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第36話 宿泊訓練①

明けましておめでとうございます。

資格試験の勉強をしていたら随分と期間が空いてしまいました。お待たせしました。

4月くらいに更新したような気がすると思っていたら、前回の更新が2月だったのでたまげました。

 レオポルド様が帰ってきてから数日が経ったある日の終業間際、連絡事項を分隊長が告げる。


「忘れている者はいないと思うが、以前にも告知した通り、明日は宿泊訓練だ。訓練後はアダルベルト公園に移動するため、誤って帰宅しないように!」 


 わ、忘れてた……。そうだった……。


「公園では、炊き出しの練習をする。今回は、有事の市民の腹の空き具合を体感しておくために、携帯食料は、夜のうちには配らない。なお、調味料の持ち込みは許可するが、それ以外の食料の持ち込みは認めない! そのつもりでいるように! 解散!」 


 皆が「はい!」と返事をして、分隊長のドゥランさんが去るのを待つ。


 分隊長が立ち去ると、皆、口々に

「豆かカボチャか米だろ。調理の難易度と調理時間的には米が来てほしい」

とか、

「もう少し塩、増やしてほしいよな。薄味どころじゃない」

「塩は領主様の専売特許なんだから普通に出し渋りするだろ」

とか、

「よし、今日のうちにうまいもん食い溜めしておこうぜ」

などと言う。


 携帯食料は、本来、有事の際には衛兵に支給される、5枚入りのビスケットだ。食べると口の中の水分がなくなる。毎日食べられるようにシンプルな薄い塩味になっている。

 しかし宿泊訓練の何年かに一回は、今回のように衛兵にも敢えて配らない年があるようだ。噂では聞いていた。

 俺はいつも、携帯食料有りでも足りていない。とても心配だ。


 マテオが俺に話しかけてくる。


「異動してから初の宿泊訓練だな!!」

「ああ、そうだな」

「アークイラ亭の人たちには伝え漏れていないか!?」

「伝えそびれてるから、帰ったら伝える。マテオは、今日はアークイラ亭、寄って――」

「勿論だ!! カルボナーラを食べる!!」

「それなら早く行くぞ。なくなるからな」 


 フェルララ周辺は、魔物が非常に強く、自分で獲りにいける人でなければ魔物肉が手に入らない。ルビーベアステーキ店などの魔物肉を扱っているところは、お店の中に戦える人がいるのだ。強い人を雇うにはかなりのお金がかかるので、大衆向けに魔物肉を提供するのは難しくなる。逆に、狩りに行けるなら、肉を買う必要がなくなるので、割安で提供できる。

 しかし、レオポルド様が帰ってくる夏と冬だけは、多くの魔物肉が肉屋に卸される。レオポルド様の側にいた衛兵が相当強いだろうし、近くにいた神官の少年も魔法が使える。魔物を倒す上で有利なのだろう。

 町中が、軽く魔物肉祭りのような状態になり、市場でも魔物肉の串焼きなどが売られる。

 アークイラ亭でも、イノシシ系の魔物肉を、数日間、塩漬けにして熟成させて、それを使ったカルボナーラを期間限定メニューとして提供している。これがとてもおいしくて人気がある。アークイラ亭を手伝っていると、いつも途中で今日の分が終わってしまう。

 このカルボナーラは、オリアーナさんの好物でもあり、この時期は朝ごはんとしてサムエレさんが頻度高めに作ってくれる。

 ちなみに、辛さを好みに合わせられるように、塩漬け熟成肉の味付けを例年と変えたそうだ。アクセントとして使っていた香辛料から、辛味があるものを極力減らして香りの良いものを多くしたとサムエレさんは話していた。味見させてもらったら確かにいつもよりも香り高かった。ヴィートは好きも嫌いも言わないのだが、ピリ辛くらいの物でも食べる手が段々遅くなり、涙目になるので、主にヴィートのために変えたのだと思う。




 アークイラ亭に着いた。

 扉を開けると、ミアベラが、弾けるような笑顔で迎えてくれて、こちらも元気がもらえる。


「フレッド、おかえり! マテオさん、いらっしゃいませ!」

「ただいま、ミア。明日、宿泊訓練だった……」

「そうだったの!?」

「ああ……。伝えるの、遅くてごめん……」

「いいよ、気にしないで! 宿泊訓練なんだ〜……ちょっと寂しいな〜……。

 あ、今ね、ヴィーちゃんをお部屋に送ってきたばかりなの。荷物を置きに行くときにまだ起きていたら、ヴィーちゃんにも宿泊訓練だって伝えてあげてね」

「わかった」

「ヴィートくんはよく寝るのか!!?」

「はい! お布団の中と寝ることが好きみたいです!

