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第16話 市場の催しの噂

あけましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。


今まで通り、のんびりと楽しんでいただければ幸いです。

「ミアベラちゃん、今日も来たわ」

「昨日ぶりだね」

「ルイーザさん、メリタさん!

 いつもありがとうございます! 嬉しいな~……!」

「今日の日替わりのやつってどんなのかしら?」

「今日のリゾットとパスタは――」


 前に見かけた赤色の髪の女性と緑色の髪の女性が2人、ミアベラの前にいる。


 散歩から戻ってきた俺とヴィートはその横を抜けて正面玄関へと進む。

 通り過ぎる時にミアベラへ挨拶代わりに軽く手を振ると、ミアベラは嬉しそうな笑顔を向けてくれた。



「どっちにしようかしら……迷うわ」


 赤い髪の女性が悩み始める。

 今度は緑の髪の女性が人差し指を一本立てて、ミアベラに聞いた。


「もう一つ。昼食とは全く関係がないことなんだけど、いいかい」

「はい!」


 ミアベラは元気よく返事をする。


「ミアベラちゃんは市場によく行くかな」

「市場に? うん、行きます」

「曲芸をやっていることがあると聞いたんだ。見たことはあるかい」

「ううん、初めて聞きました。なんだかおもしろそう!」

「私とルイーザはここ暫く市場に通っているけど、全く出会えなくてね……」


 残念そうな声だ。


「ちょっと待っててくださいね! 他の人にも聞いてきます!」


 ミアベラは女性客の2人に待ってもらうと、俺とヴィートを呼び止めた。

 首をかしげながら質問する。


「フレッドは市場でやってる曲芸って見たことある?」

「ないんだ……ごめん」

「そっか~……」


 ミアベラは眉尻を下げて、ヴィートにも聞いた。


「ヴィーちゃんは?」

「すみません。お力になれることはなさそうです」

「そうだよね、あんまり行ったことないよね……」


 ヴィートは力になれないと言っているが、見たことがあるかについては否定も肯定もせずにいる。

 そういえば、隊長はヴィートを市場まで案内したと言っていた。アークイラ亭に来る前には何度か訪れていてもおかしくはない。


「おねえさまは手品やカスケードのお手玉を見たいのですか?」

「カスケード……? え、えっと、うん、見たいかな〜!」

「そうですか。見られるといいですね」


 カスケードというのは、曲芸師が行うジャグリングの一種だ。

 肘を中点にして、前腕で円を描くように数多くのボールを受け取っては投げ、受け取っては投げを左右順番に繰り返す。


 名前だけだとしてもヴィートはなぜ知っているのだろう。

 俺だって、路上で寝そべってる酔っぱらった男性に永遠と語られなかったら知らなかった知識だぞ。

 見たことがあると判断してもいいだろうか。


 余談だが、意識がはっきりしていることを確認したので、演芸鑑賞が趣味だと言うその男性にはきちんと家に帰っていただいた。




 部屋に戻ってから、さっき引っかかったことをヴィートに聞いた。


「ヴィーは市場の曲芸を見たことあるんだろ?」

「どうでしょう?」

「見たことがないなら手品とかジャグリングの話はどこから出てくるんだ?」

「聞きたいのですか?」


 お互いに質問を質問で返し続けた後でクスリと笑ったヴィートに、俺は答える。


「聞きたい。聞かれたくない話ってわけでもなさそうなのに、ヴィーが流そうとするから気になるっていうのもある」

「おにいさまも一応は衛兵さまですので話してもいいでしょうか……」


 一応って酷いな……。


「そうですね、話してあげてもいいですけど見返りがないと……あ」


 帽子のツバを押さえる。


「まさか最初からこのつもりで帽子を買ったのですか?」

「違うぞ」


 思い返してみると、ここのところは目の前で支払いをしてしまっている。

 値段を気にして使わないようにすると言われたら本末転倒だから、それでもいいかもしれない。


「なあ、今から帽子を情報料にしたら話してくれるか?」

「本当に違ったのですか……。

 わかりました。教えましょう」


 ヴィートは納得したように語り出す。


「人で賑わってひっきりなしに警備が来る日が5日をおいて2日間あります。何を指しているかわかりますか?」


 5日おきに2日あるとすると、7日中2日あるものということだろう。


「休日か……?」

「正解です!」


 それが問題になるということは。


「休日にやってるのか?」

「逆です。開催しません。

 するのは、懐が暖かくなる頃からおやすみを除いた日です。お財布の紐が緩んでいる方がそこかしこにいたので間違いありません」

「給料日のあたりだな」


 ヴィートは頷く。

 

