第15話 点火してしまうらしい
さて、今日はどうするか。
木剣でも振って……いや、それはヴィートを散歩に連れて行ってからにするか。
それに、掃除中の部屋に貴重品は置いてはいけないことになっているが、今は鞄ごと置きっぱなしだ。
終わるまで何もできないので待っていよう。
そう思っていると、ミアベラとヴィートが掃除を終えて下りてきた。
二人で作業しているからなのか、いつもより早い。
階段の近くには2つの扉があり、ミアベラは正面玄関に近い方を鍵を回して開ける。
モップや布巾と、大きめで掴むところのあるゴミ箱を持って入っていく。
そこは用具入れとシーツやタオル類が入っている場所なのだろう。
おそらく中でアークイラ家の住居と繋がっている。
ヴィートは洗濯物が入った籠を持って待機している。
少し経つとオリアーナさんと、掃除用具を置いた身軽なミアベラが出てきた。
「おかあさま、洗濯ものです」
「ありがとうヴィート君、よく頑張ったわね」
オリアーナさんは、ヴィートが持つ籠を受け取る。
「実際にやってみてどうかしら、お掃除は楽しい?」
「はい、楽しいです。みるみる整って綺麗になっていくところが魔法のようです。
布巾が通った跡の細かいお水の粒もモップの毛先がフサフサと動いて汚れを絡めとるのも、全ておもしろいです」
「よく見ているのね」
頭を撫でられて俯く。
しかし、あれは嫌がっているわけではない。むしろ逆だ。
奥の厨房から出てきたサムエレさんがこちらに歩いてきた。
俺は食事処の出入り口付近に立っていたので邪魔かと思い、退いた。
サムエレさんは、ヴィートの傍まで行くと足を止めた。
「お父さん、どうしたの?」
ミアベラが話しかけると、サムエレさんはボソリと何か言ったが声が低いので聞き取れなかった。
「あらあら。あなたったら……」
オリアーナさんはその答えに困った笑みをする。
「そっかあ……うらやましい?
う〜ん、お父さんも何かヴィーちゃんができることを考えるのはどうかな?
ヴィーちゃん一生懸命でかわいいよ!」
ミアベラがそう言ったのを受けてサムエレさんは少し考えた。
「ヴィート。明日、味見係しないか」
「とても興味があります」
ヴィートはあっさり釣られる。
「ですけどおとうさま。わたしに見せたら、その業はきっと盗まれてしまいますよ?」
「やってみろ。型抜き、こねる、混ぜるくらいならもうできる」
ヴィートの目は好奇の色に染まる。
それを見たサムエレさんは頷いて厨房に戻っていった。
***
「ヴィー、散歩に行くぞ」
「外へですか?」
「そうだ。最近、アークイラ亭の中を歩いて満足してるだろ?」
「どうしてわかったのですか? 見ていませんよね?」
オリアーナさんが心配するほど引きこもり体質だからな。
掃除の手伝いをした後で外に散歩をしに行くかと問われれば、いいえと答えるに違いない。
荷物を部屋に取りに行ってから散歩へ出る。
前に買いそびれた帽子を購入する予定だ。
今日もよく晴れている。
ヴィートははぐれないようにズボンの左横の部分を掴む。
シワになりそうな力加減だ。やはり警戒感がある。
あれ、なんだかやけにチラチラとこちらを見る人が多いような……自意識過剰だろうか?
