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第13話 昼食をここで

 すぐに成果が出るものではないと頭ではわかっているが、策を講じれば自然と成り行きが気になる。


 つまるところ、見回り担当の貧民街からは遠いが、アークイラ亭の様子を見に行きたい。

 今日の昼食はアークイラ亭に行こうか……。しかしそうなると1つ問題が……と悩んでいたが、踏ん切りをつけた。

 つけたのだが。


「アークイラ亭に」

「忘れ物か!! それは大変だ!!」


 見回り時に組んでいるマテオという、声が大きい同期の男が言う。


「違う、今日は忘れ物じゃなくて」

「なに、恥じることはない!! 急ごう!!」


 違うんだ。最後まで話を聞いてくれ。


「マテオ、ちょっと待てよ!

 俺、今リンゴを持ってるからあまり走りたくないんだけど……」


 もう姿が見えない。

 その速度で走ったら体力はすぐに切れるだろうな。


 予想通り途中でマテオの足は止まったが、追いつくのが大変だった……。

 しかしおかげで、思ったより早くアークイラ亭の近くまで来ることができたのでよかったということにしておこう。



 鷲が描かれた特徴的な旗が見えてきた頃、耳に馴染んだ、よく通る声がする。


「宿屋でお昼ごはんを楽しみませんか?

 ただいま、食事処を開放してまーす!

 オススメはトマトリゾットです! ポルチーニ茸とベーコンが入ってます!

 毎日食べたくなっちゃう味です!」



 見れば、呼び込みをしているミアベラの姿がある。

 その横に立っている看板は、営業中は外に出すことで開店していることを示しながら、トマトリゾットを行き交う人に掲げていた。


 近くを通った2名の女性のうち、赤色の髪をした人がミアベラへ話しかける。


「ここは宿泊者じゃなくても食べられるってことであってるかしら?」

「はい、そうです!」


 ミアベラは笑顔で元気いっぱいに答える。


「私からもいいかい」

「はい!」


 立て看板を見ていたもう一人、緑色の髪の女性もミアベラに質問する。


「ここに書いてある、本日のリゾットとパスタだけど今日は何が出るのかな」

「今日はルッコラのミルクリゾットと、ルッコラのペペロンチーノです!」

「ふむふむ……ありがとう」


 赤髪の女性と緑髪の女性がそれぞれ納得した様子で話す。


「ここにしない?」

「私もそう言おうと思っていたところだよ」

「決まりね」


 ミアベラは扉を開ける。


「どうぞ!」


 カランカラーンと扉に吊るされたベルが軽快な音を響かせる。

 2人組の女性はアークイラ亭へ入っていった。


 おお……!

