアルバ様の妹だ。アルバ様が亡くなった後に正妻として嫁いだ。ドメニコロ様が2月に亡くなって、パリシナ様は、現在の領主であるウベルト様の正妻となっている。

 貴族だと、結婚した相手が亡くなってしまったときに、その親族のうちの誰かと結婚するというのは、よくあることらしい。位が高い家の女性だと聞いたことがあるので、政略結婚というものなのかもしれない。


「それからね、アルは僕と似てる!」


 横にいたオノフリオさんとガインカルロさんが必死に首を横に振る。


「ビックリしたときの顔が似てるってドメニコロ様に言われた時のことを言ってるよね? 初めて見た人が、ポンちゃんとアルバーノ様を似てると思うのは難しいよ? ……あ。難しいですよ?」

「えー!?」

「レオ様もアルバーノ様も母方に似てますからな……」


 領主様の兄弟は、全員、母親が別々なので、母親に似ているとなると、レオポルド様とアルバーノ様は似てないのだろう。

 ヌンツィアさんは、誰かに似ているという話になってからずっと、複雑そうな表情をしている。


 レオポルド様は、ちょっと困ったように俺たちに尋ねる。


「えーと、とにかく、そういう感じの子、見かけてない?」


 ボスコが言いにくそうにしながら、レオポルド様に聞く。


「あの……アルバ様もパリシナ様も見たことなくて、いまいち想像が……。どんな人ですか?」

「そっか……!

 アルバ様とパリシナ様がわからないよね!

 アルバ様は、もう亡くなってしまったけど、父上のお嫁さんで、アルバーノと同じ、黒い髪と紅い目の色で……ちょっとツリ目で、目を細めて笑う、きれいな人かな。なんだか、ウィンドチャイムみたいなシャラララーンって人だったよ。身体が弱かったから、あまり外に出なかったんだ。見たことがない人が多いかも……。

 パリシナ様は、父上のお嫁さんだったけど、父上が亡くなったから婚姻関係がなくなって、兄上のお嫁さんになったよ。アルバーノの母上で、黒い髪と黄色い目で、ちょっとツリ目で、オトナの余裕がある、きれいな人かな。鉄琴みたいなカチカチーンって人だよ」


 顔を言葉で伝えられても、うーん、限界があるな……。いまいちわからない。


 俺たちは顔を見合わせて、口々に「すいません……」と謝る。


「そっか……」


 しゅん、と音が付きそうなくらいの、とても落胆した様子のレオポルド様に、俺たち衛兵は慌てる。


 セピアーチェは「ニャーン」と優しく鳴いて、レオポルド様は「ありがとう」と言って小さく微笑んでセピアーチェの頭を撫でた。


「もう少し、意識的に探しながら見回りします!」


 衛兵のうちの誰かがそう言う。


 数回、瞬きをして、レオポルド様は顔を上げて、それから愛嬌のある笑顔になった。


「ありがとう!

 そうそう、アルが行方不明になってから2週間、皆が一生懸命、探してくれたことは、兄上から手紙をもらって知っているよ。とっても感謝してる。皆、ありがとう!」


 そこで言葉を区切ると、ひと呼吸置いた。

 それから、伏せ目になって、少し寂しげな声で、「本当は、兄上から『レオポルドは探さなくてよろしい』と言われているんだけど……」と口にした。


 父親と弟が同時にいなくなってしまったことが本当に悲しくて辛いのだろうと伝わってくる。締めつけられるように胸が痛くなる。


 セピアーチェも、どこか心配そうにレオポルド様の顔を覗き込んだ。


 レオポルド様は1度目を閉じて、胸の前で片方の手をグッと握り、「でも……でもね」と続けて目を開けた。


「僕、自分が納得できるまで探したい。普段は、兄上が探してくれているから、せめてお休みの間だけでも。

 信じてるんだ、アルは生きているって。僕はまた、アルの声が聞きたい。今度はアルの話が聞きたい」


 声には確かな強さが宿っていて、瞳は確かに希望を見据えている。きっと、その拳には、諦めない心を握りしめているのだろう。 不思議と、瞳の奥が、下から放射状に揺らめいているように見えた。