 私が小さいときはヴィーちゃんほどお昼寝をしなかったのもあって、しばらくはお母さんもお父さんもヴィーちゃんが眠り過ぎてないか心配してたかな……。でも、起きていると元気いっぱいで、ご飯もちゃんと食べてるから、眠って頭の中を整理してるのかなって話してます!」

「ヴィートくんの頭の良さは、睡眠が秘訣か!!」

「多分そうです!」

「よく育ちそうだ!!」

「マテオさんは、今日は、カルボナーラにしますか?」

「まだ今日の分は有るだろうか!!」

「あります! こちらへどうぞ」

 マテオは、ミアベラに案内されて食事処に入っていった。




 俺は階段を上り、端まで歩き、部屋のドアを開ける。

 ヴィートはドアの近くまで来て、待機していた。開ける前から、来るのがわかっていたのだろうか。


「おにいさま! おかえりなさいませ」

「ヴィー、ただいま」


 俺が靴を脱いで木の床に上がると、ヴィートは脚にくっつく。


「ヴィー、伝えるの忘れてたっていうか……あるって事を忘れてたんだけど、明日は、宿泊訓練だったんだ。帰ってこられない。ごめん!」


 ヴィートは目を瞬いた後に、しゅん、と悲しい顔をする。


「いつお戻りになりますか?」

「明後日の昼には帰ってくるぞ」

「本当ですか? もし遅くなるなら1日ほど余裕を見て教えてください」

「大丈夫だぞ。宿泊訓練は一泊するだけだから、何日も泊まることはできないんだ。ちゃんと帰される。多分、昼前には戻ってこられると思うけど、何かで長引いても、昼にはアークイラ亭に戻ってくるぞ」


