第17話 強盗
ヴィートから市場の曲芸の情報を聞いて、俺は生活衛生局に足を運んだ。
届出の有無を確認して、有った場合は内容を見てくるためだ。
催しには、内容確認のため届出が必要になっている。場合によっては交通規制や誘導員を手配する。
市場は特に人通りが多いので演出を見てもらうには打ってつけだろうが、その分規制は厳しい。何でも許されはしない。
結論として、書類は提出されていなかった。
以下はヴィートからの情報をまとめたメモだ。
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開催する日
・給料日の頃(休日は除く)
・始業開始の鐘の後から昼前までの約5時間のどこか
・肩幅があるいかり肩の衛兵と眉間にしわのある衛兵の2人が、西門からまっすぐの市場の入口から見回りを始める日
場所
・市場の中央
持ち物
・手に握れる程度のおひねりのみ(それ以外の物を持っているときは荷物を前にして、速やかに帰るように)
その他
・ミアベラに教えられる見世物ではないが衛兵には話せる
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ヴィートの口振りからすると荷物を盗まれそうなイベントに聞こえる。
ヴィートはアークイラ亭にやってきてから一度も市場に行っていないので、4月5日以前の話だ。
遅くても3月にはその曲芸が行われていたことになる。
噂が立っているということは未だ衛兵に取締まられていないのだろう。
賄賂で見逃してもらっているとか魔法や魔道具で細工しているとか、そのくらいしか俺には浮かばないな。
賄賂に関しては衛兵になるときの契約書に、要約すると「賄賂を受け取るな」という意味合いの項目が取りこぼしのないように長々と明記されていた。
破った場合、懲戒免職処分では済まない。
魔法使いがほとんどおらず担当の衛兵が城壁で魔物から町を守っているエスト領。故に原則武装禁止のエスト領では、魔法は武装に入る。魔道具にも厳しい規定がある。
衛兵が剣を所持しているのは任務中のみ許可されているからだ。
魔法使いは把握されており、魔法使用時には許可が必要だ。
可能性がないとは言い切れないがどちらも考えにくかった。
日は進んで、月曜日の昼食後。
俺は串焼肉を食べながら、マテオと見回りをしていた。
「朝のドゥラン分隊長の話は覚えているか!!」
「ああ。物が盗まれた人の中から貧民街を通った人が1月から本当に徐々に減ってるって話ーー」
「そちらではなく!!」
違うのか。
「ここのことを場所が場所だから聞き取りの際に語らない者が多く正確な数が把握できない、と言っていただろう!!」
「そっちか」
「場所が場所とはなんだ!! 何故語りたがらないのか、理解できない!!」
「わざわざこっちに来てやることなんだから、危ない儲け話とか……ナニとは言わないけどそういうサービスの店目的だからだろ」
「……そうか!! それならば納得だ!!」
俺は最後の一本の残り1切れの肉を食べ切り、串は鞄から取り出した木筒に入れて蓋をする。
広い道へ続く路地で、前から9歳か10歳くらいの女の子がやって来る。
「あ、本当にいた……!」
女の子はそう言った。
誰かから聞いてここまで来たのだろうか。
「あ、あ、あのね」
「どうしたんだ? 何か困りごとか?」
「ええと……そのう……」
その子は何を言えばいいのかわからない様子で、口ごもる。
「マテオ、この嬢ちゃんの対応はしておくから先の見回りを頼めるか?」
「もちろんだ!!」
マテオが行こうとしたとき、慌てたその子は泣きそうな顔で声を上げた。
「だ……だめなの! 二人とも止まってくれてないと……!」
言い方に、俺は引っかかりを覚えた。
「……誰かに、引き止めるように言われたのか?」
女の子はうるうると涙ぐむ。
俺は思った。おそらくはマテオも。
これはもしかして、隊長からよく注意事項に出てくる「時間稼ぎ」ではないかと。
悪い事を働くために、無関係の人をお金で雇ったり脅したりして衛兵を足止めする手法らしい。
しかしこの子は、衣服から判断する限り、お金でそういった事に頷く経済状況には見えない。
「嬢ちゃん、誰にそう頼まれたのか、教えてほしいんだ。
俺たちが力になれるかもしれない」
その子は迷ってから、話してくれた。
「……あのね、黒い布を被った人たちに言われたの」
「その人たちは何か持ってたか?」
「袋とね、包丁を持ってたの……。パパにお金を入れろって……」
そこまで言うと、その女の子は涙を溢して「うええぇん!」と泣き声をあげた。
強盗にお父さんが脅されているようだ。
マテオは女の子を元気づける。
「案ずることはない!! その件、我々が任されよう!!」
「本当……?」
「もちろんだ!!」
女の子の顔が少し晴れたのを見たあと、マテオはこちらにも景気づけをする。
「気合を入れて臨もう!!」
「ああ!」
貧民街に限った話になるが、強盗は珍しくない。
もちろん俺もマテオも想定訓練はしている。それでもまだ対処したことはない。