 レオポルド様はすぐにパッと明るい雰囲気に戻って、朗らかに笑う。


「だから、見回りのときに、もしそれっぽい子を見かけたよってことがあったら報告をよろしくね」

「はい!」


 俺たちは、揃って返事をした。


 おそらく、この場にいる全員が、なるべくレオポルド様に協力したい、と思っていた。


「では、レオ様、ヌンツィアさんとセピアーチェ君を送った後、第1南門の出入帳を見ましょうか」

「うん。それじゃあ、皆、ありがとねー!」


 レオポルド様は笑顔で、血色の良い両手を振った。


「お邪魔しました。曙の女神の祝福があらん事を」

「道行きの女神の祝福があらん事を」


 ヌンツィアさんは杖を横にして、オノフリオさんは、杖を縦にしたまま両手で持って自分の体に引き寄せ、同時に軽くお辞儀をする。


「失礼します」


 ガインカルロさんは一度立ち止まって敬礼して踵を返す。


「セピアーチェ君、小官の肩にも乗りませんかな?」

「……」


 セピアーチェからの返事はない。


「フラれました……」

「ガインさん、安心して。僕もフラれるから」

「セピアーチェは暖炉の次にポンを気に入っているからね」

「そうなの?」

「ニャーン!」


 やいのやいの談笑しながら、レオポルド様たちは遠ざかる。



「アルバーノ様、見つかってほしい……」


 俺が呟いたら、周囲が賛同してくれた。


 領主様の一族は、曙の女神様と深い関係がある。だから、神と敵対するドラゴンやその信者たちから狙われることがある。

 前代の領主様……ドメニコロ様は、実際にそれで亡くなっている。

 今の領主様は、それを警戒して、一切表に出てこない。

 よく出歩くレオポルド様には常に護衛がついている。


 しかし、突然いなくなってしまったアルバーノ様には、護衛がついて外に出たわけがない。もし城の中に侵入されて誘拐されてしまったのだとしたら狙い撃ちされたようなものなわけで……。本当に、無事を願って見回りするしかできない。




 その日は、アダルベルト公園で、薄い敷布を広げて寝た。夏でも夜は、気温が下がる。

 火を使って汗をかいていた分、肌寒くなってくる。

 草むらは柔らかいが、虫が多い。蚊が来る。すごい数の蝉がそれぞれ特有の鳴き声で叫ぶ。蝿もブンブンと羽を鳴らす。蟻はいつの間に身体の上を歩いていて痒い。


 ぐぅぅ……。


 腹も鳴る。そしてウトウトとした頃、遠くから、魔物の声が聞こえて、目が覚めてしまう……。


 なかなか休まらない。建物内で休めるってありがたいことだな……。


* * *


 翌朝は、どこからか聞こえる、鶏の鳴き声で起きて、携帯食料を配られ、解散となった。


 ここまで腹が減ると、この携帯食料もある程度は水無しで食べられる。なるべく早歩きしながら、ビスケットを食べ進めて、帰る。


 あと1枚は、流石に無理だったので、アークイラ亭に着いたら、飲み物と共に食べよう。



 ブランチにも早いような時間に、アークイラ亭に戻れた。


「ただいま」

「フレッド! おかえり!」

「おかえりなさいフレッド君。そろそろだと思ってお風呂を沸かしておいたのよ」


 ミアベラが元気に迎えてくれて、オリアーナさんが穏やかに微笑む。


「ありがとう。すぐに入る」


 ヴィートの姿はない。


「ヴィートは?」

「お父さんとお母さんのお部屋で寝てるよ。

 昨日、1人で平気って言ってフレッドのお部屋に眠りに行ったんだけどね、やっぱり寂しくなっちゃって、泣きながら1階に降りてきたの。私のウサギちゃんのぬいぐるみを貸してあげて、いい子いい子してたら、安心して眠れたみたい」

「昨日は、皆で一緒に眠ったのよ。久しぶりにミアも揃って」

「私もヴィーちゃんと眠りたかったから、皆で寝ようかなって思って。

 さすがにベッド2つに4人は狭かったね」

「そうね。ふふっミアベラちゃんが大きくなってからも一緒に眠ってくれると思わなかったから嬉しかったわ……!」

「そう?」

「そうよ」


 サムエレさんが厨房から出てきてくれた。


「……おかえり。飯は」

「このビスケットだけ、食べた」


 ぐぅぅ……、と腹が鳴った。


「作っておく」

「ありがとう」


 サムエレさんは厨房に戻っていった。


「ヴィーちゃんを起こしてくるね!