「時間帯とかはわかるか?」

「始業開始の鐘よりも後で、お昼よりも前に始まります」

「7時から大体12時か」


 幅が5時間もある。


「なんだか意外そうにしていますね」

「そうか? 予想よりも時間がざっくりしてたからかもな……」


 ちょうど何もない時間帯だから、というのもある。

 市場は開くのが早いため、出勤前に朝食を買う人は多い。また、昼食を買いに来る人も山ほどいる。

 しかし、示された時間はその狭間なのだ。


「ざっくりですか……。

 細かな時刻までは、その、把握できていなくてですね……」

「でももうかなり絞れてるから大丈夫だぞ」


 あれ、待てよ。

 やっている時間を知らない、もしくは時計を見ることができない位置にいたのかと思っていたが、ヴィートが時計が読めない可能性もあるよな。


「ヴィーは時計を読めるのか?」


 ヴィートは肩を上げて、少し怯えたようになりながら首を横に振った。


「ヴィーくらいの歳だと時計は読めないくらいが普通だからな」


 俺がそう言ったのを聞いて、ヴィートは身体の力を抜いた。

 そんなに怖がらなくていいのだが。



「そうか、ヴィーにもちゃんとわからないことがあるんだな。よかった……。

 ヴィーは頭が良すぎて普段見慣れないもの以外教える余地がないから、逆に安心した……」


 小さい子らしからぬ発言が目立っているが、まだ幼いのだと改めて実感する。


「つまり、他人ができないところを見てひと安心ということですか?」

「言い方!」


 人聞き悪く変換した当のヴィートは「頭がいい、ですか……!」と、特に嫌味に受け取った様子もなく笑顔だ。



「さてさて、本当はこのくらいにしておこうと思っていたのですけど、今のわたしは気分がいいです。

 ですので、あと大銅貨2枚分のお話をしてあげます」


 帽子の値段は大銅貨3枚なので、残りが3分の2だ。

 半分以上ちょろまかそうとしていたのか……まあ、帽子はあげる予定だったから、呆れながらもそこは別にいい。

 問題は比重から考えて、黙っておこうとしていたこの先がメインであろうことだ。

 なんでそっちを省いてやめようと思うのだろうか。判断基準がおかしい。


「実は今まで話した分だけだと条件が足りません。

 西門からまっすぐ続く道にも市場の入口がありますね」

「そうだな」

「肩幅があっていかり肩の衛兵さまと眉間にしわが刻まれている衛兵さまの2人が、そこから見回りを始める日に、市場の中央で一芸を披露しています」


 俺は相槌を打ちながら聞く。

 ここが、衛兵だから話してあげてもいいって場所か、多分?


「はい、おしまいです」

「え、早いな」

「衛兵さまへの情報提供にはなりますけど、おにいさまからの依頼ですからきちんとお話ししましたよ?」

「ああ、ありがとう」


 衛兵だから教えてもいいのか、衛兵には話したくないのか。

 やはり、衛兵のことはどちらかと言えば嫌いなのでは、と感じる。


 しかし今はおいておこう。


 増やされた情報は、さらに日が限られていることと場所だ。


 市場を担当する衛兵の名前などが具体的になれば、曲芸が行われている日は特定できる。


 出勤したときに同僚に聞いてみれば簡単に開催日は判明しそうだな。

 後でミアベラに教えて、あの2人の女性客にも伝えてもらえばいいだろうか。


「ではおにいさま、ここで問題です。

 わたしはどうしておねえさまに教えなかったのでしょうか?」

「見返りが欲しかったからじゃないのか?」

「はずれです。正解は、あれがいい見世物ではないからです。

 見るのなら手に握れるほどのおひねりだけを持って行くといいですよ。

 荷物があるなら前にくるようにして、立ち止まらずに余計なこともせずに帰ってきてください。

 決行の機会は1度きりなので慎重にお願いします」

「余計なことと決行の機会って何のことなんだ?」

「そこは自分で考えてください。考えることは生きることでしょう?」

「大きく括ったな……」

「生かすも殺すもおにいさま次第ですけど、せっかく手に入れた情報は最大限に使うことをおすすめします」


 易しくはないヴィートなりの助言を受けて、俺はもう少し考えてみることにした。

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