商店街が近づいてくると、ヴィートは突然、ピクッと何かに反応してズボンの右側へ移動した。
どうしたのかと思っていると、仕事のときに毎日聞いている声が俺を呼び止めた。
「おいフレッド」
背筋が伸びる。無意識に右の肘を水平に張り、腕は30度に曲がる。伸ばした指の先は眉尻のあたりにくる。
「隊長!」
「今日は休日だ。そう堅苦しく呼ばずともいい。
それはそうと休みまで人助けとは精が出るなァ、フレッド」
「……人助け?」
「それは迷子だろう?」
隊長がヴィートを示す。
ヴィートは俺を盾にして隊長から身を隠している。
人見知りという感じもしなかったが、どうだろう。
「いや……この子は迷子じゃありません。一か月前に報告した、貧民街にいた元孤児で、今は散歩の最中であります」
「ほぉ、お前がふざけた格好で来た挙句、事前の連絡なしに午後に休みを取った日か」
「本っ当に申し訳ありません!」
頭を下げながら、その覚えられ方は嫌だと密かに思った。
しかし全ては月曜日なのに休日と同じように兵服ではなく普段着に着替えた俺が悪いのだ。
あまりにも堂々としすぎて、アークイラ亭の人たちからは一日丸々休みを取って出かけるのかと思われたらしい。
贅沢はとても言えない。言えないが、止めてほしかった……!
「休むには無理な条件を課したと思ったが……。ま、それはもう終わった件だ、よかろう。
次に同じことをすれば……わかっているな? 覚悟しておくように」
「はっ!」
無理な条件?
あ、午後の分の訓練を終わらせ次第帰っていい、ただし鐘が鳴るまでには仔細を説明しろってやつか。
そもそも帰らせるつもりがなかったのか、報告が間に合わないと踏んでいたのか。もしくはどちらもなのか。
結局は両方クリアしたが普段着で出勤した罰があり、報告後に居残り訓練になったとさ。
「困っている人を放っておけぬ質のお前が連れているのでな、以前そこの子供が道に迷っていた事と合わせて迷子と判断してしまったわけだ。気にするな」
道に迷っていた?
「隊長……ドゥランさん、以前っていうのは……」
「それか。おやつを買うつもりがお金を落として探しているうちにここがどこかわからなくなったと言うのでな、市場へ先導して物を与えたまでだ」
もしかして隊長はヴィートの食事供給手段にされたのではないか、と脳裏を過る。
「何故財布を出す?」
「お金を返そうと思って……申し訳ありません」
「何、銅貨3枚程度。
そも今から3ヶ月もしない頃の出来事で、お前が発見したよりも前のことだ。請求するにしろ相手は異なろう」
「ありがたきお言葉であります」
3ヶ月前というと……2月中旬か。寒さは厳しく、日のない時間だと1度に到達しないことが普通だ。
「大人用のコートは羽織っていても寝間着に裸足。家出を疑ったが、家庭について問えば躱され、生活を問えば予め用意されていたような無駄のない答えが返った。
お前の話と繋げれば既に俺が会った時点で孤児だったかもしれん。
生活の手立てと回答を誰が用意したかさえわかれば違和がない」
そうか……?
とても言えないが、冬越えはできないだろう。凍死する。
寝間着、か。
俺が見たときにはコートの下は外着のセーターだった。
発見した4月には暑い服だったと思うけど、さすがにコートと冬服だけでは体温を保てないだろう。
でも前、一張羅だと服より大きくなることが心配だ、というようなことをヴィートが言っていたような。
何より、あのもったいない精神のヴィートが自分の持ち物を改めて回収に行かないので、俺が声を掛けたときに持っていたもので全部なのだろうと思う。
服は、売ったか交換したか。
隊長は改めて俺の名を呼んだ。
「ときにフレッド」
「はっ」
「子供の方がどこかへ移動しているようだ」
「え!?」
隊長の視線を辿ると、ヴィートがしれっと今まで来た道を引き返している。
「あれを尾行した時、即座に撒かれたのでなァ」
「隊ちょ……ドゥランさんが?」
ライバル心という表現をしていいのかわからないが、そのようなものが目の中で燃えている。
隊長にとって見回りや尾行は手慣れたものであるのに、小さな子に振り切られたことから変なスイッチが入っているらしい。
「早く行け」
「はっ!」
子どもの足で数十秒歩いた程度なので大して離れてはいないが走って追いつく。