 フレッドが帰ってきたら起こしてって頼まれたの」

「ああ!」


 ミアベラがヴィートを呼びに行っている間に、サムエレさんが、水を持ってきてくれた。

 俺は、片手に持っていた残り1枚のビスケットを食べる。



 ちょうど食べ終わった頃に、ミアベラとヴィートが、アークイラ亭の、居住空間に繋がる扉から出てきた。


「おにいさま!」


 ヴィートは駆け寄って来たが、途中で足を止めた。


「汗くさいです……」

「ごめんって……風呂入るから」

「それならわたしも入ります」


* * *


 風呂上がりに、どうして世の中の服はタオルでてきていないのか、という旨のことを言ってタオルを纏ったままのヴィートに服を着せて、ご飯にありつく。

 ヴィートも先程まで寝ていて朝ごはんを食べていないので、一緒に食べる。


 トマトと、ビッグブルーホーンシープの肉に、削ったチーズを乗せたパスタが、皿いっぱいに盛られている。

 ヒツジ系の魔物には、羊と同様の独特の臭みがあるが、サムエレさんは下処理が丁寧で、羊肉のおいしさに変えている。

 トマトの酸味と、チーズの香りやまろやかさが、とてもよく合う。


 うまい……!


 お客さんが少ない時間帯なので、サムエレさんは厨房から出ており、何故か俺の目の前に座って俺とヴィートが食べているのをジッと見ている。


「おかわりは」

「迷惑じゃなければ、ほしい」


 こんもりと山の形になったパスタが置かれる。チーズも再び削ってかけてくれている。


 うまい!

 うますぎて、皿が空になるのが早い……。なぜお腹が空いているとどんな食べ物でも飲み物のようになくなっていくのか。

 でも、もういよいよ食べすぎている。迷惑をかけてしまう。

 ただでさえ、仕事終わりに手伝いをするという約束で、飯代をまけてもらって、その日の中で残ったご飯までもらっているというのに。


 帰り道に飲み物と食べ物を買って、携帯食料のビスケット以外も食べながら帰るべきだった……。そこまで頭が回らなかった。


 サムエレさんは、俺の前にある、空になった皿をスッと取る。


「盛る」

「いや、そろそろ、お腹いっぱいだから――」

「遠慮するな」

「え」


 サムエレさんは、スタスタと厨房に向かう。


 なんで満腹じゃないとわかるんだ……?


「おにいさまは嘘が下手です。全て顔に出ています」


 1杯めのパスタを味わっているヴィートから、そう言われた。


「おいしそうに食べていたのにお皿が空になったらとても悲しそうな顔をしていました」

「そ、そんなに顔に出てたのか?」

「はい」


 無意識だった……。サムエレさんが来て、皿を目の前に置いてくれた。


「まだある」

「あ、ありがとう……」


 また山になったパスタに心が躍る。


 うまい!


 サムエレさんは、座って俺とヴィートが食べているのを見ていた。



 さらにもう1杯を追加してもらってしまい、4杯目を食べている途中で、まばらではあるが客が増えてきた。ランチタイムの始まりだ。


 サムエレさんは、厨房に戻っていった。ヴィートは、人が増えてきたら急いで食べ終えて、俺が泊まっている部屋に逃げた。


「あのパスタって頼めるかね?」と、入ってきた食事客の多くが、俺が食べているのと同じパスタを注文した。

 ランチメニューに書いてある『本日のパスタ』は、このパスタなので、ミアベラは「はい!」と、よく通る声で元気に返事をしていた。


 おいしいご飯で腹が満たされた。とてもありがたいことだ。

 皿を片付けに行ったときに、サムエレさんに、沢山用意してくれたことにお礼を言って、沢山食べてしまったことを謝っておいた。


 この後、俺は、ヴィートにリクエストされて本の音読をし、珍しく昼寝をするために横になった。

 ヴィートはタオルケットにくるまって、俺にくっついて、そしてスッと眠った。



 でも、いいのか、グダグダしていて……。

 昨日の宿泊訓練ので手伝えなかった分、今日、アークイラ亭の手伝いをするべきじゃないか?


 そう思って起き上がろうかとしたときに、ふと寝転がったまま腕にくっついているヴィートが「んぅ……?」と重いまぶたでこちらを見た。


「ごめん、起こして」


 タオルケットから出ている頭をなでたら、俺の腕に頭を埋めるようにして寝直した。


 いいか、このまま昼寝してしまおう。

勝手に質問コーナー

Q.途中で出てきた、『モルト・ルバート』って何ですか?

A.レオポルドが乗っている馬の名前です。格好良い名前ですが牝馬です。主にルバートと呼ばれ、モルトは省略されがちです。気難しく、レオポルドしか背中に乗せません。

ちなみに、オノフリオの乗っている馬はトルティーナ(牝馬)、ガインカルロの乗っている馬はグロリアーレ(牡馬)です。トルティーナはいたずら好きの物怖じしにくい馬で、グロリアーレは走ることが好きなスタミナのある馬です。

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