 ヴィートは頷いた。

 止めるでもワガママを言うでもなく、『何を言ってもその予定はなくならないだろう』という諦めの顔で、聞き分け良くしているのが、心苦しくなる。


 確かにどうにも動かせる予定ではないので、仕方がないが……可哀想だ。


「ごめんな。宿泊訓練の予定はずらせないけど、せめてもう少し早く伝えていれば、心の準備ができたかもしれないよな……。本当に、ごめん」

「……衛兵さまはお家を空けることが多くて忙しくて外せない用事の多いお仕事です。わかっています」


 そう言った数秒後、ヴィートは涙ぐみ、めそめそと小さく泣き出してしまった。

 ハンカチをポケットから取り出そうとして、今日はハンカチを忘れたことを思い出した俺は、慌てて洗面所からフェイスタオルを取ってきた。


「ごめんな……」


 フェイスタオルで、ヴィートの涙を拭う。


 うっ可哀想……。悪いことしたな……。



 俺は、ヴィートが落ち着くまで頭を撫でて、寝付くまでそばに居た。

 それから、アークイラ亭の手伝いをした。



* * *


 次の日、俺は出勤のために、アークイラ亭の正面玄関の扉を開けて外に出る。

 見送るためにミアベラとヴィートが出てきてくれた。

 しかし……。


「……」

「ヴィーちゃん?」

「送り出したくありません……」


 ヴィートは、朝からずっといじけた表情をしている。


「あ、あはは……そうだよね。私もちょっぴり寂しいもん」

「おねえさまもですか?」

「うん! だから、こういう時は『早く帰ってきてね』って言おう?」


 ヴィートは、頷いた。


「フレッド、早く帰ってきてね」

「おにいさま、早く帰ってきてください」

「ああ!」


 思わずヴィートとミアベラの頭を撫でる。 珍しく、ミアベラが、じとーっと見つめてきた。


「子ども扱いしてるでしょ〜?」

「……あ」


 そうだった。子ども扱いされていないか、気になる年頃だ。つい、最初に会ったときの印象を引きずってしまう。


「私、あと3ヶ月ちょっとで誕生日だよ? 大人なんだよ?」

「わ、わかってる。前はよく撫でてたから……ごめん……。子ども扱いしてるんじゃなくて、俺がミアの成長についていけてないんだ。ごめん……」


 反省しなくては。


「あ、あの……お誕生日は、贈り物の日ですよね。どうしましょう、おねえさまのお誕生日の贈り物のことを考えずにアークイラ亭にお金を貸してしまいました……」


 ミアベラの横でヴィートが、少し焦っていた。


 そういえば、部屋に置いていた、大きな銀貨袋がなくなっていた。


「ペルリタさんたちからもらったアイデア料、アークイラ亭に貸したのか?」

「はい。備品が足りないお部屋と蛇口をひねると望んでいないところからお水が出るお部屋と、値上がりし始めた魔石の買い足しに使ってもらいました。代わりに14日に1回、銅貨1枚をお小遣いでもらう約束です」

「俺の知ってるお小遣いじゃない……」


 金貸し業の利息というやつだ。


「ヴィーちゃん、プレゼントは気持ちだけでいいよ」

「ですけど、15歳ならより特別な記念日です。大切な日です。何か考えて用意します」

「ありがとう、無理しないでね。

 それとね、実はね、ヴィーちゃんの誕生日の方が1か月くらい早いよ」

「へ? ……いつでした?」

「10月の5日だよ! お祝いしようね!」

「会った日から半年前に3歳になったってことにしたんだ。オリアーナさんと話したら、『昨日』か『それ以前』かの区別がしっかりつけられているなら、3歳になってからしばらく経っているかもしれないって教えてもらったから」

「そうですか。わたしは会った日に4歳にしてくれても良かったのですけど」

「なるべく正しい方がいいぞ……」

「ヴィーちゃん、欲しいもの、考えておいてね!」

「へ……? 欲しいものを聞くのですか。わかりました。考えておきます」


 不思議そうに首を傾げながら、ヴィートは頷いた。


「フレッド、そろそろ時間がなくなっちゃうかも!」


 ミアベラが急かしてくれる。


「まずい! 行ってくる!」

「いってらしゃ〜い!」

「なるべく眠って待っています」


 ミアベラはブンブンと腕を振って、ヴィートはひらひらと小さく片手を振って送り出してくれた。


 俺は職場へ向かった。



* * *



 終業の鐘が鳴り、衛兵は、調理班、備蓄品受領班に分かれる。

 調理班は、直接、閉園後のアダルベルト公園へ。備蓄品受領班は、直接、各々指定された備蓄食料品を取りに行ってから、アダルベルト公園へ向かい、敷布などの備品を取って、調理班と合流する。


 アダルベルト公園は、普段はカップルから子供連れまで幅広い層に人気な広い公園だ。

 石畳と銅像と花の庭園ゾーン、季節ごとに花を入れ替える花畑ゾーン、遊具ゾーン、駆け回って遊べる草原ゾーン、場所を取って落ち着ける木影の草原ゾーン、火を使った調理ができる草原ゾーンがある。

 調理ができる草原ゾーンは、普段は焼き肉などができる。非常時にはこの公園のほぼ全域が避難所になる。


 調理班は、調理器具と火起こしの道具と炭と皿などを管理小屋の中から運び出し、道具の点検をしてから、井戸で水を汲み、調理場で火にかける。お湯を沸かして、調理器具や皿やコップなどを消毒する。


 備蓄品受領班が来たら、今日の炊き出し練習はカボチャだった。


 調理班は、カボチャを切り始める。


 「ちょ、おまっマテオちょっと待てよっ!」


 丸ごとカボチャに、包丁の刃先を入れようとして、ボスコに止められるマテオ。


 ボスコは、同じ階級の先輩である。俺がアークイラ亭を勧めた人たちの中で唯一、アークイラ亭にほぼ来ない。理由は単純だ。ボスコは、彼女がいて同棲している、いわば勝ち組だからである。彼女の手作りご飯が待っているので、真っ直ぐ帰るのだ。


