第25話 宿泊客を増やそう②
早速、ミアベラはサムエレさんとオリアーナさんに、お泊まり女子会プランを作りたいという話をした。
「それでね、女子会だと何人か集まるから、2~3人用のお部屋か4〜5人のお部屋を使ってもらおうかな~って。
お部屋も飾り付けてかわいくしたくて……あとね、お茶とスイーツ、それかお酒とおつまみを選んでもらって、お部屋でおしゃべりを楽しんでもらいたいの」
サムエレさんとオリアーナさんに話す前に、ヴィートは「普通のお泊まりとはどこを変えるのですか?」と尋ねていた。
そのため、ミアベラはここまで具体的な案を話すことができた。
ちなみに質問を投げかけたヴィートは、ミアベラと俺が話し合ってアイデアを固めていく様子を興味津々に見ているだけだった。
「お父さん、お母さん、どうかな?」
ミアベラは小首をかしげる。
「わかったわ。
ミアが考えてくれたのに、私たちが何もしないわけにはいかないもの。
できることはしていきましょう」
サムエレさんも頷く。
サムエレさんからもオリアーナさんからも許可が出た。
「おつまみはいつも出している物で問題はないとして、お酒も甘口かフルーティな口当たりのワインの入荷量を増やすくらいね。
お菓子は、そうね……」
オリアーナさんは少し考える。
ミアベラはサムエレさんを見上げた。
「お父さん、収穫祭のときお菓子焼いて小さい子に配ってるでしょ?
ああいう感じでワクワクするお菓子を作ってほしいの! おねがい!」
「菓子は作れる」
サムエレさんはそう言ってオリアーナさんを見やる。
「ねえ、あなた。仕入れている食材の種類を増やさずにお菓子を作ることはできる?
1つの物を多く仕入れると、量に対する値段が安くなるのよ。
例えば小麦粉を1キロで買うと銅貨4枚だけれど、10キロで買うと銅貨で30枚になるのよ」
「1キロあたり銅貨1枚分安くなるのか……」
俺の呟きに、サムエレさんが納得したようだ。小さく頷いた。
「今買っている材料を多めに仕入れるのはいいのよ。
逆に、新しく仕入れることは高く付くということなの。
どれくらいお客さんがこのプランを使ってくれるかわからない以上、なるべく今あるもので作れることが望ましいのよ。
できる限り新しい食材を買い足さずに、味にも見た目にも妥協しないお菓子を作ってくれる?」
サムエレさんは力強く頷く。
「……7日。7日で形にする」
「ありがとう! お父さん!」
それからサムエレさんは、朝早くから夜遅くまで、店の営業時間ですら合間を見つけてずっと試作し続けた。
ついに約束の7日目になる。
ヴィートを脚にくっつけたまま1階へ降りたら、バターが熱されたような匂いと温められた牛乳の匂いが漂っていた。
ミアベラとオリアーナさんが遠巻きに厨房を見ている。
「おはよう、ミア、オリアーナさん」
「おはようございます」
2人は揃ってこちらに顔を向けた。
「あ、おはよう、フレッド、ヴィーちゃん!」
「あら、おはよう」
「何かあったのか?」
「あのね、お父さんずっと調理場に籠もってて」
「え、昨日から徹夜してるのか?」
「うん。だからね、大丈夫かなって気になっちゃって」
厨房を覗かせてもらうと、サムエレさんは何かをオーブンほどの大きさがある冷蔵庫にしまうところだった。
冷蔵庫は、魔物から取れる石を使って食品を冷やすことができる。高級品なので、一般的な家庭にはない。
何故そんな凄いものがあるのか聞いたことがあるが「若い頃、料理の腕を競って……まあ、そういうことだ」という答えをもらった。
どんな料理勝負だったのか気になる。
サムエレさんは、厨房を覗き込む俺たちに向かって宣言した。
「昼過ぎに完成する。それまで待て」
15時頃。ちょうどおやつの時間になった。
客足は落ち着き、ミアベラは一旦扉を閉めてきた。
サムエレさんに座って待っているように言われたので全員席についている。
「1つ目」
サムエレさんが運んできた薄いクッキーのようなものを、ヴィートは指差した。
「おとうさま、これは何ですか?」
一般に想像するクッキーとは違い、焼いた後なのに全体的に薄黄色をしており、外縁にだけ焼き色がついている。
形は丸だ。
「ラングドシャ。説明より食べるのが早い」
ということで、ヴィートは手を伸ばして一枚手に取り、口に運んだ。
サクッに近い音がした。
ヴィートは、噛むたびにサクサクと音が鳴るのが楽しいようだ。
俺も食べよう。
サクッと音は鳴るのだが、実際はもう少しカリッという食感に近い。
「お父さん、これ、食感が楽しいね!」
「いつもは薄力粉を使う。これは強力粉とコーンスターチを使った」
ミアベラが「すご~い! そんなことできるんだね!?」と言っている横で、ヴィートは首を傾げた。
「はくりきこ……? きょうりきこ……?」
「薄力粉はまとまる力が弱い。使うと食感はフワフワ、サクサク、ホロホロになる。
強力粉はまとまる力が強い。大抵は捏ねる生地になる。使うとモチモチ、カリカリになる。パスタを作る時にも使う」
なるほど。そんな違いがあるのか。
「おとうさまは、いつも使っているきょうりきこというもので作ったのですか」
サムエレさんは肯定した。
続いて。
「2つ目。カスタードプリン」
テーブルの上に、サムエレさんの手で様々な見た目のプリンが並べられていく。
白い平皿に乗せられたプリンには、3種類ある。
カラメルソースのかかったもの、カラメルソースの上にクリームとミントの葉が添えられたもの、カラメルソースの上にクリームとさくらんぼが乗っているものだ。
「おいしそう! おしゃれだね!」
ミアベラのテンションが高まった。
オリアーナさんがサムエレさんに話しかける。
「ねえ、あなた。ミントとサクランボはどこで買ってきたの?」
「ヤコポの店」
「そう。値段は覚えてる? 試作の費用も経費に入るのよ。あとでまとめるわね」
「……ヤコポに聞きに行く」
ヤコポさんとは、果物屋の人だ。
テーブルに並べられた中には、ココット皿のプリンもある。
しかし、ココット皿に入ったプリンは、そのままのシンプルなもの……だけなのだろうか?
