第26話 本
ヴィートが宣伝していたこともあってか、ミアベラ考案のお泊まり女子会プランの予約は、6月のうちから何件か入っているらしい。
こういう方面では、俺にはあまり手伝えることがない。
この前オリアーナさんが「ヴィート君に字を教えようかしら」と言っていたので、そちらに協力しようと思った。
***
「空き家2件の取り壊しは明日完了する。清掃活動をやめ、通常通り巡回を中心に戻す。
もう一点、カッソ小隊長からの連絡事項だ。孤児を見つけた場合、速やかに城壁塔に連れてきて上官へ報告すること。また、身元不明な子供の遺体を見つけた場合でも同様の対応を取れ。
以上、解散」
一日の終わり。返事をして分隊長が去るのを待つ。
今日は居残りなしで帰ることができた。
よし、本屋に寄ろう。走れば間に合う。
この町の外にいる魔物の中で、壁があるにも関わらず、スピードを落とさずに町へ突っ込んでくる魔物がいる。
突進ヤギだ。
突進ヤギはそれなりの頻度でやってくるため、壁を守る衛兵に仕留められて、肉や羊皮紙に加工される。
そのため、何も書いていない紙や本は安く手に入れることができる。
1ページ1ページに文字が書かれた本となると値段が変わってくるが、庶民でもなんとか手が届く値段で本が売っている。
特に童話などはページ数や文字数が多くないのでかなり安い部類だと聞いた。
先代の領主様が王都から持ち帰ったという印刷の技術に感謝だ。
俺は本なんて衛兵になったときにもらった教本しか読んだことがない。
そしてヴィートはその教本を興味ありげに見ていることがある。
もしかしたら本に興味があるのかもしれない。そう思って、子ども向けのものを買ってみることにした。
さっと内容を見てみるが、好きな内容かは正直わからないので、とりあえず内容が難しくなくて薄めの本を2冊買って帰った。
この日はもうヴィートが眠っていたので、次の日読んであげることにした。
次の日の夕方。
居残りを免れてアークイラ亭に帰ってくることができた。
「おかえりフレッド」
「ただいま、ミア。ヴィーはもう寝てるか?」
「ううん、まだ眠くないけどお部屋に戻るって。だからね、お部屋まで送ってきたよ」
「ありがとな」
「うん!」
「ヴィーに本を買ってきたから、読んできてから手伝うのでも大丈夫か?」
「大丈夫だよ! ヴィーちゃんも喜ぶよ!」
夕方はお客さんが衛兵ばかりになるからか、ヴィートは早く部屋に戻る。
俺も3階まで上り、部屋まで移動する。
鍵を回してドアを開けたら、ヴィートは近くまで来ていた。
「ヴィー、ただいま」
ヴィートは脚にひっつく。
「おかえりなさいませ」
「昨日、本を買ってきたんだ」
「机の上に置いてあるものですか?」
確かにそこに置いたままにしていた。
「ああ、それだ。
字を読む練習になると思って」
あと、情緒や倫理観の育成とか、語彙力の向上とか、想像力が見につくとか、様々な効果があるらしい。
本屋の店員に教えてもらった。本当かどうかはわからないが、信じておこう。
手洗いなどを一通り終えて、椅子に座る。
「ヴィー、おいで」
膝の上に座ってもらう。
抱っこや手を繋ぐことができれば、もう少し安全に外出できると思うので、怖くないことを覚えてもらおうという作戦だ。
「1冊は童話。短い物語だな。
もう1冊はここ、フェルララができるまでの話だ。物語風にされてる分わかりやすいぞ。
どっちから読みたい?」
ヴィートは迷ったが、片方に決めて顔を上げた。
「フェルララのお話でお願いします」
一応、歴史という分野に片足の指先くらいは突っ込んだ内容だ。
まだ早いかと迷いながら買ってきたのだが、そうでもなかったらしい。
「面白そうか?」
「……その本のことを聞くまで、町がないときがあると思っていませんでした。
いえ、あるにはあるのでしょうけど、考えたことがありませんでした」
「ああ、そうだよな。当たり前にあるものになってるからな」
ヴィートが目で催促している。
「はい、読むぞ」
「はい!」
「昔々ーー」
要約した内容は以下だ。
2つの町からなる小さな王国があったが、ドラゴンと魔物の大群に片方の町が壊されてしまった。
破壊された町を取り返すための拠点。それが大きくなってフェルララの町となった。
「ーー今もアダルベルトと曙の女神様は、フェルララの町を守り続けています。
お終い」
「『どらごんを倒しました、おしまい』ではないのですか?
終わり方が中途半端です」
「まだ倒してないからな」
ヴィートが醸していたオチが弱い物語だったという雰囲気が、一変した。
「どらごんはどうなったのですか?」
「まだ西にいる。今の本にもあったけど、封印されてるらしいぞ」
「壊された町を奪い返すための土地……ということは、最前線ですよね。危ないということではないですか!」
「そうだな」
「どらごんが出たらここは真っ先に死にます。逃げましょう」
「待て待て待て。そんなに簡単に出てこないから」
「……あ」
「どうした?」
「いえ、どらごんだけではなく、魔物の大群に襲われたのですよね」
「そうらしい。
最近も魔物の数が増えてるな。だから領主様は通行税をあげて、人の出入りを制限してるんだけどな」
「押し寄せてきたら危ないので逃げましょう」
「大丈夫だって。押し寄せてこないから」
「どうしてですか?」
そう言われてみると……何故だ?
俺がいた町だと、壁を上ってくる魔物が近くにいなかったが、ここにはサル系の魔物がいる。
厄介なトリ系の魔物も、ここでは上空を素通りしていくのが普通になっている。
あれ、もしかしてこの町は多くの魔物からスルーされてるのか?
でも、突っ込んでくる魔物だっているわけだし……。
「ごめん、わからない。わからないが、なぜか大丈夫なんだ」
あ、ヴィートが興味を持った顔をになった。
「気になるかもしれないけど、また今度な。
俺も調べてみるから」
ヴィートはまだ気になるようだったが、とりあえずこの場は納得したみたいだ。
「では、もう1度この本を、指を差してゆっくりと読んでください
「わかった。
昔々ーー」
ヴィートは俺が一節読んだら、上機嫌な声で復唱し始めた。
しばらく楽しそうに読んでいたが、段々と抑揚がなくなってきた。
「こうして」
「こうして」
「アダルベルトは」
「あだるべるとは……」
「その町の」
「……そのまちの……」
「防衛指揮官になり」
「ぼうえい……しきかんに……」
ヴィートはうつらうつらとし始めた。
「ヴィー、寝るか?」
ヴィートの首がこくんと動いた。しかし、頷いたのか舟をこいでいるのかもうわからない。
膝から下りてベッドまで向かうかと思っていたのだが、不思議と下りようとしなかった。
間もなく頭が預けられて寝息が聞こえてきた。
いつもながら寝入りが早い。
ヴィートを起こさないようにそっと持ち上げてベッドまで運び、布団をかけておいた。
次の日には、読んであげた方の本がもう読めるようになっていた。
子どもの成長スピードが早いのか、ヴィートの覚えがいいのか。




