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第27話 羊皮紙の端切れ

お待たせしております。お収めください。

 ヴィートに本を買ってきてあげた次の日の朝。

 隊長が来る前の時間。

 俺は貧民街近くの城壁塔に着くと、既に集合していた衛兵たちへ、木箱を持ったマテオが何かを配っていた。



 まだそれなりに距離があるのだが、ここまで声がはっきりと聞こえてくる。



「メモとして使う人がいれば是非持っていってほしい!!」



 白色で拳ほどの大きさの何かを、3人の衛兵が持っていったのが見えた。





 近くまで移動すると、マテオがこちらに気付いて挨拶をしてくれる。



「フレッド、おはよう!! 今日もいい天気だな!!」

「おはよう、マテオ。もう夏だよな」

「これは羊皮紙の端切れだ!! フレッドも1枚どうだろうか!!

 必要があれば是非持っていってほしい!!」



 マテオから差し出された箱には、羊皮紙の端切れがいっぱいに入っていた。

 端切れが出る度にポンポン入れていたのがわかるような詰め方で、何枚あるかはわからない。


「それ、商品じゃないのか? 配って大丈夫なのか?」


 マテオは羊皮紙ギルド長の息子なのだ。家督は一番上の姉が継いでいるらしい。


「商品だ!! しかしこれは俺が買い取ったものだ!! 配っても問題はない!!

 むしろ貰ってくれると助かる!!」

「そうなのか。今日の終わりに余ってたら、残りをもらってもいいか?」

「勿論だ!!」




 羊皮紙の端切れはどうやら需要があまりないらしく、朝からはあまり中身が減らずにその日の終わりになってしまった。

 残った分は、マテオがフタをして箱のままで渡してくれた。


「ありがとう」

「端切れでも品質には自信がある!! 役立ててくれれば嬉しい!!」

「マテオ、これいくらかかるんだ?」

「銅貨18枚だ!!

 俺が買えばギルドメンバー割引で銅貨12枚だ!!」

「割引率がいいんだな。マテオが買うと銅貨12……俺はギルドメンバーじゃないから、18枚か?

 あれ、どっちで払えばいいんだ?」

「お代はいらない!! 是非もらってほしい!!」

「え!? いや、悪いって! ほぼ1箱だから」

「俺の部屋が倉庫にされないためと思って、もらってほしい!!」


 そういえば、最近ずっと仕事終わりも忙しそうだし、よく姉に差し入れを持って帰っている。


「あー……もしかして、在庫のために倉庫整理してるって言ってたやつか?」

「その通りだ!! 人助けだと思って頼む!!」

「いや、でもーー」

「まだ箱単位で沢山ある!!」

「だったら、タダでもらうのはもっと悪いって」

「では、こうしよう!!

 フレッドはこの箱をもらう代わりに、この羊皮紙の端切れの使い道を考えてみてくれないか!!」

「……わかった。考えてみる」

「ついでに、今の時点でこれほどの枚数を何に使う予定か教えてほしい!!」

「アークイラ亭のサムエレさんに引き取られた子、いるだろ?

