第14話 裏方から
名前を呼びかけて布団の上からポンポンと軽く叩くと、すやすや眠っていたヴィートが目を覚ます。
今日は目覚めが良さそうだ。
「おにいさま、今日はお休みの日ですか?」
「そうだぞ」
「お昼寝はしますか?」
毎日昼寝をしているヴィートから聞かれるとは。
「しないな。俺は昼寝すると夜眠れなくなるから」
「そうですか。ではもうシーツを取ってもいいですか?」
不思議な質問だと思いつつ返す。
「いいぞ。ヴィーが寝直さないなら」
ヴィートはベッドに乗ったまま、シーツを剥がそうとして手こずっている。
しかし降りると壁についている方をどうにもできないらしい。
「やろうか?」
俺が提案すると、ヴィートは目を瞬いてからニコニコと笑って首を横に振った。
「諦めてここでやめておきます」
満足を声に混ぜて言う。
「お掃除のときにおねえさまが交換しているのを見たのでやってみたのですけど、やはりおねえさまにお任せしようと思います」
「もう少し背が伸びたらきっと簡単にできるようになると思うぞ」
全体的に長さが足りていなかった。背だけでなく、手足も含めて。
「背丈ですか。四つの季節が何周すればいいと思いますか?」
「じゅ……えー、5周くらい」
「10周でも5周でも長いことには変わりがありませんね」
言い直したところまでしっかりと聞かれていた。
シーツはベッドの手前側だけクシャリとめくれているのを見て、ヴィートは言う
「戻すのも手間が増えるだけですから、お掃除の際にはおねえさまに説明しておきましょう」
ヴィートが奮闘していた跡はそれほど荒れていない。
「そういえばヴィーは昼間の店の様子、見たのか?」
あまり抜け目はなさそうなので、結果の確認くらいはしているだろうと思いながら、俺は聞いた。
「……見ましたよ」
妙な空気が流れたな。
「ちなみにどうやって?」
「……階段の物陰からこっそりと」
「偵察か! なんでそんなに遠巻きなんだ」
「それは……自分の蒔いた種というか……。
ああ、大変です!」
ヴィートが言い淀んだ後、大きめな声を上げる。
「どうした!?」
「せっかく朝に着替えようと思ったのにやる気が下がっていきます!」
「なんでだよ。それに着替えようと思ってたこと自体も初めて聞いたぞ」
「それはそのはずです。休日は朝起きたら着替えよう、と決めたのが昨日のことですので」
「どうして休日だけなんだ?」
「おにいさまに予定がなさそうだからです」
その通りではあるのだが、悲しい事実を言ってくれる。
……平日は時間を取らないように配慮してくれている、と前向きに捉えておこう。
「そこで、お願いしたいことがですね……」
「補助だな」
「大正解です。正解しても何も用意はありませんけど」
別に平日でも早起きしたっていいのだが。
* * *
「ヴィー、腕を通してくれ」
「はい」
ヴィートは、端を結ばれた細長いリボンが中から飛び出している巾着袋を持ったまま服の袖を通した。
着替え完了だ。
ヴィートは前まで、ひとりで着替えていたが、ここのところはそうではない。
特に、腕を袖に通す工程が人任せだ。
時間がかかりすぎるから嫌気が差してしまったのだろうか。
自分でやるのに疲れてしまったのかもしれない。
ヴィートは椅子の上で窓から聞こえてくる小鳥が鳴くのを真似して「チュンチュンチュン」と口ずさみ、音に合わせて足を揺らしている。
鳴き声はかなり似ている。
「機嫌いいな」
「協力してもらうことがわたしの中で流行っていますから」
椅子に座っているヴィートは、巾着袋から出ているリボンを首から下げて、巾着袋の部分は服の下に入れた。リボンの紅色が少し見えている。
「早くて、楽で、それでいて悪くない心地がするのです」
ヴィートは少し目を細めた。
「そうか、手伝ってもらえるようになったから嬉しいのか」
最近は見ていなければ手が近づいてきても怖くないんだよな。
なるほどと思っていると、ヴィートは首をかしげた。
数秒が経ったのち、弾かれるように椅子から降りた。
サササーッと俺の背中側に回り込む。
「急にどうしたんだ……」
「こちらを見たら駄々をこねますからね」
「どういう宣言だ……というか駄々をこねてる姿が全く想像つかない」
「……次のお仕事の日に出勤の邪魔をたくさんします。
おにいさまは遅刻して、隊長どのに怒られること間違いなしです」
どちらかと言えば地味な嫌がらせだ。
「駄々ではないな……」
「え」
後ろから意外そうな声が上がった。
それから悩み混じりの声が続く。
「他にいいさじ加減のこねる駄々は……」
「いや、見てほしくないなら見ないから」
こねる駄々を考えるってどういうことなんだ。
見られたくない割にズボンに引っ付いているヴィート。
しばらく経つと落ち着いたのかこちらに顔を見せた。
「おにいさま、お腹が空いてしまいました」
ヴィートはもう普段と変わらない表情で移動を促した。
食事を済ませ食器を片付けたとき、ミアベラはヴィートを呼ぶ。
「エプロンと三角巾、着けるね。おいで〜」
ヴィートは子ども用の椅子から降りてテクテクと数歩近づき、そのまま固まった。
みるみる耳が赤くなっていく。
「ヴィーちゃん?」
ヴィートの足が止まったので、ミアベラの方からやってくる。
その腕には白いエプロンがかけられ、手には畳まれた三角巾が握られている。
「ヴィーちゃんどうしたの?」
ミアベラが首をかしげる。
ヴィートは慌てたように笑顔を浮かべて、ミアベラと鏡合わせに首をかしげる。
「なんでもないですよ?」
「そうなの? それじゃあヴィーちゃん、はい!」
ミアベラはエプロンを広げて、ヴィートが着やすいように裏面を向けて渡す。
ヴィートはそれを受け取り、被るように身に着けて後ろを向いた。ミアベラに紐を結んでもらっている。
エプロンは上半身の布を首元で固定する形で、大きなポケットが1つついている。それ以外はエプロンと聞いて一般にイメージするようなものと変わらない。
ミアベラとオリアーナさんに比べるとシンプルで、程よく子どものお手伝い感がある。
ミアベラが身に着けているのは上を肩紐で固定するタイプで、スカートに重なる部分は背中側にかけて短くなっている。動きやすそうな印象だ。
オリアーナさんのものは後ろ側の布の切れ目と紐の結び目がなければ袖のないロングのワンピースのようだ。ゆったりとしている。
ヴィートは三角巾も頭の後ろで結んでもらった。
「はい、できたよ!」
「ありがとうございます」
口元は手で隠されているが、目元は笑っている。
やはり喜んでいるように見える。
さっき本人に自覚がなさそうだったのが意外だったな。
「ヴィーちゃん、お掃除できるかな?」
「はい!」
「行くよ〜」
ミアベラは意気揚々と歩き出す。
ヴィートは慌ててミアベラに追いつき、スカートの裾を握って行く。
……あれ?
遠巻きでしか様子を見ていない理由は誤魔化された?




