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第34話 コートと振り返り

「もうすぐレオポルド様がこの町に帰ってくるそうね」

「ああ。今年も交通整理に駆り出されるんだ」

「レオポルド様は人気だものね」


 正面玄関から入ってすぐ脇のところ、受付台の傍で、オリアーナさんと俺が話している。

 ヴィートもこの場にいるが、オリアーナさんにべったりで、抱きついて話を聞いている。


「ヴィート君、レオポルド様はね、領主のウベルト様の弟なのよ」


 ヴィートはオリアーナさんを見上げて「そうなのですか」とだけ言った。

 興味があるのかないのか……。多分ないのだろう。


 そういえば、8月になったのだが……何か……何か、やらないといけないことを忘れている気がする。

 何だっけ……?


 俺が思い出そうと頭を捻っているちょうどその時、玄関の扉が開き、扉に吊るされたベルがカランカランと鳴る。


 50代後半から60代前半くらいのおっちゃん、クリーニング屋のロレンツォさんがアークイラ亭に来た。

 ロレンツォさんは、綺麗に畳まれたブラウンの革のコートを持っている。


「やあ、オリアーナちゃん、フレッド。

 オリアーナちゃんは相変わらず美人だね」

「相変わらずロレンツォさんもお上手ね。

 今日はどうしたのかしら?」


 オリアーナさんはロレンツォさんの言葉を受け流して本題へ誘導する。


「そうそう、今日はこいつを届けにきたんだ。

 フレッド、このコートだが、仕上がりから90日までしか保存しないよって言ったのを、お前さん忘れていただろう?」

「あ!」


 すっかり忘れてた!

 ロレンツォさんが持ってるのは、ヴィートのコートだ!

 ロレンツォさんにクリーニングを頼む前にある程度拭き取ったのだが、もっと灰色がかった茶色だった気がする。


「ありがとう……ロレンツォさん」

「ま、いいってことよ。お前さんには孫の物探しをしてもらった恩もあることだし。

 それにしても、リージのコートなんてすごいよ。バザーかフリーマーケットかい?

 いいものを見つけたねえ」

「リージのコート? え、これ、リージのコートなのか!?」


 リージと言えば、革の服のブランドだ。貴族とかお金持ちとかがジャケットやコートなどをオーダーメイドで仕立て店として有名だ。

 俺もフェルララに来る前から『革のリージ』って名前を聞いたことはあった。


「そうだよ。知らなかったのかい?」


 俺が知らなかったことにロレンツォさんは驚いたらしい。目を丸くしていた。


「全然知らなかった……」

「リージはオーダーメイドで一人ひとりの体型に合わせて作るから、格好良く着られるのは持ち主だけだ。

 とは言っても似た体型であれば例外だ。

 体型に合ってるのを手に入れたんだろ? ツイてるじゃないか。

 20年くらい前の物だね。撥水と保温の付与魔法がかけられていたよ。リージのコートの中でもランクが上の品物だ。今はもっと強力な付与魔法もかけられるようになっているけど、これは当時の最先端だよ。

 何をしたらあんなに砂埃まみれになるのか不思議でならなかったけど、ともかくキレイにしといたからね。大切に着てやんな」


 ロレンツォさんは、このコートを俺のものだと思っているようだ。

 訂正すべきか迷い、ヴィートを見る。

 ヴィートはいつの間にかオリアーナさんのスカートの後ろに隠れつつ、何とも言えない複雑な表情をしていた。

 何をしたらあんなに砂埃まみれになるのか、という答えは、外でそのコートを着たまま生活をしていたらそうなる、なのだ。


 ロレンツォさんには悪いが、フリーマーケットかどこかで見つけたと思っておいてもらおう。


「ところで、その子は?」


 ロレンツォさんは、オリアーナさんに隠れているヴィートを見て聞いた。


「息子のヴィートよ。ヴィート君、ご挨拶できる?」


 ヴィートは笑顔を作ってから、オリアーナさんの後ろから出る。


「ヴィート・アークイラです。よろしくお願いします」


 そう言ってヴィートは一礼する。


 ロレンツォさんは、ヴィートとオリアーナさんを見て、多少、事情があることを察したのだろう。

「はー、なるほど」と深く頷き、続ける。


「おっちゃんはロレンツォだ。よろしく頼むよ。サムエレが青二才の頃から顔なじみなんだ。

 ヴィート君は端正な顔立ちだね」


 ヴィートはオリアーナさんを見上げる。


「美人なおかあさまに似たようです」

「あら嬉しい」


 もちろん、オリアーナさんとヴィートに血のつながりはないので、これは冗談混じりにオリアーナさんを褒めている。


 ロレンツォさんは「こりゃ利発そうな子だ」と呟いた。


 それからしばらくの世間話の後、ロレンツォさんはご機嫌で帰った。




 ヴィートは俺に尋ねる。


「りーじとは何ですか?」


 コートの持ち主であるヴィートは、リージというブランドを知らなかったらしい。


「それは革の服のブランドで――」


 かくかく云々、説明した。

 ヴィートはブランド品であることを理解してくれたようだ。


「その上着はわたしのものではありません。詳しいことは知りませんでした」


 ヴィートはそう言いながら歩き出す。


「ヴィーのじゃないなら、誰のなんだ?」


 俺がそう聞くと、ヴィートは食事処への入り口で立ち止まってこちらを振り返る。


「亡くなった人のものです」


 俺とオリアーナさんが驚いてポカンとしていると、ヴィートはクスクスと笑って食事処に行ってしまった。


 俺とオリアーナさんの戸惑いと驚きの声がその場に残された。


 どういう意味なのかを掴みかね、あとでヴィートに聞いてみたところ、ヴィートが言った『亡くなった人のもの』というのは、墓荒らしをしたとかではなく、死期を悟った人から預けられた物だそうだ。