 ミアベラが悩みながらも行動してきた甲斐があったようで、俺も一安心だ。



 ミアベラはこちらに気づいたようだ。


「フレッド! あれ、もしかして忘れ物?」


 膝から転ぶかと思った。

 途中で帰ってきたように見えるので忘れ物かと思われても仕方ないが、そのイメージが付きすぎではないだろうか。


「ミアのおかげで忘れ物はしてない」

「よかった〜」


「そうだったのか!!」


 うわ、ビックリした。マテオか。


「ならばなぜここに!?」

「昼をここで食べていこうかと思っ――」

「なんと!! 昼食の提供を始めたとは!!」


 最後まで言わせてくれない。


「もともとお昼どきにも開いてたよ、マテオさん」

「なんということだ!! 気が付かなかった!! ならばすぐにでも空腹を満たそう!!」

「そうだな」


 俺が言い切らないうちに、マテオは扉へ手を伸ばした。


 店内に入ると、オリアーナさんが食事処へ、そして席へと案内してくれる。


「オリアーナさん、このリンゴ、そっちで食べてくれ」

「あら、また誰かからもらったの?」

「ひったくりから荷物を取り返したら、持ち主のおばあさんから。

 断り切れなくてな……」

「もらったときは山ほどあったが!!」

「見回りしながら食べてたら勢い余って……気づいたら4つしかなかった。

 でもよければもらってくれ。瑞々しくておいしいから」

「ありがとうね」


 先程の女性客も座っている。なにやら議論をしているようで、白熱している。

 まだまだ空席が目立っているがこれからだろう。



 ルッコラのミルクリゾットを注文し、食べる。


 炒められて甘くなったタマネギとまろやかなミルクのコクがもったりと口の中に広がる。

 鼻に抜けるのはチーズの香りと、ルッコラのゴマのような香りだ。若草色のやわらかなルッコラは噛めばビリッと辛く、菜の花のような苦みが広がる。

 この組み合わせが何とも絶妙で、手が止まらなくなるのだ。



 あっという間に完食してしまった。


 会計をお願いする。

 オリアーナさんがテーブルまで来ると、マテオは2皿平らげたので大銅貨1枚と銅貨6枚を支払った。


「ちょうどいただくわね」

「オリアーナさん、俺の分も回収してくれ……」

「フレッド君は、うちのお手伝いが食事代だもの。受け取れないわ」

「朝と夜にも出してもらってる上に、昼ごはんまでもらうのは申し訳ないから!」


 何故、毎回こうなるのか。

 そして支払いを受け取ってもらえた試しがない。


「そうは言うけれど、さっきのリンゴでも立派な代金になってしまうのよ?

 今後ともご贔屓に、ということでどうかしら?」


 そう言われると、引き下がるしかない。

 オリアーナさんには敵わない。


 * * *


 仕事を終えてアークイラ亭の扉を開けると、ミアベラとヴィートが受付台にいた。


「フレッド、おかえり! 今日は早いね」

「分隊長に打ち合わせが入ってるらしい。だから今日、居残りはないんだ」

「よかったね!」

「ああ」


 ミアベラはヴィートを見た。


「ヴィーちゃん、おやすみしたいんだって。フレッドが連れて行く?」

「そうだな。ヴィー、行くか」

「はい……」

「ヴィーちゃん、今日は、お店の宣伝を考えてくれてありがと〜!」


 眠そうなヴィートはぽかんとしてからミアベラに笑みを返し、そそくさと歩き出した。

 追いつくと、ヴィートは手で口元を隠して顔を背ける。

 耳が赤くなってるのがよく見えるようになってしまうが、どうやら本人は気づいていないらしい。



 階段を上り終わって息が整った様子のヴィートに聞く。


「ヴィーがアークイラ亭の宣伝を考えたのか?」


 ヴィートは答える。


「いいえ……わたしが作った言葉ではありません」


 どういうことなのだろうか。


「事前に許可を取ったとして、作った文章を読ませても輝かないのです……」


 ヴィートが言っているのは、感情が籠もるかどうか、という話だろうか。


 例えば、鍛冶職人が打った自信作の剣を、本人が語るときの熱量は相手にも伝わる。聞き手からも魅力的に映るはず、と。


「確かに、ちゃんとミアらしい宣伝文句だったな」


「他の人が頑張っている様を見ているのは……とてもいいですね」


 高みの見物のように言う。

 しかしヴィートは傍観しているわけではない。実際に手助けしている。


「どこでそういう言い回しを覚えてくるんだ……」

「……?」


 頭が半分くらい寝ていそうな顔をしている。

 全く悪意がなさそうだ。なおさら何故そうなるのか……。




 部屋で荷物を置いて、1階に戻ってくる。


「ミア、ヴィーは何をしたんだ?」

「さっきヴィーちゃんに言ったこと?」

「そう、それだ」

「私、お店の宣伝を考えてたときに、全然しっくりこなくて困ってたの。

 でね、ヴィーちゃんと話してたら、なんとなくぼんやりこういうことを言いたいなって思ってたことをうまくまとめてくれたんだよ!

 ヴィーちゃんってすごいよね!」


 それは一緒に考えたというよりは、言語化したに近い。

 ヴィートの、ではなく、ミアベラの言葉になるように補佐したのだろう。

 しかしミアベラは感覚で物事を捉えるので、その立ち回りはありがたいものだったようだ。


 ミアベラは続ける。


「あと、お掃除のお手伝いしてくれたよ!」

「そうだったのか」

「ずっとやってみたかったんだって!

 だからね、テーブルとか椅子とか一緒に拭いたの!」


 ミアベラは気合が入った顔になる。


「フレッドにも、ヴィーちゃんにも、笑い声がいっぱいになってるところをいつか見せるよ!」

「楽しみにしてる」

「うん!」




 声がけに寄せられる人、気に入って再度来店してくれる人。

 一人、また一人……と、アークイラ亭は徐々に昼間の客足が伸びている。

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