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第10話 商店街へ

「お母さん、今からフレッドとヴィーちゃんと商店街に行ってくるね!」


 ミアベラの声が一字一句くっきりと聞こえてくる。

 オリアーナさんが何と言っているかはそこまではっきりは聞き取れないが、商店街なら近いから散歩にもちょうど良いといった内容らしかった。


 俺とヴィートが階段を下りると、先に支度のできていたミアベラが玄関を出ずに扉の前で待っていた。

 こちらが、お待たせの『お』の形をつくるより早くミアベラが階段下まで駆け寄ってくる。


 青いワンピースを身に着けているヴィートはミアベラに感じの良い笑顔を向けた。


「ヴィーちゃんかわいい~」


 ミアベラの頬はほころぶ。


「かわいい! 見て見て、お母さん」

「あら、本当ね」


 ミアベラが受付台でペンを走らせているオリアーナさんに呼びかけると、オリアーナさんは立ち上がってこちらに歩いてきた。


「その服を着てるのは、ヴィーの意思で……」

「フレッド君、誰も無理に着せたとは思っていないから大丈夫よ。

 ヴィート君は嫌なことは絶対にしない子だもの」


 誤解のないように一言添えようとしたが、オリアーナさんにはお見通しのようだ。


「ヴィート君、かわいいわよ」


 それからしばらくの間、ヴィートはミアベラとオリアーナさんから『かわいい』を浴びていた。

 本人はというと、笑顔を崩さないままで、少々こそばゆそうにしている。


 ヴィートにとってそれは誉め言葉らしい。


「お父さんにも見せに行こ! ね、ヴィーちゃん!」


 ミアベラはヴィートを連れて厨房へとまっすぐに入っていった。



「お父さん、見て見て! ヴィーちゃん、かわいいでしょ?」


 バーンとでも音が付きそうなくらいに、ミアベラは手で示す。

 ヴィートは少しビックリした顔になったが、すぐに笑みを浮かべた。

 サムエレさんは静かに口を開く。


「ズボンにしろ」


 よかった。サムエレさんは流石に肯定しなかった。

 そうだよな、複雑な心境になるよな。


「え〜、かわいいのに」


 ミアベラは唇を尖らせるが、サムエレさんは頷いて、そこには同意を示す。

 さらに表情を変えずにヴィートをジッと見て、もう一言加えた。


「ヴィート……知らない人にはついて行くな」

「そうね。

 知らない人から、お菓子を買ってあげる、欲しいものを何でも買ってあげる、

 なんて言われてもついて行ったらいけないわよ?」


 オリアーナさんはサムエレさんの足りない言葉を補って念を押した。

 ヴィートは予想外だったようで素早くまばたきし、嬉しさを秘めた声で返事をする。


「はい」


 サムエレさんがヴィートにズボンを履くよう言ったのは、誘拐を懸念したからだろうか。

 ……あり得る。



「そろそろ出発しませんか? 」

「そうだね!」


 ヴィートはすっかり外出に乗り気になっており、ミアベラはそれに賛同した。


 厨房から玄関へ戻る。


「いってきまーす!」


 ミアベラは木でできたツヤのある扉を両手でグッと押し開いた。

 上から吊るされたベルが軽やかに音を鳴らす。2つに結われた薄紫色の髪も、淡いピンク色のスカートも、吹き込む風ではためく。

 三角巾もエプロンも外しているミアベラは、なんだか新鮮だ。


 ヴィートと俺も外に出揃う。



 空はよく晴れ渡り、石畳にできた水たまりに眩しい日差しが反射する。

 ひやりとした風が駆け抜けた。


 ミアベラは歩き出し、アークイラ亭を出て左に曲がる。


「ミア、右から行った方が道が単純だぞ」

「それじゃあそっちにしようね!」


 ミアベラは数歩出した足を戻して、右に進む。

 フェルララの町を囲む城壁、その南門の1つが見えている方向だ。



 ミアベラに先頭を任せるのは不安しかない。だが、ヴィートが俺のズボンを掴んでついて来ているので、俺は速く歩くことができない。



 俺たちは十字路に至る。

 さて、問題はここからだ。


「ミア、止まってくれ。その先は城門しかないから」

「うん!」


 直進しそうになっていたミアベラは立ち止まる。


「右に曲がるぞ」


