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第30話 小さなお客様

いつもご覧いただきありがとうございます。

今回もよろしくお願いします。

 7月の中旬。

 ミアベラ考案の女子会プランを開始して2週間近く経った休日。

 そこら中からミーンミーンとセミの声がする、暑い季節だ。


 10時頃。

 気温が上がる前に本を買いに行こうと、ヴィートと一緒に、1階へ向かって階段を下っていたとき。


「あー! いたー!」


 遭遇した小さな女の子がヴィートを見て叫んだ。 その子の背丈は、ヴィートよりも10センチほど高い。


 ヴィートと俺を除くと、その場にいたのは、大人の女の人2人と小さな女の子1人だった。


 この人たちは、アークイラ亭の宿泊客だ。

 女子会プランを利用して昨日今日で泊まっている。

 女の人2人は20代くらいに見える。友達同士だろう。

 そして片方の女の人と女の子は手をつないでいる。おそらく親子だ。


「ルーちゃん、その子のこと探してたの?」

「うん!」


 大きな声を出されたからなのか、女の人と女の子が手をつないでいるのを見たからなのか、ヴィートは一瞬だけぎょっとした。

 しかし、すぐに笑顔を浮かべ直した。


 女の子の手を握っている女の人は、俺に説明してくれる。


「昨日、ここにきたときにその子を見かけて、その子が手を振ってくれたんだよ。

 うちの子はそれが嬉しかったみたいで、お話したい、遊びたい、探しに行くって言って聞かなくって。

 帰る前に探すことにしたんだ」

「そうだったのか……」


 正直、ヴィートが手を振ったのは意外だ。

 人当たりの良さそうな笑顔を浮かべているが、基本的に他者への警戒心が強いから。


 女の子は、女の人から手を離して、ヴィートの近くまで来た。

 そして嬉しそうにヴィートへと話しかけた。


「ねえ、ねえ、だあれ?」


 ヴィートは、温かな笑みを浮かべる。


「ヴィートです。あなたのお名前は何ですか?」

「ルーちゃんは、ルチア! ヴィートちゃん、きらきら。ほうせきみたい」


 そして、ルチアちゃんは俺を見上げた。


「ヴィートちゃんのパパ?」


 俺の横で、ヴィートはくすくすと笑った。


「違いますよ。おにいさまです」

「おにい『さま』……!?」

「はい」


 ルチアちゃんは何やら衝撃を受けていて、ヴィートは不思議そうに首を傾げる。


「あの、ルチアさま、どうしたのですか?」

「ルチア『さま』……!」


 ルチアちゃんは、あわわ、という効果音が付きそうな、驚きと嬉しさを混ぜ合わせた表情をする。


「ルーちゃん、プリンセスだけど、ヴィートちゃんもプリンセス」

「ぷりんせすとは、何ですか?」


 ヴィートは首を傾げて、ルチアちゃんに尋ねた。


「プリンセス、しらないの? プリンセスはね、きらきらで、きれいなドレスで、おうじさまとキスするの! やさしくて、どうぶつさんとなかよし!」


 ヴィートは指を折り、ルチアちゃんが言ったことをヴィートなりに整理して声に出す。


「きらびやかな服と飾りを纏っていて、王家の直系に出会う機会があるほど生まれが良くて、心がきれいで、生き物にも好かれる人なのですか」


 ヴィートは、数秒間、笑顔のままで黙った。


 おそらくヴィートの頭の中では現実的な考えだけが駆け巡っているのだろう。

 しかし、ヴィートは、夢のないことは言わないであげた。


「そうなのですか。

 わたしは1つも当てはまらないので、ぷりんせすではないと思います」

「プリンセスなの!」


 プリンセスか……。単語だけなら、姫という意味だから、ヴィートは性別からして違う。


