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第23話 サーカス

あけましておめでとうございます。私的にはまだ新年です。今年ものんびりですが、よろしくお願いします。

 曲芸師とスリの共謀イベントをなんとかして数日。

 まったりとした休日の朝である。


 目の前では、ヴィートが俺の職場用の鞄の中身を一つ一つ取り出して見て、床に置いている。

 既に、財布と身分証が床に並べられている。


 客の私物は触らないようにとオリアーナさんに言われているらしい。

 でも俺は、俺の私物なら剣以外は勝手にいじっていいと言ってある。

 だからだと思うが、たまに引き出しが最後まで閉まっていなかったり、広げたはいいものの畳めなかった服があったりする。

 多分今も同じ要領だ。遊びの一環になっているのだろう。


 余談だが、剣を持ち歩かないときは鞘から簡単に抜けないように革紐を巻いて引き出しの中にしまっている。

 ヴィートが説明するとわかる子なので甘んじてそこに収納させてもらっているが、本来は子どもの届かないところに置かなければいけない。



 あ、鞄からハンカチが出てきた。昨日、洗濯物入れのカゴに入れ忘れていた。今のうちに入れておこう。


 椅子から立ち上がり、ハンカチを拾いながらヴィートに聞く。


「ヴィー、面白いか?」


 特に面白いものは入っていないと思う。


「おにいさま、これは何ですか?」


 俺の質問に答えないで別の質問をしたのは、興味が勝っていたからだろう。

 ヴィートは手に握った紙切れのようなものをひっくり返して裏と表を交互に見ていた。


「ああ、それは――」


 市場で野菜を売っていた女性から譲られたものだった。


「サーカスのチケットだな」


 ヴィートにはよくわからないらしい。言いなれない様子で「さあかすのちけっと……」と繰り返した。


「あー……市場でやってた曲芸が豪華になったようなもの、か……?

 説明するとなると難しいな……」

「金貨が飛び交うのですか?」

「投げ銭の額が豪華になるわけではないな……」


 っていうか金貨なんてよく知ってるな。俺も知っているという程度で、見たことはない。

 生活だけだと大銀貨までしか使わない。


「そうだよな、説明されてもピンと来ないよな」


 このチケットはペア用と書いてある。

 モテない自分としてはペアチケットと言われると使うハードルが上がってしまうのだが、そう。あくまで2席分のチケットが1枚になっているだけだ。

 5歳までの子供は膝の上でも別の席を用意してもいいみたいなので、使うことができる。


「ヴィー、行くか?」


 ヴィートはそわっとしたが、何かを思い出したのかすぐに落ち着いた。


「――おねえさまを誘ったらいいと思います。

 市場のお話を聞いてから、興味があるみたいでしたよ」

「そうなのか。それなら、ミアにも行くか聞いてみるか」



 ということで、聞いてみた。


「ミア、サーカス見に行くか?

 もらったチケットを使おうと思ったら明日の15時の席だったんだ……。

 急で悪いけど、どうだ?」


 ミアベラはパッと顔を輝かせた。


「うん! 行きたいな! 大丈夫だよね、お母さん!」


 オリアーナさんは目を細めて頷く。


「そうね。いってらっしゃい」


 ヴィートが厨房から顔を覗かせて「楽しんできてくださいね」と言った。

 何を他人事のように言っているのか。


「ヴィーも行くんだぞ」


 ヴィートはわざわざ近くまでやって来て言い放つ。


「正気ですか?」


 なぜ正気を疑うのか。


「わたしはお家でお布団で漬け込まれるという予定があるのですよ。

 お布団漬けになります」


 ヴィートは野菜の酢漬けをサムエレさんと作っている最中だ。

 だからその表現が出てきた……のか?


「え〜!? ヴィーちゃん一緒に行かないの!?」

「おねえさまもですか……!