 俺には、縁のない世界の話だ。……悲しくなってきた。お腹が空いているからかもしれない。


「刃先から入れようとすると抜けなくなって危ないぞ……。ヘタを避けて、包丁全体で切るんだ」

「そうか!! 知らなかった!!」

「フレッドは……できてんじゃん」

「昔、ばあちゃんの手伝いしてたから」

「偉っ」

「いや、俺なんか全然偉くな――」


 あ。ヴィートに言われてから、誰かが良いと思ってくれたことを否定してしまうのは、やめようと思っているんだった。


「えー……ボスコは、屋台の手伝いでできるようになってるんだ。人のこと言えないくらい偉いだろ」

「まーな」


 なるほど、そういう返しも有りなのか。


「抜けなくなった! ボスコ、助けてくれ怖い!」

「はいはい」


 他の調理班の人に呼ばれて、ボスコは助けにいった。


 俺たち調理班は悲鳴半分で調理し、分隊長は救急箱を持ったまま、それを監督している。



 カボチャを切り終わり、大きめな赤い土鍋に水とカボチャを入れて火にかけ、沸騰させた。


 分隊長の説明をメモした羊皮紙の切れ端を見る。沸騰したら火から外すのか。去年の豆の時もそうだった気がする。


「ボスコ、もう火から外すぞ!」

「わかった! じゃあ次、飲み水! マテオ!」


 支給分の燃料で煮沸消毒できた水だけが飲み水となるため、死活問題だ。


「水を入れて来た!! こちらは金属鍋で良かったか!!」

「大丈夫だ」


 マテオは、ドン、と火を炊いた台に置く。

 重そうだ。





 日が延びる夏に、火のそばで、暑いやら熱いやら。汗だくになりながらも、無事にカボチャのスープと飲み水ができた。


 ボスコは、煮沸消毒した小さな椀に、なるべく等しくなるように盛る。


「並んで順番に受け取りに来いよ」


 アダルベルト公園の調理スペースは、周辺に椅子や机がいっぱいあるので、皆、スープを取って好きな席に座る。


「ボスコの分、机に置いておくぞ」

「サンキュー、フレッド!」


 懐から各々、調味料を取り出し、かけて食べ始める。


 小さな椀に入った3片のカボチャ。

 俺は、塩と砂糖と胡椒とハーブミックスを持ってきたが、とりあえず何もかけなくていい。塩味はとても薄いので、スープらしく食べるなら塩を入れるといいのだが、カボチャのスープは、カボチャが少し溶け出してて、後から足さなくても甘みが付いているようなものだ。

 おいしい。

 炊き出しの内容が米や豆の時は、調味料があった方が圧倒的においしい。

 あっという間に椀は空になる。


 しかし、満腹とは程遠い。全員がそういう顔をしている。そんな腹の状態だが、片付けするしかない。



 片付けは備蓄品受領班が行い、調理班は夜風で涼んで休憩する。


 俺は、暑さよりも空腹でうなだれていた。足りない……。しかし仕方がない。


 ぐぅぅ……ぐーきゅるるるる……。


 腹が鳴った。


「食べたばかりだろっ! 足りないのはわかるけど」


 ボスコにそう言われる。


「ああ……」


 これでも昼は多めに食べて、見回り中も色々と買って食べておいたのだ。


「明らかに元気がない!!」

「なんか、見てて哀れなんだけど。携帯食料のビスケット、水無しで何枚いけそう?」


 口がカラカラになるビスケットが、恋しい。


「5枚……」

「全部だな!!」

「そうだ、砂糖舐めとくか……」


 ああ甘い……。この小瓶の量だと、一瞬で無くなりそうだ……。正直、呷りたい。


「限界じゃん……」

「相当に空腹だな!! 非常時が心配だ!! フレッドは、何か持ち歩いておいた方がいい!!」

「そうだな……」

「明日、携帯食料貰ったら帰り道にでも食べれば……無理じゃん。水分なしでいけないしポロポロするから無理だ。歩きながら食べれないじゃん。いざという時のためにカバンに入れといて、別のもの買って食べた方がいいか」

「確かに……」


 おぼろげに、誰かが何かを思いついたような気がする……?

 なんだそれ……気のせいだよな……。

 空腹でおかしくなったのだろうか。


 その時、のんびりとした口調で誰かが言った。


「へー! いいことを聞いてしまったかも」


 マテオとボスコの座る席のさらに奥から、ひょこっと顔を覗かせた人物がいた。その人は――。



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