 その子にあげようと思うんだ。字の練習に使えそうだから」


 マテオはヴィートを見たことがある。最初に見回りをしたときに一緒に発見した。

 発見後は、マテオには先の見回りをお願いしたので、別行動をしているが顛末は話してある。


「元気にしているようだな!! いいことだ!!」

「ああ」


 エネルギーに満ち溢れているという感じではないが、健康だ。




 調べたいことはあるが、今日は両手が塞がっているので、本屋に寄らずに帰ろう。



 箱を抱えてアークイラ亭へ帰る。

 扉を開けると、ミアベラがいた。目が合うと、弾けるような笑顔で駆け寄り、迎えてくれる。


「フレッド、おかえり!」

「ただいま、ミア」

「ヴィーちゃんがね、本を見せてくれてね、フレッドが買ってくれたんだって、一生懸命教えてくれたんだよ! すっごく嬉しそうでね、かわいかったよ!」

「そうなのか」


 ヴィートが説明してる間、ミアベラは笑顔で聞いてあげたんだろう。

 2人のやり取りが目に浮かんだ。


「ねえフレッド、その箱は何が入ってるの?」


 ミアベラは小首を傾げて尋ねる。


「これか? これは羊皮紙の端切れが入ってるんだ。マテオにもらった。

 ヴィーは字をもう覚えてるみたいだから、次は書く練習だと思って……あれ、もしかして俺、気が早すぎるか?」

「ううん、大丈夫だよ! だってヴィーちゃんが楽しいって思ってるもん!」

「い、いいのか?」

「うん!」


 確かに、本人が楽しいと思っていれば、負担ではないか。

 そういえば昔、近所にこのくらいの年齢で植物にやたらと詳しい子とか、やたらと星座に詳しい子とかいたな。

 面白いと思うことに、のめり込める時期なのだろうか。




 部屋に戻ると、ヴィートは眠っていた。しかし、足音に飛び起きて近くまでやって来た。


「おにいさまおかえりなさいませ町が魔物に襲われない理由はわかりましたか?」


 一息で言い切った。すごく気になっていることはわかった。

 そのために早く寝ておいたとでもいうような目覚め具合だ。


「ごめん。今日は、調べてないんだ……」

「そうですか……。残念ですけど、昨日の今日ですから仕方がありません。

 もし何かわかっていたら眠っている場合ではないので起きました。それだけです」

「本当にごめん」

「それよりもその箱は何ですか?」


 床に置いてフタを開けてみせる。


「羊皮紙の端切れだ。字の練習用にもらったけど、それ以外にも色々書けると思う。

 自由に使ってくれ」

「はい」


 ヴィートは興味深そうに箱を覗き込む。


「マテオがくれたんだ。

 ヴィーもマテオには会ったことあるけど、覚えてるか?