 せっかくの機会なのですよ? そこは残念がるところではないのですか?」

「どうして? 私、ヴィーちゃんも一緒に来てほしいな~!」


 期待を込めたミアベラの眼差しを浴びて、ヴィートは俺を仰いだ。

 そして、助け船を求める先を間違えたという顔をした。


「よし、ヴィー、行くぞ。さっき行きたそうにしてただろ?」

「うっ……。おかあさま~」


 オリアーナさんは微笑み、送り出す姿勢を見せる。


「ふふ、見てらっしゃい?」

「……はい」


 諦めて納得したヴィートを見たミアベラは、俺に小声で言った。


「ヴィーちゃんちょっと嬉しそうだね」


 確かに。

 言いくるめられて不満という雰囲気は全くなく、どこか嬉しそうに見える。


「そうだな」


 ヴィートを見つめるミアベラの表情が、少しお姉さんらしくなっていた。



 明日に向けて、俺は足りない1席分のチケットを買い足しておいた。




 次の日、15時前。

 サーカスの会場まで無事に到着し、チケットを見せて入場する。


 ヴィートは移動中、ミアベラのピンク色のフレアスカートを握ってついて行った。

 そのため、ミアベラとはぐれる心配をする必要がそれほどなかった。その分、俺は馬車が来ていないかなど、周囲に気を配っておいた。


 開始前にトイレや水分補給に行く人たちとすれ違ながら席に向かう。

 中年くらいの男性から「妹さん2人連れてるのか。偉いね」と、すれ違うときに軽く声をかけられた。

 俺は「どうも」と返しておく。


 保護者として連れてきているが、どちらも妹ではない。片方に至っては性別も違う。

 それに、連れてきたというよりは、俺に付き合わせたに近い気もする。


 だからといって事細かに説明はしない。



「妹さん……かぁ……」


 ミアベラが珍しく沈み気味の声で呟いた。


「ミア? どうしたんだ?」

「え!? ううん! なんでもないよ! 大丈夫だよ!」


 ミアベラはブンブンと顔を横に振る。耳の高さで2つに結ばれた髪と、髪の結び目にあるリボンも揺れる。


「そうか?」


 どうしたのだろうか。

 そう疑問に思っていると取っていた席の前に辿り着く。

 ミアベラとヴィートと俺は、肘おきで区切られた木の長椅子に座った。


 ヴィートは奥を見ようと、一生懸命上に伸びようとしたり斜めに伸びてみたりしている。


「ヴィー、もしかしてステージが見えないのか?」

「見えません」

「そうか。前の人の頭で……」


 オリアーナさんから、抱っこはまだ怖がると聞いている。

 だが、膝の上なら、本人から乗ってきたこともあるので大丈夫かもしれない。


「ヴィー、膝の上ならどうだ? 多分見えるようになるぞ」

「……このお席はどうするのですか?」

「それはヴィーが下りたくなったときに使えばいいから」


 それを聞くと、ヴィートは少し硬い笑顔で俺の前まで来て、座る。

 緊張しているのか、体に力が入っていて、肩が上がっている。


 1度乗ったことがあるはずなのだが、前と何が違うのだろうか。

 人目か、準備時間か?


 ヴィートは座ったまま振り向いて宣言した。


「何かしたら人を嫌いになりますからね」

「俺を嫌いになるどころか人を……」


 変動される価値観の規模が大きすぎる。


 よく考えたらヴィートを1時間半もここで過ごさせることになってしまうな……。本当に大丈夫か心配になってきた。


 そんなとき、ミアベラはヴィートに話しかける。


「ヴィーちゃん、近くなったね~!」

「はい!」

「もしかして背も伸びたかな?」

「はい、すらりと長くなりました」


 もちろん、ミアベラだってヴィートが膝の上に座ったから顔の位置が高くなったことはわかっている。

 それはそれとして2人は会話を楽しんでいるのだ。


「どのくらい長くなったの?」

「曙の女神さまの指くらい長くなりました」

「きっと、すっごくきれいで長いね!」


 話しているうちに、ヴィートの緊張が緩む。いい意味で気が逸れたらしい。


 話題は取り留めのないまま、ショーの開始まで続いた。



 ショーが始まれば、ヴィートは不安や緊張など完全にそっちのけで見入っていた。


 ミアベラはと言うと、楽しそうにしていて、折々で「すごーい!」と歓声を上げて拍手をしていた。

 何回かに1回、「すごい」と言った後に続けて、「ね!」と俺とヴィートに笑いかけている。


 2人とも楽しめているようで何よりだ。


***


「以上でショーは閉幕となります。ご来場ありがとうございました」


 観客たちからの声と大きな拍手に、手を振る演者たち。


 拍手は幕が下りるまで続いた。

 皆、席を立ち始める。


「フレッド、ヴィーちゃん、すごかったね!」

「ああ、すごかったな」


 ヴィートは真っ先に膝から下りるかと思ったのだが、そこで呆けていた。


「ヴィーちゃん?」

「はっ……! 呼びましたか?」

「すごかったよね!」

「はい、そうですね!」


 ヴィートはよいしょ、と下りてから俺に聞く。


「おにいさま、始まる前に入り口で紙を渡していましたよね?」


 チケットのことだな。


「これか?」


 ヴィートに見せると頷いた。


「それです。もう使いませんか?」

「ああ、出るときには使わないな」

「そうですか。それならわたしにください」

「いいぞ。はい」


 俺はチケットをヴィートに手渡した。


 ミアベラが不思議そうに首をかしげる。


「ヴィーちゃん、何に使うの?」

「使うことはありませんけど、どうしてでしょうか。とっておこうと思いました」

「そっか~。うんうん、楽しかったもんね!」


 図星だったことが、本人の中で数秒後に判明したらしい。

 ヴィートは顔を隠すように2枚のチケットを握るが、赤くなった耳は全く隠れていなかった。



 会場を出るとヴィートがあくびをしていた。

 観劇などの後は、時間帯によってご飯を食べるかお茶をしながら感想を話すのがセオリーだ。

 だが、もう眠くなり始めているヴィートを見て、ミアベラと俺は顔を見合わせた。


「帰ろっか?」

「そうだな」



 ヴィートは眠さで徐々に口数が減り、アークイラ亭に帰ってきたらすぐに寝てしまった。集中して見ていたので疲れたのだろう。

 俺とミアベラはアークイラ亭に着いた後もしばらくショーの感想を語り合っていた。


 天秤のように左右の重さで傾く機材の上で行われた演技のこと。

 天井から吊るされた布だけで全身を支える空中のパフォーマンスのこと。

 同じく布を用いた演技で、男性が女性をお姫様だっこしてポーズを取るクライマックスについて。


 例を挙げると切りがないくらいだ。



 ミアベラは楽しかったことを身振り手振りや表情で全面に出してくれるので、見終わった後の時間までもひとしおに楽しく感じた。

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