「ヴィー、どうしたんだ。何か気になる物でもあったのか?」
「ありました」
「どれだ?」
「そうですね……」
ヴィートは道の先をチラリと見た。
「今考えてないか?」
「気のせいですよ、いやですね。ここにあるお花に決まっているではないですか」
木を白塗りしたフェンスに絡んで咲いたピンク色のつるバラのすぐ横で立ち止まり指を差す。
「花が好きなのか?」
「色鮮やかで、とてもいい香りです。おいしいものもありますね」
後半の理由が8割だろう、それは。
「食べたのか。お腹は壊さなかったか?」
「生きているので問題はありません」
否定はしないということは痛めたことがあるのだろうか。
「ヴィー、進行方向はあっちだからな」
「……はい」
微妙な顔をしたヴィートは、隊長が道を曲がっていくのを確認すると進みだした。
「そうだ。ヴィー、もしかしてさ、隊長にごはん買わせた?」
「人聞きが悪いことを言わないでください。向こうが自分から買ってくれただけです。
どれほど可哀そうに映ったのかは知りませんけどね」
悪びれず、しかし悪い笑顔をしている。
流石に3か月前から俺が発見するまでの2ヶ月間、よりによって冬の期間を独りで過ごしていたとは思えないが、生活が困窮していたことは間違いない。
加えて、購入者はお金を払ったことに納得している。
若干の詐欺感が残るので、この先はやらないように軽く止めておこう。
「今はそんなことをする必要はないだろ? だからもうやらないようにな」
「……そうですね。
申し訳がないからと、もらったお金すらいちいち返そうとしてしまう人もいますからね」
「それ俺のことか?」
「さて、何のことやらわかりません」
以前、奴隷業者の人にやった話は聞いたが、まさか衛兵にもやっていたとは。
ヴィートのことなので、俺が衛兵だから伏せていたのだろう。
全く悪いことをしたとは思っていなさそうだが、1つ思い至ったことがある。
「なあ、ヴィーが遠巻きでしか様子を見てないのは、ごはん確保のときに関わった人に会いたくないからか?」
「うっ」
ヴィートは目を逸らした。
図星だったのか。
「……お役立ちだった面もあるので文句もあながち言えないのですけど、
あの隊長どののように変なところに火がついてしまった方が何人かいますので」
「自分が蒔いた種ってそういう人たちのことか?」
「その通りですけど、何か」
開き直った。
「いや別に何もないから」
ふと、出かける前に見たサムエレさんを思い出した。
「昼前の様子は、サムエレさんの手伝いの合間に厨房から見られるんじゃないか?」
「そうですね、物陰からよりも最適です」
比べているのが階段からなので、食事場所と隣接した調理場とは距離も違う。
「ところで味見係の仕事は味を見ることだけなのでしょうか。どう思います、おいしそうに食べる選手権第1位のおにいさま?」
「他にも何かしたいなら、サムエレさんに言えばきっと危なくない範囲でやらせてもらえるぞ」
「それはいいですね、言ってみます」
「あとおいしそうに食べる選手権って何だ?」
「名前のままです。
おいしそうに食べているので、おとうさまもにっこりとしてます」
どんな顔をしていたかは自分だとわからない。
それよりも気になるワードがある。
「サムエレさんが……にっこり?」
「よく見ると口角が少しだけ上になっています」
「わかるか!」
笑わないとよく揶揄される俺の出身の町の人たちより、サムエレさんは表情が変わらないのだ。
むしろどうしてわかるのか聞きたい。
余談だが、俺の出身の町は痛風になっている人が多すぎて、険しい顔ばかりになっている。痛みを我慢していて笑う余裕がないという……。
商店街に着いた。
人通りが多くなればこちらを見る人が沢山いるのが顕著になり、わかる。
俺よりも下を注目していると。
ヴィートか!?
ミアベラがいたときは必死で気がつかなかったが、確かに人目を引いている。
ヴィートは戸惑ってはいないので慣れていそうだが、居心地が悪そうではある。
***
今日は無事に帽子を買うことができた。
ヴィートはいらないと口にしたが、暑そうだし人目も引くしで心地が悪そうなことを指摘したら、その通りだったらしくすぐに折れた。
良かったのは、ツバが広い帽子を購入したことでそれを被って以降は過ごしやすそうにしていたことだ。