 ヴィーが倒れてたときに俺とマテオで見つけたんだ」

「……おにいさまが、なにやら甘い飲み物をくれたではないですか」

「ああ。リンゴジュースを買ってきてくれたのがマテオだぞ」

「そうなのですか。

 その……飲み物を飲む前はよく覚えていないのでその人のことは覚えていません」

「あー……」


 あの時、ヴィートに意識はあったが、話しかけても反応がなくて焦った記憶がある。

 ジュースを飲んで少し経ってからようやくこっちの存在に気が付いたような感じだった。

 しかも呂律が回っていなかった。小さい子だからうまく発音できてないだけだと思っていたが、今思うとどう考えても低血糖症だった。


「よく覚えていませんけど遠慮なく使います」


 ヴィートは端切れを1枚手に取る。


「これは、本の中の捲るところと似た手触りです」

「ああ、ページに使われてるな。羊皮紙って言うんだ。インクが乗るように表面を加工してあるんだ」

「こちらの方がなめらかさはあります」

「質がいいってマテオが言ってたな」


 俺も触ってみた。言われてみれば確かに本と違う。


 ヴィートは紙の表面を撫でながら尋ねる。


「これは高いのですか?」

「普通に買うと銅貨18枚で、羊皮紙ギルドメンバーなら、銅貨12枚なんだってさ。

 高くはないな。その箱いっぱいに入ってるって考えると安いくらいだ。

 羊皮紙を作るときに出る副産物だから安いのかもしれない。

 安心して沢山使ってくれ」

「副産物なのですか?」

「ああ。羊皮紙は魔物の皮を使って作るんだ。

 本は四角形だろ? でも羊皮紙は最初から四角形なわけじゃなくて、切って形を揃えてるんだ。

 綺麗な四角になった方は本とか手紙とかに使われて、切り落とされた方は端切れとして安く売られるんだ」


 ヴィートは頷きながら聞いたあと、引き出しから何か取ってきた。


 以前ミアベラとヴィートと観に行ったサーカスのチケットだ。

 チケットは縦長の長方形で、ペペローニサーカスという文字がある。その字体は凝っていて、文字に丸っぽいところがあれば、そこがピーマンの形にされている。

 チケットの下側は切り取られている。



「ここには、さーかす団の名前があるので持っているか取っておくだけで、ここに行ったことを思い出せます」

「ああ、そうだな」

「さーかすを見たあとでもこの紙が宣伝し続けています」

「確かにな」


 ヴィートはチケットを握っていない方の手で羊皮紙の端切れが入った木箱を指差す。


「同じようにそちらの紙にアークイラ亭のことを宣伝してもらいたいです。

 おねえさまが考えているお泊まりの企画を書いて人に渡したら、もっと多くの人に知ってもらえます。

 関心を持ってくれた人に忘れられてしまうことも減ります」


 その頭はどこまで回るのだろうか。


「いい案だな。

 そうすると? ……枚数を用意する場合、手書きだと限界がありそうだな」


 改めてヴィートの持っているチケットを見る。


「これは印刷してるのか」

「本と同じですか?」

「方法が違うけど、そんな印刷って面では同じだ」

「どういうことですか?」

「本は活版印刷で、チケットは多分、木版か石版印刷なんだ」


 ヴィートは興味を持ったらしく、相槌を打って続きを促す。


「活版印刷は『あ』『い』『う』みたいな1つの文字が書かれたパーツを沢山使うんだ。

 そのパーツを並べて文章にしたら、インクをつけて紙に押す。

 絵は刷れないけど、文字のパーツを並び替えれば別の文章にも使い回せるんだ」

「もう一方の印刷はどういう方法なのですか?」

「木版印刷か石版印刷だな。

 1枚の絵を1枚の木の板か石の板に彫るんだ。彫った板にはインクをつけて、紙を押し付けると絵が刷れる。

 絵の中に字を入れることもできるけど、1枚の絵、みたいな扱いだから、字だけ取り出すとか絵から字をなくすとかは難しい」

「使い回したい場所と変えたいところがあるときは別に作るのですね」

「ああ、そうすればできるな」


 チケットでも、日付は『 年 月 日』だけ印刷されていて、手書きで数字が書き入れてある。

 全てを1つの印刷で済ます必要はないのだ。


「ヴィーは絵を使いたいか?」

「はい」

「それなら、チケットと同じ木版印刷か石版印刷だな。ただ……」

「ただ?」

「彫ってもらおうとするとお金がかかる。オーダーメイドで職人に頼むことになるからな。

 あとは刷りたい絵の大きさと細かさで値段が上がるんだ」

「大変だからですか?」

「そうだな。1枚仕上げるために時間がかかるから」

「そうですか。職人はどうやって彫るのですか?」

「彫刻刀を使って、インクがついてほしいところだけが出っ張るように木とか石とかを彫るんだ」

「浮き立ったところだけが紙に押しつけられて絵ができるということですね。

 線を彫るのではなくて、線を残して周りを削るのですか」

「ああ」


 ヴィートは、やってみたいという顔をして言った。


「ではおにいさま。それを作れそうな木と彫刻刀を買ってきてください」

「ヴィーが作るつもりなのか?」

「はい、そうです」


 しかし、木の板を彫るとなると、彫刻刀を使う必要がある。

 大人でも滑って手を切るのだから、まだ手先が器用ではない小さい子ならなおさら手を切る可能性は高い。


 実際、サムエレさんはヴィートに包丁を触らせていない。

 やっぱりここは……。


「彫刻刀は切れ味がいいことで有名な刃物なんだ。でも同時に、よく手を切ることで有名でもある。

 もしケガをすると、傷口が深くなって血が止まらなくなるかもしれないから危険なんだ。それに痛い」

「……痛いのは嫌いです」

「そうだよな。

 だから、出来がプロに頼むほどうまくはなくてよければ、俺が彫ってみる。

 ヴィーは見学だ」

「おにいさまは作れるのですか?」

「ああ。でも、品質は保証できないぞ。使える、くらいの物ならなんとか」


 ヴィートは、感心した顔をしたが、まだ納得していない。


「1回くらいは彫ってもいいのではないですか?」


 彫刻刀を使うときに危ないのは板を押さえる方の手だ。

 切れ味が良すぎて止めたいところで止まらず手まで到達する。


 細心の注意を払って、板を押さえるのは俺がやれば、なんとかできるか?


「……1彫りだけなら、なんとかしてみる」


 ヴィートの表情が輝いた。


「ではお願いします」

「休みの日に作るぞ」


 よかった。ひとまず納得してくれた。


「おねえさまは絵が上手なので、絵を描くのを頼むのはどうでしょうか?」

「そうだな。ミアに後で頼んでみる」



 夕方からのアークイラ亭の手伝いをする際、少し時間があったので、ミアベラに下絵を頼みたいという話をした。

 その際、俺の技量的な問題で難しいものや緻密なものは作成できないことも説明した。

 ミアベラは二つ返事で描いてくれると言ってくれた。




 翌朝、隊長が来るまでの間に、羊皮紙の端切れをどう使うことになったか、マテオに話す。


「字の練習だけじゃなくて、店の宣伝に使うことにしたんだ。アークイラ亭の宣伝だな」


 昨日、ヴィートと話ているときに文字の練習に使ってくれるという話は出なかったが、使ってくれると信じている。


「なるほど、宣伝に!! その手があったか!!」

「考えついたのは俺じゃなくて、アークイラ亭のーー」

「ミアベラちゃんか!!」

「いや、もう1人の方だ」

「なんと!! あの子がか!! いつか会ってみたいものだ!!

 そうだ、もし困ったことがあったら言ってほしい!! 協力は惜しまない!!」


 困ったことか。


「それなら、印刷の工程だな。

 やろうと思ってるのは木版印刷で、仕組みは知ってるけど、見たことはないんだ。

 だから実際にどうやるのかまではわからなくてさ……」

「印刷か!! それなら任せてほしい!!」


 頼もしい助っ人だ。


 * * *


 さて、ヴィートが関心を持続させているので、町が魔物に襲われない理由を閉店間際の本屋に駆け込んで探した。

 しかしそれが書かれた本は見当たらなかった。

 すぐに見つかるものではないのか、見ている本のカテゴリが違うのか。

 どちらにしてもまとまった時間がないと難しいことがわかった。


 今日は昼休みに買った木の板をお土産に帰るしかなさそうだ。


 アークイラ亭に帰ると、ミアベラはもう下絵を用意してくれていた。

 後は、この土日でひたすら彫るだけだな。

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