 そう考えていると、さっきまでルチアちゃんと手をつないでいた女の人、おそらくルチアちゃんの母親が口を開いた。


「ルチアが言ってるプリンセスは、お姫さまっていうより、童話に出てくる美しくてかわいい女の子のことだよ」


 やはり、女の子のことだよな……。


「……ヴィーは、男なんだ」


 俺がそう言ったら、女の人は3秒くらい動きが止まった。


「男の子だったんだ。女の子だと思ってた。ごめんなさい。

 ヴィートくん、ごめんね。

 ヴィートくんが丁寧な言葉遣いだったから、ルチアは素敵って言いたかったんだよ」


 ヴィートは頷いた。

 ヴィートは訂正する気もなかったが、気にしてもいない。


 ルチアちゃんは、俺に名前を聞いてくる。


「ヴィートちゃんの、おにーさまは、だあれ?」

「俺はフレッドだ」

「ルーちゃんは、ルチア! よんさい! よろしくね」


 ルチアちゃんは、俺にも自己紹介してくれた。


「ああ、よろしくな」


 ルチアちゃんの母親と思われる女の人も自己紹介してくれる。


「ヴィートくん、フレッドくん、よろしくね。 私はペルリタ。ルチアのママだよ。アクセサリーを作ってる」

「よろしく。俺の職業は衛兵だ。 アークイラ亭に泊まってて、手が足りないときとかに手伝いもしてるんだ」


 ペルリタさんの友人の女の人も、自己紹介してくれる。


「私はノーラ。貸衣装屋をしているの。

 私の店もペルリタの店も、大聖堂のアーケードにお店があるから、近くに来たら立ち寄って」

「大聖堂か。通ったことはあるけど店に入ったことなかったな。

 今度寄ってみる」


 ルチアちゃんが、今度はヴィートの目の前で大きな声を上げた。


「あー! ネックレス! ルーちゃんとママとおそろい!」


 ヴィートは驚いて固まっている。


 ルチアちゃんは、ヴィートの首元を指差していた。


 ヴィートの首元には、平たく細長い紅色の布地が見えている。これは、ヴィートが首から下げている物のリボンの紐だ。下げている物自体は服の下に入れている。


 ルチアちゃんは、濃いピンク、ピンク、薄ピンクの石でできた6ミリくらいのハートが3つ連なったネックレスをしている。


 ペルリタさんは、胸元と耳元に白い真珠を1粒用いたアクセサリーを身につけている。


 首元に何か着けているという点は共通していた。


 ペルリタさんは、ルチアちゃんの発言に激しく反応した。迫るようにヴィートに近づく。


「え、ネックレス!? ヴィートくん、それはネックレスなの!?」


 ヴィートは、ペルリタさんの食いつき方を怖がり、3歩くらい後ろに下がってから俺の後ろに隠れた。


 ペルリタさんは、ノーラさんから軽く肩を叩かれた。


「こーら、怖がってるよ」

「あ。ごめんねヴィートくん」


 ペルリタさんは我に返ったのか、慌ててヴィートに謝った。


 ヴィートは俺の脚の横から、片目だけを覗かせて、小さく「いえ……」と言った。


 ノーラさんが、俺に向けて説明してくれた。


「ペルリタはね、アクセサリーを着けてる子を見つけたらおかしくなるの。

 あまり気にしないで」


 宝石、真珠、金銀プラチナなどの貴金属は高級品で、それをふんだんに使ったアクセサリーはもっと高級品になる。


 貴族の中でもお金のある貴族や、大金持ちのような、ごく一部の人しか手が届かないようなものだ。


 ドレスや特注品といった服を着ているわけではないのに、アクセサリーをつけている人は初めて見たが、俺は納得した。


「ノーラってば、変な人みたいに言わないでよ」

「実際にそうでしょ」

「違うよ! 言い方ひっどーい。

 私はアクセサリーを皆につけてほしいんだもん! 貴族の方が身に着けるものってイメージだし、実際に普通の人がしてるのは……せいぜい、せいぜい……髪を結ぶ紐くらいだから……」