そう思っていると、再び厨房に行ったサムエレさんが、さらにもう1つココット皿を持ってきた。
「本命」
サムエレさんがそのプリンをテーブルに置くと、ミアベラが「わ〜!」と歓声をあげる。
「かわいい〜!」
ウサギの顔を模したプリンだ。
4分の1にカットしたイチゴを耳に見立てており、チョコレートでかわいらしい顔が描かれている。
ほっぺにだけ赤いジャムを使っている。イチゴジャムだろうか。
それにしても、意外だ。
サムエレさんなら「オシャレ」とか「洗練された」という方面のものを作り上げるだろう、と勝手に想像していた。
「チョコレートの値段はヤコポに聞く」
オリアーナさんは、サムエレさんに「よろしくね」と念を押した。
イチゴとジャムは常に仕入れているものの1つなのか。
さて、プリンの実食に移る。
人数は5人、プリンはちょうど5個だ。1人1個食べることにした。
サムエレさんが言うには、プリンの部分は同じ作り方で、盛り方を変えただけなのだそうだ。
サムエレさんは、ココット皿のシンプルなプリンを黙々と食べていた。
おそらく試食を重ねていたからか、味わうという雰囲気ではなく、普通に食べ切った。
斯く言う俺も、サムエレさんが火の通し方を変えたものを何度かもらっていたので、完成形の味は知ってーー
「おお……!? 冷えてる。
今までの温かいプリンもおいしかったけど、冷たいとまた違うのか。
カラメルもほろ苦くていいな。いくらでも食べられそうだ」
固めでしっかりとしている。
人によって食感の好みが分かれるかもしれないが、俺はおいしいからどれでもいいと思う。
オリアーナさんはスプーンで1掬いして口に入れると、目を瞑って味わう。
「ん〜! すごく濃厚でおいしいわ。
クリーミーさを楽しんだら、ミントでリセットできるのね」
ヴィートは真っ先に一番上のサクランボを食べて、それからプリンを食べ始めた。
「タマゴの味が濃いです……!
それにもっちり? しっとり? としています。歯ざわりも口溶けも喉越しもおいしいです」
そしてミアベラは。
「か、かわいくて崩しちゃうのもったいないよ〜!」
ウサギプリンにスプーンが入れられなくて困っていた。
どのプリンが良かったか話し合うと、満場一致でウサギプリンという結果が数秒で出た。
ラングドシャはプリンを作るついでに作れるらしいので、同時に提供を始めることになった。
サムエレさんによると、卵黄をプリンに、卵白をラングドシャに使用するらしい。
お菓子の詳しいことは俺にはわからない。
ラングドシャはかなりの数があるため、ミアベラとヴィートと俺にいくつか分けてもらった。
まだまだ残っている分はあるが、サムエレさんが近所の子どもたちに配ってくるらしい。
サムエレさんが片手に持つカゴには、ラングドシャがたくさん入れられている。
「おとうさま、わたしも行きます」
ヴィートから外に出ようとするのは珍しい。
サムエレさんは「来い」と言った。
「おねえさま、お泊まりじょしかいをできるようにするのはいつくらいにしますか?」
「う〜んとね、お部屋の飾り付けも決めなきゃだよね。
だから、うん、7月から! それで……予約できるのはもうちょっと前からでもいいかな?
お母さん、どうかな?」
「そうね、6月下旬から予約を受け付けて、7月から始めましょう」
それを聞いたヴィートは満足そうにサムエレさんと出かけて行った。
1時間後、サムエレさんとヴィートは帰ってきた。
カゴいっぱいにあったラングドシャは、すっかり空になっていた。カゴの中身は敷いていた布と、茶色か薄黄色の小さな破片だけだ。
「ヴィートが宣伝してた」
「え、ミアが考えたプランをか?」
サムエレさんは首を縦に振った。
「子どもたちに?」
「ミアベラと同じくらいの娘に」
ターゲット層を見かけたら宣伝していたらしい。
「そのためについて行ったのか……」
どうりで、自分から出かけると言い出すわけだ。
捕捉です。
チョコレートの使用量が多くないため、オリアーナさんはOKを出しました。