マテオの言うように気合を入れよう。
「お父さんはどこにいるんだ?」
「テーアのパパは昔の物を買い取るお店をしてるの……」
この先にある骨董品買取店は1箇所だ。
俺たちは今いる路地から通りを覗く。
「あの店だよな、嬢ちゃん」
「うん……」
おかしいな。
この道は隊長が基本的に目を光らせているはずだが今はいない。
「それではこれより向かおう!!」
マテオに合わせて足を踏み出そうとして、俺は左手がやけに軽いことに気が付いた。
「あ、バックラー……」
直径25センチほどの金属でできた丸い盾が、ない。
「忘れたのかフレッドおお!!!」
「ごめんごめんごめん!」
「どうする!!」
「剣で何とかするから! 肩持って揺らすのをやめてくれ! 本当にごめん!」
俺がマテオに謝っていると、バターンと扉が勢いよく開く音がした。
件の骨董品買取店の正面から堂々と覆面の人が2人、出てきたのだ。
背格好から男だと判断できる。
2名とも包丁を持ち、覆面で顔は見えない。
先を歩く方は、通行人に道を開けろと言って包丁を振り回し、お金で膨らんだ袋を片手に走る。後に続く方は、袋の口と底を持って走っている。
薄い金属の衝突音があまり鳴らないところから、詰まっている量の多さが窺える。
マテオは「俺が刃物を持っている男を止めよう!!」と俺に告げて走り出した。
マテオは足が速いから先行してくれるのはとてもありがたい。
どちらも装備としては刃物を持っているようだが、マテオが言っているのは振り回している方だろうな。
「嬢ちゃんはここにいてくれ」
「うん……」
くすんと鼻を鳴らして頷いてくれた。
俺も走り出す。
一方マテオはすでに覆面の男を2名とも追い抜き、前に回り込んでいる。
「あのガキ……引き止めとけっつったのに……!
ここまで来て捕まってたまるかよ!」
男の片方はマテオに包丁の切っ先を向けて襲いかかる。
マテオは剣を抜き、それを受け止めた。
犯人たちの進行方向側は任せて問題なさそうだ。
俺は剣の柄に手をかけつつ、後ろからもう一人の男に声をかける。
「武器を捨てろ」
相手はこちらに背を向けたまま、腰につけていたベルトからナイフを抜いた。
それを捨ててくれるとありがたい。
しかしそうはいかないらしい。ナイフを握る右手には力が籠もっている。
俺が剣を抜いたのとほぼ同時に、男は振り向きざまに切りかかってきた。
俺は内側に手首を捻った状態で剣を持ち、ナイフを受ける。
手首を返してナイフを弾いて背中が空いた隙に、申し訳ないがそのまま殴りを入れた。
「がはっ」
男は痛みでナイフと袋を手から落とす。
あ、まずい!
こんな道の真ん中でお金の詰まった袋なんて落としたら……!
多くの人が一斉に、手を伸ばそうと動き出す瞬間だった。袋が地に着くよりも、人が動くよりも前に1人、見慣れた白い服を着た者が横切りそれを拾った。
「おいフレッド、早く捕縛しろ」
隊長だ。
俺は返事をして、倒れ込んだ男にすぐ手錠をかけて捕縄で腰の辺りを縛る。
「トラブルから戻れば、こちらも騒ぎになっているとはな……。
お前達2人のどちらかはヘマをやると踏んで駆けつけたが間に合ったようだな」
「ドゥラン分隊長、心遣い痛みいります!!」
「ありがとうございます!」
マテオと俺はプロの登場にホッとした。
「喜ぶな馬鹿者共。部下の尻拭いは俺の仕事だが、お前達は俺が動く必要のない仕事をし――」
「はい!!」
「マテオは最後まで聞いてから返事をするように!」
「はい!!」
ともあれ隊長のおかげで、人が雪崩れて怪我人が出ることもなく、お店にお金を返すこともできる。
隊長から指示が言い渡される。
「フレッドは店主に返金し、俺の元へもう一度来い。マテオは犯人らを連れて行け」
俺とマテオはいつもの通りに返事をする。
強盗から奪還したお金を隊長とマテオから受け取り、骨董品屋に向かった。
骨董品屋では、店主は怪我もなく娘さんの帰りに喜んでいた。
よかった。
お金を返し、強盗が入って来たときの状況を詳しく聞いて店を後にする。
「隊長、戻りました!」
「では聞くが、バックラーはどうした」
あ。
「忘れました!」
「いい度胸だなァ、フレッド」
「申し訳ありません!」
***
今日の仕事が終わり、報告を受け終えた隊長は明日の予定を手短に説明する。
「ここでの衛兵足止めの手口が、他所でも見られている。
明日は別部隊と共に清掃活動を行うので、情報共有をしかとしておくように。
また、10分前には集まっておけ。
以上! マテオとフレッドを除き解散!」
居残りの覚悟はできていた。
「刃物を持った犯人に対して我々が丸腰だった想定で拘束方法を一足先に教えてやろう。
特にフレッド、励めよ」
「はっ!」
終業の鐘が鳴り1時間は経った頃、隊長は終わりを告げた。
「本日はここまでとする!」
地面に何度も伏して泥だらけの俺とマテオは帰路についた。
市場の曲芸が取り締まられていない理由に見当もついていなかったが、今日の一件で思った。
足止めをされている可能性があるのではないだろうか、と。