 ペルリタさんは、話の途中から意気消沈していった。

 ノーラさんはペルリタさんの頭を軽く小突く。


「なに自分で言って自分でヘコんでるの」

「ヘコんでないもん。ノーラの気のせいだよ」

「そう言えるくらいは復活したの。息抜きさせに来た甲斐はあったか」

「予約したのは私だけど」

「誘ったのは私だから」


 ペルリタさんとノーラさんは少し言い合う感じの仲の良さなのだろう。

 それが垣間見える会話の横で、ルチアちゃんはヴィートに話しかける。


「ヴィートちゃん、ネックレス、みーせて?」


 ルチアちゃんに聞かれたヴィートは、首から下げた物を見せずに答える。


「これはネックレスではありません」

「なあに?」

「お守りです」


 ルチアちゃんとペルリタさんは「おまもり(お守り)なんだ……」と2人とも残念そうに呟いた。


 ルチアちゃんは、ネックレスでないとヴィートから聞いたからか、違う話に移る。


「ヴィートちゃん、あーそぼ!」


 判断を仰ぐようにヴィートは俺を見上げた。

 俺はヴィートの気持ちを優先したい。


「ヴィーはどうしたい?」

「……遊びたいです」


 ルチアちゃんはヴィートの返事を聞いて「きゃー!」と声をあげて喜んでいた。


 ヴィートは、そのルチアちゃんの様子を見て目を細めた。


 相手も小さい子だから、大人に接するよりも怖くないのかもしれない。


***


 オリアーナさんが開けてくれた広い部屋に移動して、ルチアちゃんとヴィートは遊んだ。

 俺はルチアちゃんとヴィートの様子を近くで見ておいた。

 ペルリタさんとノーラさんには、談笑してもらいつつルチアちゃんを見守ってもらった。



 ルチアちゃんは、持っている本の話をいくつかしてくれた。

 プリンセスごっこと称した、ルチアちゃんがプリンセス役固定の童話の再現のようなごっこ遊びもした。


 俺もヴィートも、良い魔法使いや王子といった主人公の味方側から意地悪な継母とか后とか悪い魔法使いといった敵も任されていた。

 ヴィートが意地悪な継母を振られたときに、「意地悪とはどのくらいなのですか? 『前妻に似ていて憎たらしいですわ。掃除でもしていなさい』と言えばいいのですか?」と、案外ノリ良くというか、妙に奥行きがあるセリフを考えていた。


 配役は揉め事の原因になりやすい気がするのだが、ヴィートは敵役を特に嫌と思わなかったようだ。

 俺は安心した。



 そうして遊んでいると、あっという間にルチアちゃんたちが帰る時間になってしまった。


「ルーちゃん、もう帰るよ」

「もっとあそぶー!」


 ペルリタさんが遊びの終わりを告げるが、ルチアちゃんはまだ遊び足りないようだ。


「チェックアウトの時間が近いから、もうここを出ないと」

「やーだー! あそぶのー!」

「ルーちゃん、帰ったらおやつ食べよう?」

「や〜だ〜の〜!」


 ルチアちゃんはペルリタさんに駄々をこねる。


 ペルリタさんは「帰って本を読むのは? ルーちゃんが好きなの」と言ったが、ルチアちゃんはそれもはねのけて嫌がる。


 ペルリタさんは「どうしよう、どっちも駄目か……」と眉尻を下げて呟いた。


 ルチアちゃんは4歳だ。

 興味があるエピソードや事柄に話が移っていきやすいところも、自分がやりたいことを強く主張するところも、年相応だ。

 傍目で見ているとかわいらしいワガママなのだが、ペルリタさんは困ってしまっている。


 すると突然、ヴィートはルチアちゃんの前まで歩き、頭を下げた。


「ルチアさま。

 本日は舞踏会にご足労いただき、ありがとうございました」


 先ほどまで遊んでいた、ごっこ遊びの1つに、舞踏会が出てくる話があった。

 ルチアちゃんは、その童話を特に気に入っていると話してくれた。


 ヴィートはその話を使おうとしている?


「さあ、ルチアさま、急いでください。

 早く舞踏会を後にしましょう。

 そうしなければ、ルチアさまの着ているすばらしいドレスも、カボチャの馬車も、馬車を引く馬も、全て元に戻ってしまいます」


 ルチアちゃんはハッして、駄々をこねるのをピタリとやめた。


「まほうがとけちゃう! かえらなきゃ!」

「わたしが出口まで案内します。ついてきてください。

 こちらです」


 ヴィートは扉の方へと歩き出す。ルチアちゃんはそれについていく。


 ルチアちゃんたちが部屋の扉や玄関の扉を通る時に、俺は先回りして扉を開けておいた。

 舞踏会の後という設定なので、片手で扉を押さえて、もう片方の手で敬礼をした。

 かしこまり方がこれでいいのかはよくわからなかったが、まあ大丈夫だろう。



 ルチアちゃんは、アークイラ亭の玄関を出てからも背筋を伸ばして歩き、ペルリタさんとノーラさんと共に帰っていった。




 ヴィートが小さい子の扱いに慣れているように感じたので、部屋に戻ってからヴィートに「兄弟とかいたのか?」と聞いてみる。


「どうしてですか?」


 ヴィートはそう尋ねる。


「小さい子と仲良くするのが、得意そうに見えたから」

「そういうことですか。仲のいいおともだちがいました。

 嫌なことがあったときのその人は、床にのたうち回って泣き叫びます」


 暗にルチアちゃんの比ではないと言っている……。


「その子、今は? 会いたいなら探すの手伝うぞ」

「どこで何をしているのか、わたしはよく知りません」

「そうなのか。また会えるといいな」

「……そうですね。また会えたらいいですね」


 ヴィートは笑顔のままそう言ったが、無理だと思っているのか諦めているのか、どことなくそういった含みがあった。

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