 好きに使っていいと言われたらしい。

 一応、返したければ、コートの持ち主の子の1人に返せば良いものの、いつまでに返すかは決められていない。その上、現在この町にいない。

 そうヴィートは語った。



***



 その日の昼下がり。 ランチタイムの終わりで客入りも落ち着いた頃、ヴィートとミアベラが受付台にやって来る。


「8月になったから、お泊まり女子会プランが終わったよね。

 また何か新しい企画を考えたいな〜」

「そういえば、チェルソーさんに、ファミリー向けのプランはないのか聞かれたぞ」

「ファミリー向けもいいよね!」

「おねえさま、次の企画を考えるのも大切ですが、その前にお泊まり女子会企画を振り返りませんか?

 こちらのご意見箱を開けてみたいです」

「うん! そうだね」


 ミアベラは元気よく頷く。


 ご意見箱とは、ヴィートの提案で、お泊まり女子会プランの開始とほとんど同時に、受付台に設置された木箱である。フタには紙を入れられるだけの穴がある。


 ミアベラはフタを開けて、箱から中身を取り出す。

 数枚の羊皮紙の端切れが入っていた。

 ミアベラはそれを読み上げる。


「え〜っと……

『プリンかわいくて美味しかった』、

『チェックアウト時間をもっと後にしてほしい』、

『お酒の方のプランを取りました。お酒はおいしかったのですが、お菓子のプランじゃないとお菓子は食べられなかったのでそれが残念でした』、

だって」

「そうですか。プリンの感想は、後でおとうさまにお伝えするとして、課題は残りの意見ですね」

「チェックアウトの時間に希望があった人は、ここに書いてくれた人以外にもいると思うよ。

 何人か、『もっと長くいたかったな』って話してたお客さんがいたの」


 現在、アークイラ亭のチェックアウト時刻は11時だ。


 ヴィートは考えてからミアベラに話す。


「同じ意見の人が多いものと、優先した方がいいものから取り入れると、かゆいところに手が届くのではないでしょうか」

「そっか〜。優先した方がいいものってどんなものなのかな?」

「この中にはありませんが、例えば『洗濯物が返ってきませんでした』や『鍵が壊れていて扉が閉められません』というような、アークイラ亭の、お宿としての評判に傷が付きそうなものです。

 こういうものは1件しか出ていなくても、すぐに対応しないとお客さまが離れてしまいます」

「確かにそうだね……。多くの人が思っている『こうだったらいいな』と、『これは困る』を改善すればいいんだね」


 ヴィートは首肯した。


 ミアベラは考える。


「チェックアウトの時間を、う〜ん……15時にずらす?

 15時だと、もしその部屋をその日のうちに別の人に貸し出すことになっても準備は間に合うよ」

「『長くいたい』なら、チェックインも早くできるようにしたらいいんじゃないか?」

「おにいさまの案もいいですね」

「そうだね!

 そうしたら……チェックインは17時からだったけど、15時からできるようにしてみる。

 言われてみれば、お菓子を食べるプランがあるから、おやつの時間には入れた方がいいよね!」

「そうするとまるまる1日をここで過ごせますね。

 すごくいいと思います。さすがはおねえさまです」

「えへへ……そうかな?」


 ミアベラが笑顔になる。



 俺は、ミアベラとヴィートがアークイラ亭のお客さんを増やそうと画策している場面を幾度か見てきた。その中で気になったことを聞いてみることにした。


「ヴィーはアークイラ亭の施策を、基本的にミアに考えてもらってるよな。 どうしてなんだ?」


 方向性やアイデアになりそうな断片は出すものの、具体的な考えはミアベラに任せていることが多い。

 しかし、ペルリタさんには具体的なアイデアを売り込んでいたし、お泊まり女子会の広告を作ることも考えていた。

 ヴィートは、具体的な手段を考えつかないわけではないのだ。


「おねえさまが考え出したものは、わたしが考えたものとは違うからです。

 おねえさまが考えたものを土台にして、わたしやおにいさまが思いついたものを乗せたら、わたしだけで考えたものよりいいものができると思います。

 こうしたらいい、とわたしが頭から言ったらそれ止まりになりませんか?」

「確かになるかもしれないな……」


 ミアベラはしゃがんでヴィートの頭を撫でる。


「ヴィーちゃんは、アークイラ亭のこと、沢山考えてくれてるんだよね! とってもえらいね! ありがとう!」


 ヴィートは顔を手で隠すが、表情を見れば嬉しそうにしているのはすぐにわかる。


 見ていると思わず頬が緩む。

ご覧いただきありがとうございます。

すっかり葡萄がおいしい季節になってしまいました。おかしい。少し前に作品内の季節と現実の季節が重なったばかりだったのに。

それはそれとして今の季節、葡萄が香り高くて甘くておいしいです。食べながら後書きを書いています。

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