 ミアベラと俺たちは右へ方向転換した。


 次の角が迫ったとき、ミアベラが自信ありげに指差しながら言う。


「次も右だよね!」

「ミア、商店街はこのまままっすぐだ」

「そうだっけ」


 大通りではないので空いていて、ミアベラとヴィートがはぐれてしまう心配は少ない。


 ミアベラは、いつもはしっかりとしている。掃除をするのも注文を取るのもテキパキとこなすし、毎朝まめに忘れ物がないか確認してくれる。

 しかし、道を覚えるのだけはどうしても苦手らしい。

 単独で出かけると、近場でも数時間は帰って来ない。目的地からかなり遠い所で発見されることも多い。

 そのため、出かけるときは誰かがついて行くようにしているのだ。




 さて、建物と看板が道沿いに連なる商店街に到着した。

 中でもここは布地通りと呼ばれている。手前には古着屋が、奥に行くほど生地屋とか毛糸や編み針などを売る手芸屋などが多く存在する。



 ミアベラはきょろきょろと辺りを見渡している。

 ヴィートはあっけにとられた顔が固定されていたが、雑踏で我に返ったようだ。俺のズボンを握る手に力が入り、ピンと気を張る。


「ヴィー、人混みは苦手か?」

「いいえ」

「ヴィーちゃん、活気があるの好きなんだよね!」

「そうです。たくさんの物や人がここにいるので集中していたのです」

「そうなのか」


 ヴィートは顔をあまり動かさずに周囲を窺い、目を瞑って耳を澄まし深く息を吸う。

 好んでそうしているのか?

 警戒しているのと、良くて半々に見えるけどな……。


「まずは古着屋に入るぞ。ミア、こっちだ」


 人の流れに乗ってしまいそうなミアベラを引き止めながら、1番近くの古着屋に入店する。


 店員らしき男性が奥に座っている。


 ハンガーラックには、ほとんど隙間なく服が掛けられており、壁際には棚がある。

 どうやらこの店には、数は少ないが鞄や帽子も置いてあるようだ。

 ついでに帽子を見て、良い物があれば購入しよう。



「おにいさま、エプロンと三角巾はおねえさまに選んでもらってもいいですか?」

「いいぞ。使い勝手とかはミアの方が詳しいだろうからな」

「ありがとうございます。

 おにいさまはお好きなように衣服を選んでいてください」


 ヴィートはちらりとミアベラを見上げて、俺に視線を戻した。


「店内であれば問題はないでしょうけど、わたしはおねえさまの傍にいますね」

「任せた……」


 ミアベラがヴィートから迷子にならないか心配されている……。


 とりあえず3人で子ども服が集まっているブースへ行く。

 それからミアベラとヴィートはエプロンと三角巾を探し始めたので、俺は外出着を見る。


 何着ほど必要だろうか。

 とりあえず上下2着ずつにしておくか。


 どれにするか。これからの季節を考えると……。


「ヴィーちゃん、これとこれとこれ、どれがいい?」

「そうですね……皆さまの仕事着は白いので、わたしも白色にしたいです」

「お母さんと私のエプロンは白だもんね」

「おとうさまの着ているシャツのようなものも……」

「コックコートもそうだね!」

「あと……いえ、何でもありません」

「みんなとおそろいだね! それじゃあ、これかな〜」


 あちらは盛り上がっているようだ。


 俺はどれを買うか決定した。


「ミア、そっちは決まったか?」

「うん!」


 ミアベラが元気に頷く。


 カウンターに持っていくと、店員は機械的に金額を告げる。


「銀貨6枚と大銅貨1枚」


 服はいい値段する……。

 釣りのない額を手渡し、俺たちは古着屋を出た。


 ヴィートが何やらブツブツと口にしている。


「羊毛製で、ひらひらした装飾はなくて、一からの仕立てではなくて……?」


 どうしたのだろうか。



「……あ、帽子を見るの忘れた」


 俺の呟きにミアベラは返してくれる。


「さっきのお店に並べられてたの、大人用しかなかったよ〜」

「見ておいてくれたのか。ありがとう」

「いいよ〜! 次は帽子屋さんで探したほうがいいかもしれないね!」

「そうだな」


 俺たちは店内に戻ることはせず、この場を後にした。

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